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22 羽黒王子の実際のところ
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(柔らかい髪だ…)
太腿の上にある、小さな茶色の頭。ふわふわと猫を思わせる柔らかな髪を指先で弄りながら、羽黒の胸はほっこりとあたたかくなる。言いようの無い不思議な感覚。
(これが『愛でる』という気持ちだろうか…)
それはこれまでの羽黒の人生に於いて、味わった事の無かったものだった。
羽黒は自他ともに認めるSSSクラスの高位アルファである。しかもアルファ性が強過ぎる故に、小学校入学前に発現したというレアケースだ。それ以来、圧倒的ビジュアルと突出した能力で、バース性を問わずあらゆる人間を魅了してきた羽黒。それなのにお高くとまる事も無い彼は、常にニコニコと穏やかな微笑みを湛えていた。だから誰もが羽黒の目に留まりたがったし、特別になりたがった。執着されるのは当たり前で、しかしそれを軽くいなす事も同じくらい日常茶飯事。羽黒に集る人々の中でも羽黒に強く固執したのは、やはり第2性にオメガ性を持つ者達だった。互いに強く惹かれ合う性であるアルファとオメガは、アルファがオメガを伴侶とする為にうなじに噛み跡をつけ、番(つがい)という契約を結ぶ本能がある。フェロモン惚れや一目惚れで惹かれ合って恋愛関係になった末に番になる場合もあれば、家格や諸条件のつり合う相手との見合いで決める場合もあり、その辺はベータとそう変わらない。特に抑制剤の質が向上し、フェロモンコントロールが可能になった昨今、上流階級になるほどその傾向が顕著だ。日本有数の財閥系企業の総帥を祖父に持つ羽黒もご多分に漏れず、まだ中学生の頃から現在に至るまで、政略結婚の打診のような見合いを持ち込まれる事が多かった。
しかし、羽黒はそれに一度も首を縦に振った事は無い。祖父に恫喝されても父に泣き落としされても、どれだけの美貌と家柄を備えた相手が現れても、羽黒の微笑みが崩れる事は無かった。そもそも、羽黒は誰かに恋愛感情を抱いた事が無い。20代半ばまでは割り切った関係の相手と付き合う事はあったが、3ヶ月スパンで別れると決めていたし、ここ2年ほどはそんなお遊びもやめている。理由は、原因不明のED…わかり易く言えば、勃起不全だ。検査しても体には異常が無かったので心因性だろうと言う事になっているが、どうにも心当たりが無い。元々、そんなにもセックスが好きな方ではない。アルファ性が高いから性欲も強かったが、誰と体を重ねても夢中になるほどの快楽を得た事はなかった。そして何より羽黒自身、起こってしまった事には無頓着になる質なので、(まあなってしまったものは仕方ない。一時的なものだろうし、その内治るさ)と悠長に構え、今に至る。
なのに、初めて蛍と出会ったあの晩。
元気な挨拶が聞こえたかと思ったら、入って来た途端に倒れた蛍。驚いて立ち上がり、駆け寄って抱き起こそうとして、細身というには痩せ過ぎて骨の浮き出た体にやるせない気持ちになった。そして、抱き上げた体のあまりの軽さに困惑してしまった。座っていたソファに運んで寝かせ介抱すると、気を失っていた蛍の口から「とうさん…」とか細い声。それを聞いた瞬間、何故だかわからないけれど、とても胸を締め付けられた。
間もなく意識を取り戻した蛍が目を開き、その澄んだ薄い茶色の瞳に羽黒の顔が映った時の安堵。優しいと言われながらその実、他人に気持ちを傾けた事が無かった羽黒には新鮮な気持ちだった。そして話し始めた蛍に王子様と呼ばれて、驚くのと同時に面白いような気にもなって。だがその後聞いた蛍の話は、ひと口に面白いと言って笑えるようなものではなく、だから、倒れた原因がおそらく偏り過ぎた食生活による貧血だろうとアタリをつけて食事を与えたのは、正直に言えば同情で、悪く言えば気紛れだった。
が、この時まではまだ、羽黒も蛍の話を話半分に聞いていたところがある。『nobilis』のような夜の店で苦労話を売りとする接客をするキャストは少なくないし、羽黒も耳にタコが出来るほどに聞かされてきたからだ。しかし、運ばれて来た料理を嬉しそうに美味しそうに次々と平らげていく蛍を見ていると、とても聞いた話が嘘とは思えなくなった。スタッフからは入店初日のど素人の新人と聞いていたし、実際に話してみても接客慣れもしていない。そんな人間が客の気を引くほどの機転を利かせられるとは思えない。そういうつもりなら、もっとか弱げにさめざめと泣くなり、頼りない様子をアピールしたりの演技をするのでは?いくら良いと言われたからって、こんな風にモリモリ力強く爆食するなんてしないのでは?
