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56 提案
しおりを挟むギッと鳥谷を睨む庄田と、室内のインテリアをあちこち観察しては、何とも言えない表情になっていく和久田。庄田に抱きしめられて安心している斗真を、ニヤニヤしながら眺める鳥谷。
室内に大の男が4人もいるのに奇妙な静けさだった。
そんな状態で数分、コンコンと扉を叩く音がして、内藤が戻って来た。お馴染みのワゴンの上に、ポットが2つと茶器。まだものの2、3分しか経っていない筈だが、早過ぎはしないか。一体何処で用意していたのか、と心の中で突っ込む斗真。この部屋と隣室に繋がるバスルームしか見ていないからわからないが、昨日鳥谷が水を持って来たミニキッチンへの出入り口は見える位置にある。だが内藤はそこを使ってはいないから、あの扉の向こうには別にキッチンがあるのかもしれない、と自分を納得させた。
「取り敢えずはコーヒーと紅茶をご用意致しました。何方かお好きな方を仰っていただければ…。」
そう言いながら、ガラステーブルの上、一人ひとりの前に氷水入りのグラス、そしてソーサーとカップを置く内藤。戸惑いながらも、『じゃあ、コーヒーを。』と答えると、目の前のカップにしずしずと液体を注いでいく無表情な男。和久田はその様子を奇妙な気持ちで見ていた。先程、鳥谷を守ろうとした際に見せた敵意は何処へやら…この男は一体何なのか。
和久田もそうだが、斗真も困惑していた。昨日から見ていて、只の部下ではないような気はしていた。鳥谷への接し方も、無機質な中にも何処か幼い子供に接するような優しさが感じられて、会社の上司と部下というよりも密な付き合いを感じさせたからだ。
長い関係の世話役なのかもしれないと思ったが、鳥谷に駆け寄ろうとしたあの動きを見るとボディガードも兼ねていたのだろうか。
「遥一様、お砂糖を。」
「うん。」
内藤は綺麗なガラスのシュガーポットをテーブルに置いて、鳥谷のカップの中に4つ、白と茶色のウサギの形の砂糖を入れティースプーンで何度か掻き回した。
思いもよらない光景を見せられ目が離せなくなる斗真、庄田、和久田。
しかしそんな視線に気づかないのか気にしていないのか、鳥谷と内藤は至って普通に言葉を交わした。
「遥一様、どうぞ。」
「うん。」
カップの把手を指で持ち上げて、口を付ける鳥谷。
「…っ」
「遥一様!」
「…っついじゃねえか!」
カチャン!とカップを置いて、横に置かれたグラスの水を口に含む鳥谷。
「申し訳ございません。火傷なさいましたか?見せてください。」
「もう水で冷やしたわ!」
というか…それで治ったなら大した事無かったのでは…と思う斗真達。
そりゃ、入れたてですぐ砂糖が溶ける温度の紅茶がすぐに冷める訳もなく、熱さは完全に鳥谷本人の失態なのだが、鳥谷にはそんな事は関係無いらしい。またしても理不尽に内藤にキレている。内藤も内藤で、無表情で慌てているのか鳥谷のカップをソーサーごと持ち上げてフーフーし始めた。
その場の誰もが言葉を発さないまま、内藤が紅茶に息を吹きかける音だけが響いた。
ややあって。
「遥一様、もう大丈夫だと…。」
「マジで気をつけろよな。」
「はい、申し訳ございません。」
(((……?)))
自分達は何を見せられているのだろうか、と思ってた3人に、おそらくかなり温くなっているであろう紅茶を3口ほど飲んだ鳥谷が口を開いた。
「どうした?別に変なモンは入れてないぞ?」
3人は黙って目の前に置かれたカップに口を付けた。
何となく、鳥谷と内藤の関係性に触れてはいけない気がした。
「庄田、俺が何で斗真クンを使ってまでお前を呼んだかわかるか?」
笑いながら話し始めた鳥谷に、庄田は身構えた。斗真はその横で少し体を強張らせる。
「……知るか。」
吐き捨てるように答えた庄田に、鳥谷はククッと鼻から笑いを漏らしながら答えた。
「じゃ、俺と斗真クンの関係は?」
「ふざけるな!!」
意味深な鳥谷の言葉に瞬時に激昂した庄田に、斗真は自分の身に起きた事が庄田に知られている事を察した。さっきの電話では、鳥谷は話していなかった。斗真を探し当てた時に、雅紀から聞き出したのだろう。
(死にたい…。)
こんな奴の手にかかった事を、庄田に知られてしまった。恥ずかしくてこの場から消えてなくなりたい。しかしそんな斗真の心を他所に、庄田の斗真を抱きしめる力は更に強くなり、それにまた涙がでそうになった。
「お前が何をしようが、俺の斗真への気持ちは何も変わらない。斗真は悪くない。お前なんかに俺達の間に亀裂を入れる事なんかできない。」
「匠…。」
鳥谷を睨みつけながら叫ぶように言う庄田。斗真を囲い込むその力は、今までのどんな時よりも強かった。それはそのまま、斗真の居なかった数日間の不安に比例したものなのかもしれないと思うと、心が痛む。
さっさと庄田の元に帰れば良かったのだろうか。庄田は斗真を責めはしなかっただろう。例え恐怖からセックスを受け入れられなくなっていたとしても、無理強いする事無く長い時間をかけて、心身の傷が癒えるのを待ってくれたのでは…。いや、庄田ならきっと、そうする。斗真が気づいてしまった違和感を黙殺さえ出来たなら、今までのような穏やかな幸せに戻れたのかもしれない。
斗真は目をそう考えて伏せた。
室内に、また鳥谷の声が響く。
「いや、俺はもう、お前達を引き離そうなんて考えちゃいないぜ。」
庄田が訝しげに眉を寄せる。それは斗真も和久田も同じだった。
「斗真クンの事は俺も気に入った。だから、俺とお前が番になって2人で斗真クンを囲えば良いだろ?お前と斗真クンが居れば、俺だってつまらないお遊びはしなくて良くなりそうだしな。」
さも良い提案をしているかのように話す鳥谷。
その言葉を聞いていた庄田の眉がきりきりと上がり、額には血管が浮き出した。
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