運命だとか、番とか、俺には関係ないけれど

Q矢(Q.➽)

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11 ずっと君だけが好き

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斗真は、雅紀と再会した時に交わした会話を思い出していた。
 
『久しぶり、元気そうで良かった。』

『…うん、君も。』

『変わりないか?』

『…おかげさまで。』

そんな、当たり障りのない遣り取り。その遣り取りで、雅紀はあのアルファと番婚して仲良くやっているのだと思い込んでしまった。そしてそれから始まった友人付き合いの中でも、雅紀の伴侶や家庭に対する事には言及を避けていた。
雅紀の為に身は引いたが、別れてもらうのだからと求めてもいない金銭を提示してきたあのアルファの事を僅かでも話題にしたくはなかった。

斗真は、自分のそんな態度を感じ取った雅紀が、気持ちを汲み取ってくれて自分の事を話さずにいたのだと思っていたのだが…。

「そう、だったのか。言ってくれれば良かったのに…。」

「…とても…言えなかった。あれだけの勝手をしておいて…。」

小さな嗚咽を混じえて絞り出された声は、とてもか細い。
袂を分かった後に自分の身に起きた事を何一つ語らなかった雅紀の罪悪感は、計り知れないほどに大きいのだろう。

雅紀は苦しんだのだ、たった一人で。その事に斗真の胸は締め付けられた。
もう恋情はない。けれど、かつて愛した人だ。それに今は友人としての情がある。
 
斗真は雅紀の体を抱きしめた。その両肩は、あの頃よりも細くなったように思えた。
ベータの斗真には番の解除というものがオメガにとってどれほどのダメージを与えるのか、情報としてしかわからない。実際に解除を経験する不運なオメガはそんなに多くは無いとも聞く。だというのに、雅紀はそんな不運な中の一人になってしまったのか。自然解除は病院で投薬しての強制解除よりは後遺症がかなり軽いとは聞く。けれど、雅紀は運悪く解除に流産が重なり妊孕能を失ってしまった。なのにアルファ側には殆ど身体的ダメージは無いだなんて、それはあまりに理不尽ではないか。

何故、バース性とはこんなにも不平等なのだろう。

「…辛かったな。頑張ってきたんだな、雅紀。」

自分の腕の中で震えて泣き続ける雅紀に、斗真も涙が出てきた。
何故あのアルファは、自分から雅紀を奪っておきながら身重だった雅紀を裏切る事ができたのか。
愛は無かったのか。情は?番の結び付きは何よりも深く強固なものである筈ではないのか。それとも運命の番とは、それさえも凌駕してしまうほどのものなのか。
好きなら…愛しているなら、例え運命だといわれても、抗うものではないのか。

あのアルファはその程度の気持ちで雅紀を番にしたのか。
大切に、番になったアルファはオメガをとても大切にすると聞いていたから、斗真は雅紀の手を離したというのに。

 悔しくて、雅紀が味わったであろう哀しみや辛さを思って、斗真は泣いた。
もしも自分がアルファであったなら、いや、雅紀がベータであったなら。あんな別れは無かったのだろうか。

けれど、そんな仮定の話に今更意味は無い。今、斗真に出来る事は、ぼろぼろに傷ついた雅紀を抱きしめてやる事だけだ。






全てを吐き出して、少しばかり気がラクになったのだろうか。涙が止まった雅紀の顔は、来た時よりも少し晴れやかに見えた。

「僕ね。」

冷えてしまったコーヒーに口を付けた後、雅紀が呟く。

「うん?」

「斗真が好き。」

「…え?」

「友情じゃないよ。」

好きの意味を図りかねる前に、雅紀に先回りされて斗真は困惑した。

「別れたあの日から、僕は毎日後悔ばかりしてた。あの人と番になっても、妊娠がわかっても、何時も胸に居るのは斗真だったんだ。
あの人が運命の番を選んで番解除された時、それを見透かされてたのかなって思ったんだ。」

「…。」

「体を交わして番にはなれても、心が通うのかは別問題なんだね。それが、身に染みてわかった。
だから、憎みきる事ができなかったんだと思う、あの人の事。中途半端な僕も悪かったんだ。」

淡々と語る雅紀の言葉は、斗真の胸に刺さった。
斗真は、今まで自分がベータだから捨てられるんだと思っていた。でも、違うのか。
アルファとオメガで結ばれたって永遠ではなく、運命とやらが現れたらあっさり鞍替えされる。番契約は万能ではない。
そんな不確かなものに翻弄され続けているのは、バース性に関わらず皆同じらしい。

だが、雅紀の告白を、どう受け止めれば良いのかも、わからない。

「…雅紀、俺は、」

「わかってる。もう、アルファもオメガも懲りたんだよな。」

「…ああ。」

「でも、斗真。僕はもうオメガとしての機能は殆ど失くしてる。」

「…フェロモン感知は?」

痛々しい現状を事も無げに告げた雅紀は、斗真の質問にもサラリと答えた。

「前ほどは。自分のフェロモンが希薄になったからってのも関係してるのかな。
今の僕は殆どベータと変わらないと思う。
独身なのに美容師なんてやってるしね。」

「あ、そうか。そうだよな…。」

郊外店だが客入りが安定していて、週休二日とはいえ出勤したら入りから閉店まではほぼ立ち仕事のハードワーク。子供の頃からの夢を叶えた事に感心していたけれど、普通に考えて、多くの人間を接客し体力も必要な職種だ。あらゆる抑制が安定している番持ちのオメガでも大変だろうに、フリーのオメガでは更に困難な仕事の筈。 
それでも斗真が知る限り、雅紀は再会した時には既に美容師になっていて、その後数年経つ今日に至るまで転職していない。今では斗真も客として切ってもらいに行くが、なかなかの売れっ子だ。
雅紀は立派に自立している。

それがどういう事なのか、今まで深く考えもしなかった


「別に、だからって訳じゃない。僕は一度斗真を裏切ってるんだし、信用なんか無いし、ほんとはこんな事言う資格も無いのはわかってる。でも、」

雅紀は一息にそう言って、斗真の目を見つめた。至近距離で見る綺麗な黒目がちの目に、一瞬昔に戻ったような気分になる。斗真の手を握り込んだ雅紀の手の震えが伝わってきて、振りほどけない。

「今の僕ならもう絶対に惑わされたりしない。
ずっと斗真だけを見つめ続けられる。」

あの頃よりもずっと熱い瞳でそんな事を言われて、斗真はどう答えたら良いのかわからない。




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