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52 鳥谷の勝算
しおりを挟む「俺はさ。結構君を気に入ってるんだぜ。」
そう言いながら、鳥谷は斗真の肩に回していた手を滑らせ、今度は腰を抱き寄せる。斗真の背筋に悪寒が走った。
「や…」
「何もしないって。少しくらい仲良くしてくれよ。」
鳥谷の言葉に、目を見開く。自分を強姦した人間と仲良く?冗談でも笑えない。流石に恐怖で縮こまっていた斗真の心も一瞬で沸騰した。
「…やめてください…!」
真横の鳥谷をきつく睨み付けながら拒絶の言葉を口にする。しかし言われた鳥谷はニヤニヤしたまま、少しだけ体を離して肩を竦めただけだった。
「つれないな。」
「自分のした事をわすれたのか、アンタは!」
カッとなって思わず声を荒らげた斗真に、今度は鳥谷も少しだけ目を見開いた。だがすぐに元の人を食ったような笑みに戻る。
「忘れてないから仲良くなりたいんだけどね。…まだアソコ、痛い?」
「ッ!!」
意味がわからない。馬鹿にしているのか。ここ数日萎えきっていた感情が怒りによって呼び起こされる。
痛いに決まっているだろう。ふざけているのか。裂傷になっていたんだぞ。何日も軟膏を塗ってやっとマシになってきたが、完治はまだ先。今だって排便時などは痛む。痔にでもなったらどうしてくれるんだ。
柄にも無く怒鳴りたくなった。けれどそれをしてしまうと、この男に負けたような気になってしまいそうで、斗真はぐっとその衝動を抑えた。
「…痛いですけど?自分をそんな状態にしたアンタと仲良くする義理ありますか?そもそも、それを覚えてて仲良くしたいという意味が全くわからない。平気で人を強姦するような犯罪者とこうして喋ってるだけでも反吐が出そうです。」
もう苛立ちを隠す事すら面倒で、思ったままを口にした。鳥谷が何を考えているのかはわからないが、斗真は悩んで悩んで葛藤の末、庄田から離れる事も視野に入れ始めている。だから、次に鳥谷に暴行を働かれたら、病院に行くし警察に被害届けも出す。庄田に知られる事を恐れて大人しくしている必要は無いと吹っ切れた。
泣き寝入りするつもりは無い。それでも良いならやるならやれと開き直りつつある。
「へぇ…斗真クン、怒ったりするんだ。」
キレるかと思った鳥谷は、何故か面白そうに斗真を見つめてきた。
そりゃ斗真は見た目も中身もお人好しだと言われるが、理不尽な犯罪にまで優しい顔をしていられるかと言われたら、それはまた別の話だ。
「…当たり前でしょう。」
斗真の怒りなど意に介してはいないとでも言うような様子の鳥谷。まるで暖簾か空気を押しているようだ。次第に不気味になってきて、改めてこの男の異常性を垣間見た思いになる。やはりまともに話が出来る相手ではないようだと再認識した。
「ふうん。良いね。無抵抗の奴を嬲るのも楽しいけど、活きの良いのを屈服させるのはもっと好きだよ。
…懐かない野良猫を無理矢理可愛がるのもね。」
「……!!」
一気に距離を詰めて来た鳥谷に、ソファの背もたれに押し付けられて一瞬息が詰まった。至近距離で見る鳥谷の顔は整っているが、そこに浮かんでいる表情は、好きになれない程に下世話な笑みだ。
「俺はね、」
鳥谷は自分の両手で斗真の両手首を擦りながら言う。
「気に入ったものは全部、手に入れてきた。なのに運命の筈のアイツだけが唯一手に入らなかった。」
「…。」
鳥谷の傲慢な物言いに眉を顰める斗真。運命の筈のアイツとは、庄田の事だろうが、まるで手に入らなかった玩具か何かのように言うのが気に入らない。庄田はそんな扱いをされて良い人間ではない。
「でも、それももう終わりだ。」
「…え?」
鳥谷の言葉に、不穏なものを感じた。だがすぐに思い至る。斗真が庄田から離れると言ったからだろうと。とすると、斗真が消えれば今度こそは庄田を落とせると確信しての言葉なのか。
どんな手を使おうが庄田が鳥谷の手に落ちるとは思えないが、一瞬2人が寄り添っているのを想像してしまい、胸がチクリと痛んだ。
確かに離れる事を考えているが、それは庄田を嫌いになったからではない。好きだから隣に戻るのが辛いのだ。
庄田が見ているのは、斗真の中の羽純に似た部分なのだと知ってしまったから。
気持ちが離れてしまった訳ではないから、自分が居なくなった後に庄田の隣に鳥谷が立つのは辛い。いや、鳥谷以外の誰であろうと辛い。
こんな調子でどうやって庄田の事を忘れたら良いのだろうと、今から憂鬱だ。
だからこそ、『もう終わり』だと勝算を持っているかのような鳥谷の様子が気になった。まさか庄田にも卑怯な手を使うつもりなのでは、と思ってしまったからだ。
「…それって、どういう意味なんですか?」
我慢できずに問い返してしまうと、鳥谷はニヤッと笑い、斗真の唇を自分の人差し指でなぞりながら答えた。
「オメガへの執着を忘れた庄田と俺が上手くいく為には、キミの存在が必要不可欠だって事さ、お姫様。」
お姫様。大の大人の男を捕まえてサラッとお姫様呼ばわりするこの男はやはり何処かおかしい。
肌を粟立てながら、斗真は両腕で自分の体を、庇うように抱きしめた。
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