運命だとか、番とか、俺には関係ないけれど

Q矢(Q.➽)

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25 前兆

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意外な事に、庄田が出勤途中に不埒な事を仕掛けたのは初日だけだった。自分の奉仕を受けて、少し上気した顔のまま覚束無い足取りで車を降りて会社に向かっていく斗真を、庄田は苦笑しながら見送った。
指での悪戯に敏感に反応して、それをどうにか押し込めようとする斗真の姿にはそそるものがあった。だが、可愛がった結果、まるで情事の後のような色香が醸し出されてしまったのは仕方ない。斗真には元々、妙な色気があるのだ。
恋人の欲目を抜いて客観的な評価をするのなら、斗真の容姿は中の上というところだ。能力値も、出身大学や就職した会社のランクから鑑みて、やはり平均値というところだろう。真面目で勤勉という以外には突出した部分がある訳でもなさそうな、非常にベータらしいベータだと言える。
だが、纏う雰囲気が違う。仕草や声から、人を落ち着かせ包み込む周波数でも出ているかのような…何故だか傍に居たくなるような、安心してしまうような。気質が優しいのだ。お人好しで、良いように使われてしまいそうな危うさがある。放っておけない。放っておきたくない。
それに加えて、平凡ながらそれなりに整った顔と優しい垂れ目。魅力を感じない訳がない。
実際、斗真に聞き取っただけでも、毎回相手から告白されて付き合っているらしい。

そんな斗真を、セクシュアルな空気を纏いつかせた状態で多くの人間の中に向かわせるのは心配で危惧しか生まれなかったのだが、今日はどうしても不可抗力だった。だがそうした事で、今まで特段意識していなかった人間まで集ってきたら面倒だ。何度も抱いてやっと、僅かに付いていたオメガの残り香も払拭してやったというのに…。
今朝はともかく、これからは出勤途中のこういった事は避けるようにしようと庄田は反省したのだった。

では何故その日、庄田が朝っぱらから不埒極まりない行為に及んだのかと言うと…。

庄田が斗真のペニスを愛撫する事を特に好んでいるのは、斗真が庄田と出会う直前まで付き合っていたのがオメガだったからだ。オメガ男性と付き合っている間、挿入する側だったのだろうが、ペニスに重点的に別の人間の匂いが付いていたのが腹立たしい。だから念入りなフェラチオで徹底的に自分の匂いを付けてマーキングをした。アナルの方は当分使っていなかったのか、他のアルファの匂いは最初からしなかった。

金曜から日曜朝にかけての数回に渡るセックスで、全て塗り替えたと思って安心していた。なのに、月曜の朝に会った瞬間、薄らと、別のオメガの匂いがした。

付き合ってそばからの斗真の浮気を疑いたくはないが、確認せずにはいられなかった。だから、あの悪戯で斗真を勃起させるよう仕掛けたのは確信犯だった。

結果、ペニスにも、その近辺にもオメガの匂いは嗅ぎ取れなかったので、庄田は安心した。やはり取り越し苦労だったのかと。

(じゃあ、あの匂いは何だったんだろう…?)

日曜日午後から、月曜朝迄の間に会ったオメガ…。強い主張が出来る訳ではないような、弱いフェロモンだ。只、微弱といってもエレベーターに乗り合わせたりすれ違った程度の瞬間的なものではなかった。全体的に満遍なく、霧雨に降られたかのような付き方だったから気になってしまった。
斗真が車を降りる前に、全て庄田のフェロモンで覆ってやったが、それにしても妙に気に入らない。
少しずつ、交友関係にも探りを入れていかなければ…。

とまあ、毎日の送迎はそういう庄田の思惑が働いた結果だった。
初日にあんな真似をしてしまったので、その後数日は警戒されてしまったが、庄田が『もう通勤中は悪戯しない。』と約束してから、斗真の警戒も緩和した。

それから2ヶ月経過して、2人の間は更なる蜜月といって良い状態になっている。
先週、庄田の方から一緒に暮らしたいと提案した。斗真の方も、悩みはしたが、庄田のその提案に心が傾いてしまった。斗真からすれば、今までにはなかった事だ。
今までの恋人達とは、バース性の事もあり、相思相愛になっても何処かで一線を引いていた。同棲を持ち掛けられても、お互いの世界は持っていようと理由を付けて断っていた。心の何処かで何時か来る別れを予見していて、最低限自分を守る為にセーブを掛けていたのだろうというのが斗真の自己分析の結果だ。

が、庄田との関係には、何故だか先の悲壮感が思い浮かばない。彼が自分から離れて他の人間やオメガを選ぶなんて想像がつかない。それは庄田が死別した番と結ばれる前に、相性度の高いオメガを撥ね付けたという事を聞いていたからかもしれない。

庄田はオメガに惑わされるアルファではない。そういう信頼感が根底にある。

だから、庄田と歩く人生を夢見た。愛するパートナーと朝も晩も共に過ごせる、そんな暮らしを。


けれど、絶頂の時にこそ嵐の目は、知らぬ場所で生まれている。


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