しかも話の流れとはいえ、自分のバース性を口にしてしまう脇の甘さ。リスかハムスターのようにオムライスで頬を膨らませてニコニコしている様を見ると、とても深謀遠慮を巡らせる事が出来るタイプには思えなかった。
(可愛い…)
素直にそう感じた。儚げな美形なのに、それを裏切る豪快な食べっぷりも意外性があって良い。飾り気の無い笑顔も可愛いし、苦労を語っても何処かコミカルさが漂う話しぶりも面白い。思いの外芯が強く逞しいところも好ましい。だから、出先から駆け付けて来た林店長に蛍を本指名にすると言ったのだ。
それくらい、羽黒は蛍を気に入った。だが、羽黒が蛍を本指にした理由はそれだけではない。
どうしても引っかかる事があったからだ。
アルファとオメガは、互いがどれだけ隠そうとも何処と無くわかるものだ。それは身体的な特徴だったりという外見的な要素もあるが、互いを意識する視線だったり、抑制剤を服用していても微妙に漏れるフェロモンだったり。特にアルファの場合は、ランクが上になるほど全ての感覚が鋭くなる。故に高位アルファである羽黒の嗅覚であれば、限り無く微量のフェロモンであっても嗅ぎ取れるのだ。
なのに、自分でオメガだとカミングアウトした蛍からは、微塵のオメガフェロモンも感知出来なかった。更に言うなら、今まで出会ったフリーのオメガは、見合いであれ偶発的に出会った者であれ、羽黒を見ると途端にヒートを誘発するつもりかと思うほどのフェロモンを発してきた。まあそれ自体は、より優れたアルファを求めるオメガの本能でもあるし、羽黒はそれらをシャットアウトする術も知っているので何ら問題は無かった。
だが問題は、蛍が羽黒がアルファだと認識している様子だったにも関わらず、全くフェロモンを放出して来なかった事だ。いや、そんな厄介な事されないに越した事はないのだが、解せぬとも思う。フェロモンを感じない、即ち蛍は羽黒に魅力を感じていないという事、なのか?と。
決して自意識過剰ではなく、オメガだけでなくあらゆるベータやアルファにまでも求愛されてきた羽黒からすれば、初対面で1ミリも秋波を送って来ないオメガというだけで、もう摩訶不思議な生き物だったのだ。
そしてそれが羽黒の中での引っかかりであり、蛍という人間を見定めてみたいと思い指名を決めた大きな要因でもあった。
そうして羽黒は蛍を呼び始めたのだが…。
最初は面白半分、興味半分だった羽黒の心境。しかしそれは、回を重ね、蛍と接する毎にどんどん変化していく。
まあ、初日に聞いた通り、苦労はしている。だが不思議な事に、蛍本人はそれを苦労だとは思っていない様子。というより…聞いている限り、どうやら蛍は、悲観する暇があればさっさと自力でどうにかしようとする性格らしかった。しかもやたらと決断力があり動きが早い為、聞いている方が、(大丈夫か?もう少し誰かに相談出来なかったか?)と思ってしまうほどに危うい。夜の世界に飛び込んだのも、会社をクビになって新たな就職先が見つからなかったからだと言うし、たまたま『nobilis』がキャストに良心的な店だったから良かったとはいえ、変なところに引っかかっていたらと考えると、羽黒はヒヤリと肝が冷える思いがした。まっすぐ『nobilis』に来てくれて、自分と出会ってくれて良かったと。
そして、そんな風に蛍の身を案じている自分に気づいた時、羽黒は自分自身が思っていた以上に蛍に気持ちを移していた事を自覚したのだった。
太腿の上にある、小さな茶色の頭。ふわふわと猫を思わせる柔らかな髪を指先で弄りながら、羽黒の胸はほっこりとあたたかくなる。言いようの無い不思議な感覚。
(これが『愛でる』という気持ちだろうか…)
それはこれまでの羽黒の人生に於いて、味わった事の無かったものだった。
