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②
しおりを挟む「別れる」
「は?」
大翔が声を上げたけど、おれの決断は別れ。当然だと思う。
いくらおれにとって大翔との事が人生初の恋愛だからって、おれに手を出さないのに別の相手とセックスする意味くらいわかる。要するに、不満なんだ。中学生みたいなチビ相手じゃエロい気分になれなくて!(2回目)
きっと大翔はビビりのおれをゲーム感覚で口説いてただけに違いない。つき合ってはみたものの、色気もえっちの経験も無いおれに優しくするのが面倒になって、同じレベルでつき合える相手を探したんだろうな。そもそも、大翔におれは釣り合わないし。
実際、目の前に並んで座ってる大翔と白頭は、大柄で綺麗で本当にお似合いだ。大翔なんか、ドリンクかけられて髪も服もびちゃびちゃになってても、精悍なイケメン振りは変わらない。白頭だって、白い垂れ耳と、後ろでパタンパタン床を打つフサフサの長い尻尾が優雅。さっきコーラ開けた時も瞬速で避けて濡れるのを免れてたし。でかい割りには反射神経が良い。おれは、身体能力だけなら引けを取らないと思うけど…全体的なスペックでは圧倒的に負けてるわ。こんなヤツを相手にして、勝負になる訳がない。少しずつ育ててきてた大翔に対する気持ちが冷めた今、戦う理由も無い。
だから、別れる。
「うん、大翔。おれ、お前とは別れるわ」
もう一度はっきり言うと、膝立ちになって一瞬で距離を詰めて来てた大翔に両肩を掴まれた。大翔の力が込められた分、尻がソファに沈む。
「ちょ、痛いって」
「嘘だよね?」
滅多に聞いた事のない低い声で言われて、ちょっとヒヤッとする。顔を見ると、目が血走ってる。これまた初めて見るそれがちょっと怖くて、おれはちょっと鳥肌が立ってしまった。
「嘘だよね?」
もう一度同じ事を言われた。肩も離してくれなくて痛い。
「痛いってば…離せって」
「嘘だって言うまで離さない」
「痛いって言ってるだろ。離してやれ」
押し問答になり始めたその時、横から伸びて来た手が大翔の腕を掴んで、おれの肩から剥がしてくれた。そんで、おれを隠すように大翔との間に立ちはだかった。
おれに助け舟を出してくれたのは、意外にも敵の筈の白頭だった。
大翔の顔つきがまた変わる。眉間にきつく皺が寄って、下がってた眉が上がって、目つきが鋭くなって、普段の人懐っこい人の良い笑顔はもう微塵も残ってない。
「何だよ御坂さん、邪魔すんな」
「可哀想だろうが。こんな華奢な肩をお前の馬鹿力で掴んだりしたら跡が残るぞ」
「…っ」
大型種の大翔の迫力に一歩も引かず、互角に渡り合う白頭におれはビックリした。しかも白頭、少し振り返っておれの頭を撫でて来た。…?何この状況?
「…アンタ何してんだ。僕の弥勒を返してくださいよ、御坂さん」
さっきよりも低く、ドスの効いた声で白頭に言う大翔。
「あれ?コイツ呼ばわりはやめたのか?」
そんな大翔の様子に全く動じず、薄笑いを浮かべながら応じる白頭。てか、白頭の名前って…。
「…みさか?」
何故庇われてるのかがわからないまま、聞いた名前を背中で呟くと、白頭が肩越しに振り返って頷きながら言った。
「うん、御坂。御坂万里生だよ」
「みさかまりお…」
「そう、万里生」
(ふーん…)
脳裏に赤い帽子の髭のおじさんキャラが浮かんだけど、イメージは真逆だ。どんな字を書くのかまでは興味が無いから、とりあえず平仮名で呟いた。どうせもう会う事も無いだろうし、別に覚えなくてよかろと思いつつ。
「御坂さん、邪魔すんなよ。弥勒、こっちにおいで」
「おい、やめろ」
制止する声を無視した大翔の手が、おれ目掛けてみさかの脇を抜けて来る。危うく腕を掴まれそうになったのをすんでのところで躱した。ふう。
「ヤダよ。お前とは別れるって言ってんじゃん」
「そうだぞ。弥勒くんは灰田とは別れるんだ」
「はああ??僕と弥勒の間の事に口出すなよ!」
いつの間にか、大翔の浮気相手のみさかがおれのセリフに同調して、それにキレる大翔という謎の構図が生まれている事に若干戸惑う。
(コイツ、どういうつもりだ?)
みさかの背中に庇われながら、おれは首を傾げた。チビのおれを気遣ってくれたのか?まあ、大型犬は気のいい奴が多いっちゃ多いけど…でも、一人の男を挟んでのライバルを、その男とやり合ってまで庇ったりするかぁ?
そこまで考えて、おれ、閃いた。
「なるほどわかった!おれが大翔と切れたら、みさかがオンリーワンになるからか!」
そりゃ是非とも別れさせたいよな。それなら、別れたいって明言したおれを応援するのも納得がいく。今日のおれ、超絶冴えてるなと思いながら得意満面でみさかと大翔に目をやると、みさかはおれを見て微妙な表情を浮かべていて、大翔はおれとみさかを交互に見ていた。そして何かに気づいたように口を開く。
「えっ、あ、そういう事?御坂さん、アンタ、セフレは気楽だよとか言っときながら、実は僕を略da…」
「いや、君じゃない」
大翔の言葉を、みさかが即座に斬り捨てた。それにおれはビックリする。今更隠さなくても良いんやで。
「素直に言ってくれて良いんだよ?どうせ大翔が何を言っても、おれは別れるからさ」
みさかの白いシャツの左袖を後ろから引きながら言うと、みさかは右手で両目と額を覆って天を仰ぎ、大翔は泣きそうな顔でこっちを見てた。
そしてまた繰り広げられる不毛な会話。
「…僕は別れたくない…」
「二股かけてたヤツにそんな事言う権利なんてないから」
「そうだ。弥勒くんがこう言ってるんだから男らしく諦めろ」
「散々俺を唆したアンタにそんな事言われたくないよ!弥勒、二股なんかじゃない。弥勒は恋人、この人はセフレなんだから」
必死な様子でおれに向かってそんな事を言う大翔。おれはみさかの顔を見上げて聞いた。
「そうなの?恋人とセフレだと、二股にならないの?2人とも恋人って言ってつき合ってとかじゃないから?」
「いや、二股とは言えなくても立派な浮気にはなるね」
何故か妙に優しい声で、みさかがおれに答えるのを聞いて、大翔が吠えた。
「おいコラ。僕に言ってた事と違うんだが?」
「大事な恋人が居ながら、そんな詭弁に惑わされる方が馬鹿なんだ」
「ふざけんな!!」
「ふざけてるのは君だろ。弥勒くん、危ないから俺の後ろから出ちゃダメだよ」
みさかが俺にそう言った時、それまで頭に血を上らせて真っ赤になって唸ってた大翔の顔がさあっと青くなった。それから、声を震わせながら御坂に向かっていう。
「…御坂さん、アンタまさか、弥勒を…」
「?みさかがおれを、何だよ?」
「……」
背後に居るおれからは、みさかの背中と後頭部しか見えてないのに、みさかが笑っているような気配がはっきりわかった。
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