運命だとか、番とか、俺には関係ないけれど

Q矢(Q.➽)

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27 名残り

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玄関ドアを開けると、ふわりと森の木々のような香りがした。芳香剤だろうか。斗真の勝手なイメージと違い、土間の広さは平均的だった。だが出ている靴も無く、掃除が行き届いていて綺麗だ。ウォールナット調のシューズボックスの上にも何も置かれずスッキリしている。あまり置物などは好まないのだろうか。
後ろから入りドアを閉めた庄田が横に来て、右手で中へ誘うような仕草をする。

「お邪魔します…。」

「どうぞ。」

靴を脱いで式台に上がり、庄田について白い壁とフローリングの廊下を進んだ。庄田が奥の手前右手のドアを開けると、さっきの芳香剤の香りがもう少し強くなり、吸い込むと胸がスッとする。良い香りなので後で何処のメーカーの商品なのか聞こう、と斗真は思った。

ドアが開いた瞬間に点いた柔らかい明かりで、その部屋が寝室なのだとわかり、思わず見回してしまう。12畳ほどの寝室に、どう見ても庄田の趣味では無さそうな淡いグリーンのカーペットにカーテン、明るい色調の家具に、キングサイズのベッド。2人での生活の、名残り…。

庄田の過去を理解して、それごと受け入れていたつもりだったのに、胸がぎゅっと締め付けられた。
彼には昔、失って廃人になってしまう程、愛した人がいた。けれどその人はもうこの世には存在せず、今は自分だけを愛してくれている。他の人に見向きもせず自分だけに愛を注いでくれている。それで十分だと思えていた筈なのに、この気持ちは何だろう。こんなに複雑な感情は、過去のどの恋愛でも失恋でも味わった事が無い。

これは、嫉妬、なのだろうか…。

部屋に入って2、3歩の所で斗真は立ち止まったが、庄田はそのまま中に進んで行き、ベッドの横にあるチェストの前に立った。よく見るとその上にはアンティークな白い箱のようなものがあった。
斗真が見ていると、庄田はその箱の真ん中の取っ手を観音開きに開いた。

「羽純、斗真が来てくれたよ。」

開いた箱に向かって優しい声で語りかける庄田を見て、斗真もそこに近寄った。そして、驚いた。

(あ…これってお仏壇だったのか。)

洒落たアイボリーの箱は、ヨーロピアン調に作られた仏壇だった。場所を取らないよう、隙間を活用して置けるような細身のものは友人宅などでも見た事はあるが、このタイプは初めてだ。それに、仏壇は黒か茶色いものだとばかり思っていた。こんなに明るい色なんて見た事が無い。
そして、開かれたその奥には位牌と写真。

「とまくん、羽純だよ。」
 
庄田が斗真に向き直って、仏壇の中を指し示しながら横に退いた。斗真は頷いて仏壇の前に立ち、真ん前から中を見た。
楚々とした綺麗な顔立ち。はにかんだような可愛らしい笑顔。まるで少年のような若い男性が、遺影の中で微笑んでいた。
初めて見る羽純の姿。彼が庄田の愛したオメガなのか、と斗真はじっと見つめた。見れば見るほど、自分とは一つの共通点すら無い。髪の色も目の色も、顔立ちも。その事に斗真はホッとした。
以前庄田が、『斗真は羽純に似ている。』と言っていたから、ずっと気になっていた。だがこの遺影の写真を見る限り、自分が綺麗な羽純の代わりになるとは思えない。顔が似ている人が良いのなら、探せば他にいるだろう。斗真はどう見ても羽純とは全く正反対のタイプ。典型的なベータで平凡な顔立ちだ。少しも似てなどいない。おそらく、体格も。少なくとも彼の身代わりに求められた訳ではないだろう、と斗真は思った。

(良かった。俺はちゃんと俺として愛されてる。)

信じたいと思っていた事を、確信できた気がした。
羽純に対する感情は複雑だ。消せない嫉妬もある。けれど、憎い訳では無い。
腹に子を宿しながら突然に人生を奪われた事を思えば、どれほど無念だったのだろうと嫉妬よりも同情が勝つ。

生きて庄田と歩いていける自分が、そんな羽純に負の感情を向ける必要は無い。
斗真はそう、自分の心に言い聞かせた。

仏壇に手を合わせ、目を閉じて口を開いた。

「羽純さん、初めまして。菱田斗真です。匠さんと、お付き合いしています。」

隣りの庄田の息遣いが聞こえるほどに静かな室内。斗真は続けた。

「俺、匠さんの支えになりたいんです。」

貴方の代わりに…とは、言わなかった。斗真は誰かの代わりになりたいのではない。ずっと誰かの唯一無二になりたかったから、羽純の代わりを務めるつもりはない。

「匠さんと生きていきたいんです。」

やっと巡り会えた人だと信じたいから。例えアルファとベータでも、共に生きられると信じたいから。
例え番にまでなった羽純ほどには深く愛されなくても、それでも自分だけを愛してくれるなら、それで十分だと思っている。

「だから、この先の匠さんの人生、もらいます。見守っててください。」

斗真は言い終わると、遺影に向かって頭を下げた。

「とまくん…。」

庄田が後ろから両肩を抱いてくる。

「ありがとう…斗真。」

庄田の声は涙に濡れているようだった。 斗真の気持ちと決意を、喜んでくれているのだろうと思うと嬉しかった。

(これで良いんだよな…これで…。)


この時、斗真はまだ何も予測出来てはいなかった。
庄田匠というアルファのパートナーとして認知される事で降り掛かる災いも、これから味わう苦しみも、悲しみも、愛憎も、


全て。







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