羽黒は自他ともに認めるSSSクラスの高位アルファである。しかもアルファ性が強過ぎる故に、小学校入学前に発現したというレアケースだ。それ以来、圧倒的ビジュアルと突出した能力で、バース性を問わずあらゆる人間を魅了してきた羽黒。それなのにお高くとまる事も無い彼は、常にニコニコと穏やかな微笑みを湛えていた。だから誰もが羽黒の目に留まりたがったし、特別になりたがった。執着されるのは当たり前で、しかしそれを軽くいなす事も同じくらい日常茶飯事。羽黒に集る人々の中でも羽黒に強く固執したのは、やはり第2性にオメガ性を持つ者達だった。互いに強く惹かれ合う性であるアルファとオメガは、アルファがオメガを伴侶とする為にうなじに噛み跡をつけ、番(つがい)という契約を結ぶ本能がある。フェロモン惚れや一目惚れで惹かれ合って恋愛関係になった末に番になる場合もあれば、家格や諸条件のつり合う相手との見合いで決める場合もあり、その辺はベータとそう変わらない。特に抑制剤の質が向上し、フェロモンコントロールが可能になった昨今、上流階級になるほどその傾向が顕著だ。日本有数の財閥系企業の総帥を祖父に持つ羽黒もご多分に漏れず、まだ中学生の頃から現在に至るまで、政略結婚の打診のような見合いを持ち込まれる事が多かった。
しかし、羽黒はそれに一度も首を縦に振った事は無い。祖父に恫喝されても父に泣き落としされても、どれだけの美貌と家柄を備えた相手が現れても、羽黒の微笑みが崩れる事は無かった。そもそも、羽黒は誰かに恋愛感情を抱いた事が無い。20代半ばまでは割り切った関係の相手と付き合う事はあったが、3ヶ月スパンで別れると決めていたし、ここ2年ほどはそんなお遊びもやめている。理由は、原因不明のED…わかり易く言えば、勃起不全だ。検査しても体には異常が無かったので心因性だろうと言う事になっているが、どうにも心当たりが無い。元々、そんなにもセックスが好きな方ではない。アルファ性が高いから性欲も強かったが、誰と体を重ねても夢中になるほどの快楽を得た事はなかった。そして何より羽黒自身、起こってしまった事には無頓着になる質なので、(まあなってしまったものは仕方ない。一時的なものだろうし、その内治るさ)と悠長に構え、今に至る。
なのに、初めて蛍と出会ったあの晩。
元気な挨拶が聞こえたかと思ったら、入って来た途端に倒れた蛍。驚いて立ち上がり、駆け寄って抱き起こそうとして、細身というには痩せ過ぎて骨の浮き出た体にやるせない気持ちになった。そして、抱き上げた体のあまりの軽さに困惑してしまった。座っていたソファに運んで寝かせ介抱すると、気を失っていた蛍の口から「とうさん…」とか細い声。それを聞いた瞬間、何故だかわからないけれど、とても胸を締め付けられた。
間もなく意識を取り戻した蛍が目を開き、その澄んだ薄い茶色の瞳に羽黒の顔が映った時の安堵。優しいと言われながらその実、他人に気持ちを傾けた事が無かった羽黒には新鮮な気持ちだった。そして話し始めた蛍に王子様と呼ばれて、驚くのと同時に面白いような気にもなって。だがその後聞いた蛍の話は、ひと口に面白いと言って笑えるようなものではなく、だから、倒れた原因がおそらく偏り過ぎた食生活による貧血だろうとアタリをつけて食事を与えたのは、正直に言えば同情で、悪く言えば気紛れだった。
が、この時まではまだ、羽黒も蛍の話を話半分に聞いていたところがある。『nobilis』のような夜の店で苦労話を売りとする接客をするキャストは少なくないし、羽黒も耳にタコが出来るほどに聞かされてきたからだ。しかし、運ばれて来た料理を嬉しそうに美味しそうに次々と平らげていく蛍を見ていると、とても聞いた話が嘘とは思えなくなった。スタッフからは入店初日のど素人の新人と聞いていたし、実際に話してみても接客慣れもしていない。そんな人間が客の気を引くほどの機転を利かせられるとは思えない。そういうつもりなら、もっとか弱げにさめざめと泣くなり、頼りない様子をアピールしたりの演技をするのでは?いくら良いと言われたからって、こんな風にモリモリ力強く爆食するなんてしないのでは?
