お前に無理矢理性癖変えられただけで、俺は全然悪くない。

Q矢(Q.➽)

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篠井と俺。 (凛side)

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俺には彼氏がいる。
いや、いた?

3分前に捨てたからもう彼氏ではないな。元彼…いや元彼にも連ねたくない黒歴史だわ。


俺は先刻見た元彼の、女とのキスシーンを思い出し気持ちが悪くなった。
何となく自分の唇が汚れている気がして唇を手の甲で拭う。

毎回浮気の現場に遭遇する度に気分は悪くなるが、今回のはもう本当に嘔吐く程気持ち悪かった。

キャパオーバーなんだろうな、と思った。

人間、我慢や忍耐にも定量みたいなもんがあるんだろう。限界というより、定量。

女のリップの移った唇で土下座されてもな。
それを落としたからと言って、その唇とキスをするのかと思うと一気に気分が凹んだ。


むーりーだー。


別に26にもなって童貞処女を求めてる訳じゃないけど、篠井、お前はやり過ぎだ。

女で良いならそうしとけ。


自分で潔癖症だとは思った事は無いけど、自分を抱いてる男が他の人間を不特定多数抱いてるかも、と考えると色んな意味でゾッとする。

キス以上の事はしてないよ!と言われても、キス迄はOKと思ってるとこがもう無理。

キスだって粘膜接触なんだからな。各種ウイルスは媒介するぞ。
お前は、大好きな俺をひでぇ目に遭わせてぇのかしら?あん?



篠井は学生時代に一時期付き合った、男としては最初の恋人だった。所謂、初彼。

しかし篠井は女にだらしない男だった。
女たらしが顔を真っ赤にして告白してきたので何の罰ゲームかと思ったらマジだったらしく、あまりに執拗いので絆されて付き合ったら浮気三昧されて、半年で別れた。

マジで意味がわからん。

たった半年の内で俺がヤツの浮気現場に遭遇したのは約20回。

死ねば良いんじゃないのか、と思ったな。

折りしも大学受験で皆がピリピリしてる時期。俺自身もピリピリしてた時期。

今思えば、奴に本当の進学先を告げなかったのは、予感があったからかもしれない。
俺の中の、こう…危険を回避する為の本能が働いたんだろうな。

奴はロクな男じゃねえから気を許すなと。

実際、それは的中していた訳で、俺は半年間の間に不愉快な思いを幾度となく味わった。

篠井が本当に本気だったのか暇潰しだったのかにはもう全く興味が無かった。


俺は地元からそれなりに遠い大学に進学し、連絡手段一つ残さず引越したし、元々人種の違う俺達の間に共通の友人知人はそんなにいなかった。
危なそうな奴には口止めをしたし、プライバシーを漏らしたらそれなりの手段を取る旨を告げた。
脅しじゃないからな、と添えた時の連中の表情は忘れられない。


そして俺と篠井は、手ひとつ繋ぐ事無く別れた。

奴との縁は、そこで綺麗さっぱり切れた筈だった。


それなのに。



5ヶ月前、篠井と再会してしまったのだ。


俺は大学進学した土地で卒業後も就職したし、地元の友人知人に会う事はほぼ皆無ですっかり奴の事を忘れていた。
再会した時も、気づかずすれ違う所だった。

なのに、篠井は一目で俺だと気づいたらしい。
高校卒業時から、何年も経っている。
学生時代とはヘアスタイルだって違う。
しかも、俺は本当に何処にでもありふれた、埋没しそうな地味な顔立ちなのに、何故わかるのか不思議だった。
実を言うと、この時少し感動してしまったのが良くなかったんだよな…。

会社帰りに寄った、最近オープンしたカフェで篠井に再会した。

俺はレジで商品を買って直ぐ出たんだけど、反対に入ろうとしていた客に片腕を掴まれギョッとした。
驚いて相手を見ると、顔に見覚えがあった。

端正な顔立ちに少し垂れたひとの良さそうな目。口元のほくろ。

一気に嫌な思い出が蘇り、ムッとしながら腕を振りほどいた。

篠井はそんな俺を追ってきた。
ごめんごめんと謝りながら。

通行人達の視線が痛い。


「もうお前とは関わりたくない。俺を呼び止めるな。ついてくるな。謝るな。鬱陶しい。」

歯に衣着せず言う方だから、普通にそう言った。

冷たいかな?なんて考えない。

そう言われるだけの事を、篠井は繰り返した。

だが奴は、諦めずにその日以降もカフェのある道を張り続け、俺を見つけた。
職場も家も知られ、毎日復縁を縋られた。
怒鳴っても通報するぞと脅しても、只、頭を下げて土下座するだけの奴を、警察が来たって連れて行けるのか微妙だなと思った。

結局、俺は根負けした。

「一応は付き合ってやる。」

俺は言った。
篠井は目を輝かせ、

「ありがとう!!」

と言った。

「また前みたいな事になったら直ぐに別れるから。」

何度も念は押した。
篠井は確かに頷いた筈だ。

「好きなんだ。ずっと凛くんだけが好き。」

「好きなら態度で示せ、カス。」

「うん。好き。」


その日初めて、俺は篠井とキスをした。

手繋ぎも飛び越えて初めて交わした唇は飴でも舐めていたかのように甘く、篠井の唇と腕は少し震えていた。




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