薄幸系オメガ君、夜の蝶になる

Q矢(Q.➽)

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23 羽黒王子の実際のところ 2

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「失礼いたします、羽黒様」

 静かなクラシックのBGMにノックの音が混ざったかと思うと、ドア越しに柚木の声がした。

「どうぞ」

 羽黒が答えるとドアが開かれ、入室して来る柚木。両手で真っ赤な化粧箱を持っている。柚木はそれをテーブルの上に置くと、

「お待たせいたしました、ありがとうございます」

と言いながら、しずしずと箱を開けた。現れたのは特徴的な形のバカラのクリスタルボトル。先ほど注文した、カミュ・トラディションである。ボトルをそっと取り出した柚木は、それをリシャールとロマネ・コンティの横に並べ、一礼してから立ち上がった。それから、チラと実優を一瞥してから、羽黒に向かって遠慮がちに言った。

「申し訳ございません、羽黒様。実優さんにご指名が入っておりまして…」

 語尾を濁したが、つまりは他の客から指名されたからその席に行く為に、実優を羽黒の席から抜きますねという事だ。それを聞いた実優は、顔にこそ出さなかったが、助かったと安堵した。

(や、やっとここから抜けられる…)

 まあ、その指名と羽黒の席を掛け持ちになるという事なので、10分ほどでまた戻って来なければならないが、ずっと此処に居続けるよりは断然気が楽だ。
蛍が起きている間はまだ良かったが、寝てしまってからは羽黒と2人、何を話して良いかもわからず非常~に気不味かった。羽黒の方にしたって、蛍の希望で呼んだだけで、そもそも実優に興味などないから、自分から会話しようとも思ってはおらず…。よって、実優には、ただただBGMと健やかな蛍の寝息だけを聴きながら、ひたすらドリンクをチビチビ飲むくらいしか出来なかったのだ。いつもは客など内心ハゲだのジジィだの毒づいている実優だが、今夜ばかりは会ったら頬にキスくらいはしてやろうかと思うほどに嬉しい。
 そして、実優に指名が入ったと聞いた羽黒はにっこりと微笑んで頷いた。

「ああ、うん。大丈夫だよ」

「ありがとうございます。実優さん、5番テーブルに高坂様です」

「わかりました」

 実優は柚木に返事をして立ち上がると、羽黒に一礼をした。

「では、少し抜けさせていただきます」

「行ってらっしゃい、先輩」

「…行ってきます」

 羽黒が実優を先輩と呼び、それに柚木が一瞬不思議そうな顔をする。しかし突っ込む事はせず、実優と共にVIPルームから退室したのだった。



 実優と柚木が出て行って、羽黒はふうと息を吐いた。
 やっと2人きりに戻れた。とはいえ、実優はまた戻っては来るのだが、羽黒の本心としては別にもう来なくても良い。
 今夜、蛍に「一緒にシチューを食べる約束をしたからみひろ先輩を呼んで欲しい」と言われた時、最初は羽黒には実優というキャストの顔が思い浮かばなかった。羽黒の場合、蛍とは違って純粋に興味が無いから覚えない。
だから、黒服スタッフに実優の場内指名を告げた時、「大丈夫なのでしょうか?」と確認されてやっとあの不愉快なキャストが実優なのかと顔と名が一致した。その時浮かんだのは、実優が性懲りも無く今度は蛍を使って羽黒に接触しようとしているのか、という疑念だった。しかし、VIPルームにやって来た実優はどう見ても気不味げで、指名の礼は言ったものの必要以上に羽黒に話しかけようとも視線を合わせようとすらしなかった。色目を使って来るどころか、萎縮している様子。しかもどういう訳か蛍は実優に懐いているようだ。羽黒としては、実優が蛍を使って自分に…という線が消えたなら、そう警戒する事も無いかと様子見をする事にした。が、油断する事は無く、それなりに圧をかけながら。
 まあ、結果として実優におかしな様子は無かった。実優自身も呼ばれた事に困惑していたようだったし、本当に蛍が実優を宴に招待したかっただけなのだろう。実優と話す蛍はとても楽しそうで、羽黒としても見ていて楽しかった。蛍が望むのなら、たまにはこういうのも良いかもしれないと。
 だが、指名が来た事で実優が席から抜け、寝ている蛍と2人きりになると、やはりこの方が良いと思う。
 
「やっとまた2人だね…」

 膝の上、相変わらずくぅくぅ寝ている蛍。平和だ。羽黒は、くるくると表情豊かな蛍を見ているのが好きだ。けれど、こうして自分の膝を枕に安心しきって寝息を立てている蛍も可愛いと思う。こんな穏やかな気持ちは、他の人間とは得られなかったものだ。

(ずっとこの子と居られたら、この先もこんな時間が継続するんだろうか)

 白い頬を指先で撫でると、滑らかで心地良い。初めて出会ったあの夜より、格段に肌や髪の色艶が良くなっているのは気の所為ではないだろう。まだまだ細過ぎるが、ほんの少しだけ肉付きがマシになったような。もっと美味いものを食べさせて、痛々しく浮いた骨が目立たないようにしてやらないとと思う。この青年を守りたい。蛍に会いに来る度に、いつしか強くそう思うようになった。そんな心境になっている自分に、羽黒自身が一番戸惑っている。この気持ちの正体が同情なのか興味なのかも、もうどうでも良い。ただ、頭の何処かが叫ぶのだ。

 守れ。その青年を守れ。お前の〇〇〇を守れ、と。

 蛍の寝顔をじっと見つめる。細いが、密集した長い睫毛。小さく開いた唇。幼さの残る顔はあまりにも無垢だ。

(ああ、可愛いな。まだ出会ってそんなにならないのに、いつからこんなに可愛く思うようになったんだか…)

 羽黒はふっと小さく笑うと、背中を丸めて、閉じられた蛍の瞼にくちづけた。


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