しかも話の流れとはいえ、自分のバース性を口にしてしまう脇の甘さ。リスかハムスターのようにオムライスで頬を膨らませてニコニコしている様を見ると、とても深謀遠慮を巡らせる事が出来るタイプには思えなかった。
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素直にそう感じた。儚げな美形なのに、それを裏切る豪快な食べっぷりも意外性があって良い。飾り気の無い笑顔も可愛いし、苦労を語っても何処かコミカルさが漂う話しぶりも面白い。思いの外芯が強く逞しいところも好ましい。だから、出先から駆け付けて来た林店長に蛍を本指名にすると言ったのだ。
それくらい、羽黒は蛍を気に入った。だが、羽黒が蛍を本指にした理由はそれだけではない。
どうしても引っかかる事があったからだ。
アルファとオメガは、互いがどれだけ隠そうとも何処と無くわかるものだ。それは身体的な特徴だったりという外見的な要素もあるが、互いを意識する視線だったり、抑制剤を服用していても微妙に漏れるフェロモンだったり。特にアルファの場合は、ランクが上になるほど全ての感覚が鋭くなる。故に高位アルファである羽黒の嗅覚であれば、限り無く微量のフェロモンであっても嗅ぎ取れるのだ。
なのに、自分でオメガだとカミングアウトした蛍からは、微塵のオメガフェロモンも感知出来なかった。更に言うなら、今まで出会ったフリーのオメガは、見合いであれ偶発的に出会った者であれ、羽黒を見ると途端にヒートを誘発するつもりかと思うほどのフェロモンを発してきた。まあそれ自体は、より優れたアルファを求めるオメガの本能でもあるし、羽黒はそれらをシャットアウトする術も知っているので何ら問題は無かった。
だが問題は、蛍が羽黒がアルファだと認識している様子だったにも関わらず、全くフェロモンを放出して来なかった事だ。いや、そんな厄介な事されないに越した事はないのだが、解せぬとも思う。フェロモンを感じない、即ち蛍は羽黒に魅力を感じていないという事、なのか?と。
決して自意識過剰ではなく、オメガだけでなくあらゆるベータやアルファにまでも求愛されてきた羽黒からすれば、初対面で1ミリも秋波を送って来ないオメガというだけで、もう摩訶不思議な生き物だったのだ。
そしてそれが羽黒の中での引っかかりであり、蛍という人間を見定めてみたいと思い指名を決めた大きな要因でもあった。
そうして羽黒は蛍を呼び始めたのだが…。
最初は面白半分、興味半分だった羽黒の心境。しかしそれは、回を重ね、蛍と接する毎にどんどん変化していく。
まあ、初日に聞いた通り、苦労はしている。だが不思議な事に、蛍本人はそれを苦労だとは思っていない様子。というより…聞いている限り、どうやら蛍は、悲観する暇があればさっさと自力でどうにかしようとする性格らしかった。しかもやたらと決断力があり動きが早い為、聞いている方が、(大丈夫か?もう少し誰かに相談出来なかったか?)と思ってしまうほどに危うい。夜の世界に飛び込んだのも、会社をクビになって新たな就職先が見つからなかったからだと言うし、たまたま『nobilis』がキャストに良心的な店だったから良かったとはいえ、変なところに引っかかっていたらと考えると、羽黒はヒヤリと肝が冷える思いがした。まっすぐ『nobilis』に来てくれて、自分と出会ってくれて良かったと。
そして、そんな風に蛍の身を案じている自分に気づいた時、羽黒は自分自身が思っていた以上に蛍に気持ちを移していた事を自覚したのだった。
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