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45 羽黒と蛍の癖
しおりを挟む(ええっと……これって、仕事の話はいつ始まるんだろう?)
ひんやり甘いアイスティーをストローで啜りながら、蛍はぼんやりと考える。
エレベーターホールでの劇的な再会&熱烈キスの後。興奮冷めやらぬ羽黒に抱き上げられた蛍は、そのままエレベーターに乗り、扉が開けばそこは広い玄関だった。
(あっ、それで乗るエレベーターの指定があったんだぁ)
そう。このマンションは、各戸直通の専用エレベーターだったのだ。という事は、もし蛍がうっかり別の基に乗ろうとしても、無理だったろう。下で開閉ボタンを押したとしても、部屋の主が押した人間をモニターで確認して稼働させない限り、扉が開く事の無いエレベーターなのだから。
(乗ったらもうウチとか、ちょー楽チン)
対来客用セキュリティの堅固さにというより、直で玄関内に到着できてしまう点に感動する蛍。目をキラキラさせながら降りたばかりのエレベーターと羽黒の顔を交互に見ていると、ごく間近から聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
「お待ちしておりました、白川様」
驚いて、声のした方に顔を向ける。するとそこには、羽黒よりもいくらか歳上と思しき、スーツ姿の男性が佇んでいた。羽黒の秘書の楡崎だ。
しかし楡崎と直接の面識の無かった蛍は、彼と目が合った瞬間、はっと我に返った。
(しまった! ここ、仕事先なんだった!)
羽黒に突然出迎えられてテンションが爆上がりしてしまい、すっかり頭から抜け落ちてしまっていたが、自分は今日、ここに仕事で呼ばれたのだと思い出す。何だか今後の事業展開の命運を握っているらしいし、今日は仕事内容や契約事項の説明もあるとの事だから、羽黒以外の社員達がいても何ら不思議は無い。
蛍は慌てて羽黒の腕の中からぴょんと飛び降り、ぴしっと姿勢を正して楡崎に向かって頭を下げた。
「おはようございます! ヒルズクリーンから参りました白川 蛍です! よろしくお願いいたします!」
「楡崎です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
元気良く自己紹介した蛍に、丁寧に挨拶を返す楡崎。その顔は例の如く表情は乏しいものの、口調も声も優しく穏やかだ。なので楡崎は、蛍の中でめでたく優しそうなおじさん枠にカテゴライズされた。まだ35なのにね……ドンマイ楡崎。
「ほたるくんは会った事がなかったんだっけ。楡崎は僕の専属秘書なんだ」
2人のやり取りを見ていた羽黒がそう説明を付け足すと、蛍は「あっ!」と何か思い出したように声を上げた。
「あの、いつもお土産を用意してくれてたっていう!」
「そうそう」
「鉄仮面のわりに若い番のお嫁さん捕まえたっていう」
「そうその鉄仮面」
「……若?」
まさか自分の預かり知らぬところで話のタネにされていたとは思わなかった楡崎は、胡乱な目を羽黒に向ける。羽黒は誤魔化すようにあははと笑って、蛍を室内へと誘導した。
通された部屋は、明るい光の射し込む広いリビングだった。如何にも高価そうな大きなソファを始めとするインテリアは趣味が良く統一感があり、まるでモデルルームのようだ。蛍は暫し立ったまま室内を見回した。
(天井たっかぁ……)
『nobilis』のような店舗や、オフィスや商業ビルならわかるが、ここはマンションなのに……と、驚きを隠せない。やっぱり自分とは住む世界が違う人なんだなあと、やっと近付けた筈の羽黒をまた遠く感じていた蛍に、楡崎が声をかけた。
「どうぞお座りになってお待ちください。今、お茶を」
「あ、はい」
「温かいものと冷たいもの、コーヒーまたはティー、どちらがよろしいですか?」
楡崎に問われて少しだけ悩んだ蛍は、「じゃあ、アイスティーでお願いします」と答えた。
そうして楡崎がアイスティーと、あと2人分のホットコーヒーをトレイに載せて戻って来る頃には、蛍はリビングの真ん中にあるソファに腰を下ろした羽黒の膝の上にちょこんと乗せられていた。まるで『nobilis』のVIPルームの再現である。
しかしそれを初めて見た楡崎は、無表情のまま動揺してトレイを手から落としかけた。羽黒の赤ん坊の頃から知り、プライベートの付き合いの殆どを把握してきたつもりの楡崎だが、彼が誰かを膝に乗せて甘やかしている姿など初めて見る。というより、相手が何らかの欲を出してベタベタしてくるようになった途端に冷たく突き放し、関係を清算するというのが常だった。その後処理なら、何度もした記憶がある。
なのに、その羽黒が。
時間と金を惜しみなく使って探し当てた青年を大切そうに膝に乗せて? 楡崎がテーブルの上に置いたアイスティーのグラスに、羽黒自らシロップを入れ、ストローを差して混ぜてやって? あまつさえ、そのグラスを持ち、ストローの飲み口を青年の唇まで近付けてやって? ちゅうちゅうと吸い上げるのを、愛おしそうに目を細めて見つめているなんて。
(あの若にここまでさせるとは。この白川という青年、できる……)
向かいに腰を下ろした楡崎がそう考えているのを知る由もなく、羽黒に至れり尽くせりされながらアイスティーを飲む蛍は思っていた。
(ええっと……これって、仕事の話はいつ始まるんだろう?)
蛍。
君は仕事の話云々の前に、ナチュラルに膝に乗せられてる事に疑問を持った方がいい。
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