運命だとか、番とか、俺には関係ないけれど

Q矢(Q.➽)

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1 『おめでとう、幸せに。』

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「ごめん、斗真。」

「本当に申し訳ありません、菱田さん。」

目の前で揃って頭を下げる2人を黙って見つめる。

何度目かのデジャブだ、と斗真は思った。



最近塞ぎがちで気になっていた恋人の三村圭から、会いたいと連絡のあった日の仕事帰り。しがない会社員である菱田斗真(ひしだとうま)はある予感を抱きながら、久々に三村の住むマンションを訪れた。駅前の店で彼の好きなシュークリームとバウムクーヘンを買って。
合鍵は渡されている。でも斗真がそれを使った事はない。必ずオートロックを鳴らして内側から開けてもらう。毎回、使って入っておいでよと笑われるが、それは斗真なりの自戒だった。
エレベーターで5階に上がって恋人の部屋のインターホンを押すと、やはり少し元気の無い彼がドアを開けて迎えてくれた。そして、通されたリビングのソファに緊張したように座っている知らない若い男を見た時、予感は確信に変わった。

ああ、やはり、と。

悲しいかな、斗真はそれに慣れていた。だから別段取り乱す事もなく、彼らの向かいのソファに腰を下ろした。

斗真の恋人である筈の三村は、浮かない顔で隣に座るスーツ姿の青年を紹介してくれた。

「矢崎 衛です。 」

そう言って斗真に頭を下げる矢崎は、かなりの美青年だ。一目でアルファだとわかるほどの。

斗真は目を伏せた。

そうか、巡り会ってしまったんだな。そんな気持ちで。
三村はオメガだ。だから告白されて彼と付き合い始めたその時から、こんな日が来るのはわかっていた。
それが今日だった。それだけの話だ。
このところ三村に元気が無かったのは、図らずも巡り会ってしまった矢崎に惹かれていく気持ちと、恋人である斗真への気持ちや罪悪感との板挟みになっていたからだっただろうなと腑に落ちた。

遺伝子レベルで相性の良いアルファとオメガが惹かれ合うのは本能的なもので、仕方のない事だ。三村と矢崎も、そうだったのだろう。 
彼らが惹き合ってしまったなら、斗真はもう用済みだ。
目を伏せたまま、自嘲が唇に乗る。
もう、十分だった。一刻も早く話を終わらせてこの場から立ち去りたいと願った。

なのに2人は律儀にも、出会いから今日までの事をポツポツと説明してくれる。
おそらく、今日斗真に話そうと決めるまでには相当の葛藤があった筈だ。
三村の目の下の隈がそれを物語っているかのようだった。それを汲めば、斗真は黙って彼らの話を聞くしかない。

「斗真を嫌いになった訳じゃない。どの口がって言われるだろうけど、今でも好きだ。…でも、どうしても衛に惹かれる心にも抗えないんだ。」

「申し訳ありません、本当に。相手がいる事を聞いていたのに、どうしても自分を抑えられませんでした。」

三村は既に矢崎を衛と呼んでいた。矢崎の言葉の中には、暗に2人の距離感を示唆するニュアンスが読み取れた。
つまりもう、体の関係を持ってしまったという事だろう。あるいはもう、番になっているのかもしれない。
けれどベータである斗真は、それを確認する術を持たない。
そして、そんな事は今更どうでも良い事だ。今がどんな状態であろうと、どうせ彼らは時を待たずして体も心も結び付く。

斗真に謝罪して、暗い表情で俯く2人。
三村は後悔しているんだろう。初対面の矢崎の事はよくわからないが、見慣れた三村の事はよくわかってしまう。
いっそ開き直ってくれた方がどれだけ立ち去りやすい事か。

お人好しの斗真は、彼らを早く楽にしてやらなければと静かに微笑みながら、言い慣れた言葉を口にする。

「おめでとう。幸せにな。」

瞬間、三村が泣き崩れた。矢崎がそんな三村の肩を慰めるように抱いた。三村は、斗真に対する罪悪感から解き放たれた安堵から気が緩んで泣いたのだろうか。それとも、斗真との別れを惜しんでくれた涙なのだろうか。どちらにせよ、その理由を知りたいとは思わないが…。三村の涙を拭うのも慰めるのも、もう自分の役目ではないのだ。
斗真は横に置いていた鞄を手にしてソファから立ち上がった。それから2人に向かって一礼し、三村の泣き声を背に部屋を出た。

マンションのエントランスを出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。そろそろ11月だ。明日からはマフラーを巻こう。コートだって冬物を出して良い。
そう考えていて、思い出した。

三村が告白してくれたのも、ちょうどこの時期だった。付き合って間もなく来たクリスマスには、ブランドのマフラーを送ってくれた。今、斗真のクロゼットにあるのは三村に貰ったそのマフラーだけだった気がする。しかし他人の伴侶となった元恋人からの贈り物を平然と使用できるほどには、まだ割り切れてはいない。

「…新しいやつ、買わなきゃな。」

街灯の下、歩き出すと今更涙が出てきた。
いくら別れを経験して状況には慣れたとしても、辛くない訳ではない。
好きになり過ぎてはいけない相手だと感情にセーブをかけながらも、一緒に過ごしたあの日々は確かに愛しいものだった。互いに想い合っていた、だからこそ別れを切り出す事に三村も悩んだのだろうと思う。
けれど、それでも、駄目だったのだ。アルファには、勝てなかった。

バース性の壁を乗り越える事は難しい。

そうしてまた、斗真の恋が同じような終わりを告げた。





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