運命だとか、番とか、俺には関係ないけれど

Q矢(Q.➽)

文字の大きさ
52 / 88

52 鳥谷の勝算

しおりを挟む

「俺はさ。結構君を気に入ってるんだぜ。」

そう言いながら、鳥谷は斗真の肩に回していた手を滑らせ、今度は腰を抱き寄せる。斗真の背筋に悪寒が走った。

「や…」

「何もしないって。少しくらい仲良くしてくれよ。」

鳥谷の言葉に、目を見開く。自分を強姦した人間と仲良く?冗談でも笑えない。流石に恐怖で縮こまっていた斗真の心も一瞬で沸騰した。

「…やめてください…!」

真横の鳥谷をきつく睨み付けながら拒絶の言葉を口にする。しかし言われた鳥谷はニヤニヤしたまま、少しだけ体を離して肩を竦めただけだった。

「つれないな。」

「自分のした事をわすれたのか、アンタは!」

カッとなって思わず声を荒らげた斗真に、今度は鳥谷も少しだけ目を見開いた。だがすぐに元の人を食ったような笑みに戻る。

「忘れてないから仲良くなりたいんだけどね。…まだアソコ、痛い?」

「ッ!!」

意味がわからない。馬鹿にしているのか。ここ数日萎えきっていた感情が怒りによって呼び起こされる。
痛いに決まっているだろう。ふざけているのか。裂傷になっていたんだぞ。何日も軟膏を塗ってやっとマシになってきたが、完治はまだ先。今だって排便時などは痛む。痔にでもなったらどうしてくれるんだ。
柄にも無く怒鳴りたくなった。けれどそれをしてしまうと、この男に負けたような気になってしまいそうで、斗真はぐっとその衝動を抑えた。

「…痛いですけど?自分をそんな状態にしたアンタと仲良くする義理ありますか?そもそも、それを覚えてて仲良くしたいという意味が全くわからない。平気で人を強姦するような犯罪者とこうして喋ってるだけでも反吐が出そうです。」

もう苛立ちを隠す事すら面倒で、思ったままを口にした。鳥谷が何を考えているのかはわからないが、斗真は悩んで悩んで葛藤の末、庄田から離れる事も視野に入れ始めている。だから、次に鳥谷に暴行を働かれたら、病院に行くし警察に被害届けも出す。庄田に知られる事を恐れて大人しくしている必要は無いと吹っ切れた。
泣き寝入りするつもりは無い。それでも良いならやるならやれと開き直りつつある。

「へぇ…斗真クン、怒ったりするんだ。」
 
キレるかと思った鳥谷は、何故か面白そうに斗真を見つめてきた。
そりゃ斗真は見た目も中身もお人好しだと言われるが、理不尽な犯罪にまで優しい顔をしていられるかと言われたら、それはまた別の話だ。

「…当たり前でしょう。」

斗真の怒りなど意に介してはいないとでも言うような様子の鳥谷。まるで暖簾か空気を押しているようだ。次第に不気味になってきて、改めてこの男の異常性を垣間見た思いになる。やはりまともに話が出来る相手ではないようだと再認識した。

「ふうん。良いね。無抵抗の奴を嬲るのも楽しいけど、活きの良いのを屈服させるのはもっと好きだよ。
…懐かない野良猫を無理矢理可愛がるのもね。」

「……!!」

一気に距離を詰めて来た鳥谷に、ソファの背もたれに押し付けられて一瞬息が詰まった。至近距離で見る鳥谷の顔は整っているが、そこに浮かんでいる表情は、好きになれない程に下世話な笑みだ。

「俺はね、」

鳥谷は自分の両手で斗真の両手首を擦りながら言う。

「気に入ったものは全部、手に入れてきた。なのに運命の筈のアイツだけが唯一手に入らなかった。」

「…。」

鳥谷の傲慢な物言いに眉を顰める斗真。運命の筈のアイツとは、庄田の事だろうが、まるで手に入らなかった玩具か何かのように言うのが気に入らない。庄田はそんな扱いをされて良い人間ではない。

「でも、それももう終わりだ。」

「…え?」

鳥谷の言葉に、不穏なものを感じた。だがすぐに思い至る。斗真が庄田から離れると言ったからだろうと。とすると、斗真が消えれば今度こそは庄田を落とせると確信しての言葉なのか。
どんな手を使おうが庄田が鳥谷の手に落ちるとは思えないが、一瞬2人が寄り添っているのを想像してしまい、胸がチクリと痛んだ。
確かに離れる事を考えているが、それは庄田を嫌いになったからではない。好きだから隣に戻るのが辛いのだ。
庄田が見ているのは、斗真の中の羽純に似た部分なのだと知ってしまったから。  
気持ちが離れてしまった訳ではないから、自分が居なくなった後に庄田の隣に鳥谷が立つのは辛い。いや、鳥谷以外の誰であろうと辛い。

こんな調子でどうやって庄田の事を忘れたら良いのだろうと、今から憂鬱だ。

だからこそ、『もう終わり』だと勝算を持っているかのような鳥谷の様子が気になった。まさか庄田にも卑怯な手を使うつもりなのでは、と思ってしまったからだ。

「…それって、どういう意味なんですか?」

我慢できずに問い返してしまうと、鳥谷はニヤッと笑い、斗真の唇を自分の人差し指でなぞりながら答えた。

「オメガへの執着を忘れた庄田と俺が上手くいく為には、キミの存在が必要不可欠だって事さ、お姫様。」

お姫様。大の大人の男を捕まえてサラッとお姫様呼ばわりするこの男はやはり何処かおかしい。
肌を粟立てながら、斗真は両腕で自分の体を、庇うように抱きしめた。



しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

【if/番外編】昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、夢の中で僕と結婚する

子犬一 はぁて
BL
※本作は「昔『結婚しよう』と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する」のif(番外編)です。    僕と幼馴染が結婚した「夢」を見た受けの話。 ずっと好きだった幼馴染が女性と結婚した夜に見た僕の夢──それは幼馴染と僕が結婚するもしもの世界。  想うだけなら許されるかな。  夢の中でだけでも救われたかった僕の話。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。 両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。 故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!! 様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材! 僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX! ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。 うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか! 僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。 そうしてニ年後。 領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。 え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。 関係ここからやり直し?できる? Rには*ついてます。 後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。 ムーンライトにも同時投稿中

処理中です...