お前に無理矢理性癖変えられただけで、俺は全然悪くない。

Q矢(Q.➽)

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恋とは日常に潜むもの (篠井side)

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俺はね?

確かに優柔不断で女の子好きで、誘われるとふらっとついてっちゃうようなどうしようもない奴だけど、惚れて惚れてどうしようもない男に

「永遠にさよなら」

なんて言われて、正気を保ってられる程、呑気じゃないよ。
いや、凛くんにハマった時からもう狂ってたのかなぁ。








俺は昔から告白されたり逆ナンされたりする事が多かった。
だから勿論、容姿が良い自覚はある。

俺の顔と体が好きで、避妊にさえ気をつければ、頼まなくても足を開いてくれる可愛くて優しい女の子達。
とても簡単で楽な相手達。
変に勘違いして我儘な子は直ぐバイバイして切れば良い。
遊び相手には不自由しなかった。そして、そんな自分の状況にそこそこ満足してた。


なのに、彼を意識したあの日から、彼以外の全てが色褪せてしまった。


別に特別な事があった訳じゃない。
只、彼は春雨に濡れていただけだ。
3年に上がって間も無い、なんて事ない普通の春の1日。学校帰りに降り出した、静かな霧のような花散らしの雨。

周りの生徒達だって濡れていた。
直ぐ止むのかと思ってもなかなか止まないから、折り畳み傘を出したりコンビニや建物の庇の下に避難したり。
俺も、一緒に歩いてた女の子の傘に入れてもらってた。

俺の少し斜め前を歩く彼だけが、何でも無い事みたいに、雨なんか降ってないかのように普通に歩いてた。

それでも髪や服や荷物は濡れていく。
透けていくシャツが肌に張り付き、肩や肩甲骨の肌色を浮き上がらせる。
しっとりと重みを含んでいく短い髪、その先端から滴り落ち頬や首筋を伝う水滴。睫毛の先にも、雫。

なのに彼はそれを何一つ気にせず、歩調を速めることも無く、無表情で歩いていた。

その時迄は、俺は彼を 只の変わった奴なんだなと思っただけだった。


けれど…。
ある瞬間 彼は、濡れた前髪の纏わりついた額から唇に伝い落ちてきた滴を、何気無く舌で舐めとった。

ゆっくりと。



たった、それだけ。


たったそれだけの事に、俺は心臓を掴まれた。
先刻迄はその辺の生徒達の中の1人だっただけの、何の特徴も無い男子生徒。
それがその数十秒で、彼だけが色鮮やかに俺の胸に入り込んで来た。

俺は生まれて初めて、エロスを感じた。
あの赤い舌を食みたい。

あの無表情な、孤高の王のような横顔を朱に染めてみたいと思った。

案外、人が恋に落ちるきっかけなんて、そんなものだ。




それから俺の視線はずっと彼を探した。
高校は同じなんだから、誰かなんてのは直ぐわかった。

一度も同じクラスになった事の無い、平凡な男子生徒。

雨の日に見たのとは印象が違い、至って普通で 俺は最初、あの日の感覚はたまたまの間違いだったのかとも思った。
それ程、普段の彼は普通過ぎた。わざと地味に気配を殺しているのかと思うくらい。

けれど、眼鏡違いかと興味を失うには、もう俺の目は彼が何処にいても直ぐに見つけられるようになってしまっていた。そして、彼が俺の王になった、決定的な、あの日が来た。

週末のある夜、遊び仲間と別れて 一人歩いていた繁華街。
いきなり数人がかりで引き摺り込まれた路地裏。
相手は同じような年頃の不良達だった。
俺の事を知った上での事だったとわかったのは、最初に名前を確認されたからだ。
それから2人に左右羽交い締めにされて、残った2人に交互にしこたま殴られた。

「ダチの女に手ぇ出してんじゃねえぞコラ」

ああ、なるほどと理解した。
以前にも同じような事があったからだ。
まあ、自業自得だ。

見境無しのヤリチン野郎が、と頬を張られた。
腹にも数発入れられた。
そろそろ吐く。

遊んだ中のどの娘かが彼らの仲間の彼女だったんだろうけど、顔も名前も記憶出来ない俺にはどの娘かすら思い出せなくて、ただただ殴られ続けた。
攻撃が蹴りに移行しようかという時、急に目の前の2人が人影に蹴り倒された。
次いで、何が起こったのか把握し切れずまごついていた、俺を拘束していた2人も見る間に倒された。

殴られて瞼が腫れ、狭くなった視界の中で、黒っぽい格好で顔を半分隠した男が俺を助けに入ってくれたのだと知った。
男は4人が気を失っているのを確認すると、俺に向かって大丈夫かと聞いてくれた。

 「災難だったな。此奴らが起きる前に早く帰りな。この辺酔っ払い狙いのああいう連中多いから気をつけろよ。」


よく見ると、男は居酒屋のものらしい背中にロゴの入ったTシャツを着ていて、口元を覆っていた布を取ると頭に巻き直した。
バンダナをマスク替わりにして顔を隠して助けに入ってくれたのだとわかった。



そして男は、橋崎 凛。あの彼だった。

驚いた。

そんなに細い体の何処に4人を瞬時に伸す程の力が…。


「あり、がと、 う…」

口の中と端が切れていて、喋ると血の味がした。


「切れてんだろ。喋らなくて良いから帰ってそのツラ何とかしな。」

そして彼は路地の入口付近に置いてあった白いナイロン袋を持ち、行ってしまった。
バイト中のお使いの途中で見るに見かねて助けに入ってくれたのだろうか。


ああいう事に、慣れているようだった。
無難な見た目を裏切る、男っぽい口調と雰囲気。
学校で見せている顔とは違う一面。



きっと彼にとっては通りすがりの単なる日常的な人助けに過ぎないのかもしれない。
俺でも俺じゃなくても殴られてりゃ助けただろうし、助けたからってきっと覚えてないんだろう。
俺が、遊んだ女の子達の事をいちいち覚えてないのと同じように。

俺なんか彼にとっては背景の木や壁とも何ら変わらない。

それが新鮮でもあり、寂しくもある。

彼の目に個体として認識される為には、特別になるにはどうしたら良いんだろうか。


俺はその後、3ヶ月片想いを拗らせた。






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