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5 路傍の石
しおりを挟む翌朝、斗真は男が寝ている間に帰った。
ヒート時にはオメガを相手に数日に渡りセックスをする事で疲れ知らずと言われるアルファだが、実際はオメガと互いのフェロモンで脳と性感を刺激し合っているヒート中と普段の状態とでは、疲労を感じる度合いは明らかに違う。
確かに頑強で体力はあるが、彼らも人間だ。アルコールが入った流れで長時間のセックスをしたともなれば多少疲れて寝入ってしまっても仕方ない。
寝入ってしまった男の腕の中から起こさないようにそっと抜け出した。立たない足腰を無理やり立たせて、脱がされた服を拾いながら着て。足音を忍ばせるようにして部屋を出る前に見た男の寝顔は、昨夜の事が嘘のように静かで、ほんの少しだけあどけないと思った。
「…ありがとう、ございました。」
斗真は掠れた小声で呟いた。
ほんの一晩。でも死にたくなるほどの孤独や悲しみが、見知らぬぬくもりに救われる事もあるのだと知った。合わせた肌の熱さと、優しい癖に情熱的に揺さぶってくる強引さに我を忘れて彼にしがみついた。
遊びで抱いた斗真に、彼は終始優しかった。
すごく、良かった。
そしてこれが、アルファとの最後のセックスだ。
金輪際、斗真はアルファにもオメガにも関わる事はしないと決めたのだから。
座卓の上には宿代を含めた数万円を置いてある。富裕層である場合の多い彼らにとっては端金だろうが、斗真には現在の手持ちの全てだ。決して金で時間や男を買ったと思った訳ではなく、純粋な、今できる精一杯の感謝の気持ちだ。
「…さよなら。お元気で。」
もう二度と会う事も無いであろう優しいアルファに、斗真は小さく別れを告げた。
宿を出てからスマホのアプリで現在地を確認し、付近にいたタクシーを呼んで一人暮らしのマンションに帰った。カード決済で支払いを済ませて、危なっかしい足取りで降りるのを、運転手に心配そうに見送られた。そこまでは良かったが、オートロックを突破しエレベーターに乗り、部屋に辿り着いた途端に足腰に限界が来た。玄関ドアを施錠した瞬間に膝が崩れ、何とかベッドまで這っていき、着替えもままならないまま動けなくなった。数年ぶりにアルファの巨根としたのだから、それはそうなるだろうなと納得する。アナルはちゃんと塞がってくれているだろうか。丁寧に解してもらえたお陰か痛みは無いが、少し心配だ。
そしてそのまま寝てしまい、次に目覚めたのは夕方。
手をついて起き上がってみるが、体は重い。ぼんやりした頭で昨日の事を思い返してみる。
三村に別れを告げられ恋を失って、2年ぶりにひとりになった。
でも、不思議と何時もの破局後よりは少しだけ気持ちがラクだ。抱いてくれた男のお陰だろうか。
三村が別れに週末を選んでくれて助かった。でなければ会社を休まなければならなかった、とベッドにうつ伏せながら思う。
まさか自分に一夜のアバンチュールという冒険ができるなんて。
真面目が取り柄の斗真には、自分のしてしまった事が信じられない。この体の軋みが嘘ではないと物語っているけれど、大胆な事をしてしまったと思う。
一生に一度であろう体験が、変な相手じゃなくて良かった。
それにしても、自分はどうやってあの街のあの店に入ったのだろう。タクシーを呼ぼうとアプリで確認した場所は、行った事の無い街だった。最寄り駅を見れば通勤途中にありはするが、下りた事は無い駅だった。駅前にちょっとした飲み屋街があると耳にした事がある程度の小さな駅。
三村のマンションを出て帰りの電車に乗ったは良いが無意識に途中下車でもしたのだろうか。
正直、記憶が曖昧で、どういう経緯であのバーに居たのか覚えていない。
愛した人との別れは何時も辛い。けれど、記憶があやふやになるほどの心神喪失状態になったりはしなかった。きちんと自分を保ったまま帰ってきて一人酒を飲み、暫くの間は落ち込んで。それでもなんとか自力で傷を塞いで日常に戻り、忘れた頃にまた恋が始まる。
今回も同じようにできる筈だったのに、どこで何が変わったのか、知らない男に縋ってしまった。
何度も満たされた気がする。キスをされながら突かれ続けて、まるで恋人みたいだと思った。行きずりの嫌悪感など微塵も無く、ただ男のペニスに自分の奥を明け渡した。
最後はかなり長い間、中に注がれたような覚えがあるのに、腹も下していないのは男が処置してくれたからなのだろうか。
(どんな顔してたっけ…。)
酔った目で見たものがどれほど正確に記憶されるのかは怪しいが、斗真は記憶を反芻してみた。
背は高かった。あんな場末の飲み屋には似つかわしくないような上品なスーツを着こなす綺麗な男。優男かと思ったら、斗真の体を支える腕は思いの外力強く、安心感を与えてくれた。
斗真を抱く為に服を脱ぎ捨てたその体は、どれだけ着痩せしていたのかと目を疑うほど、みっちりとした筋肉に覆われていて…。
今まで付き合ったアルファの彼は2人だが、それぞれに素敵だった。でも単純に体だけ見たとしたら、昨夜の男の方に軍配が上がる。
それほど見事な体だったと思う。
顔も体も素晴らしい、そんなアルファを一夜独占してしまった。だが冷静になって考えてみると、あんな人に特定の相手が居ないとは考えにくくて、斗真は少し胸の中が冷えた。
もし彼に恋人や番が居て、斗真のせいで浮気させてしまったのだったらどうしよう?
しかし、すぐにそれは杞憂だと思い直した。
斗真はベータ。
どれだけ彼らの浮気相手になろうとも、彼らの関係性に亀裂を入れる事なんか出来ない存在なのだ。
特別な人間達が路傍の石に嫉妬する事なんか、ある訳がないのだから。
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