運命だとか、番とか、俺には関係ないけれど

Q矢(Q.➽)

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62 内藤と鳥谷 4

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恋を自覚してから、遥一の想いは加速する一方だった。

すると、それがホルモンバランスに影響を与えたのだろうか。それまで音沙汰の無かったオメガフェロモンの発散が始まったのだ。
夏休み中だった事で、周囲に家族以外のアルファが居なかったのが幸いだった。数日の内にヒートを起こした遥一は部屋に閉じこもり苦しんだ。出入り出来るのは世話をする貢だけ。遥一の初めてのヒートは強烈で、フェロモンを感知する事の無い筈のベータの使用人達ですら、あてられてしまう者も居たほどだ。

だが、ヒートを迎えベッドの上でシーツにくるまって悶える遥一の劣情も恋情も、全てはベータである貢に向けられていた。
遥一は自分に出来る最大限の努力をして、貢を誘惑していた。
優れたアルファだとの呼び声高い同級生や上級生達の1人の顔すら、遥一の脳裏には思い浮かばなかった。ただひたすら、幼い頃から自分を優しく撫でてきた彼の手が欲しい。唇が欲しい。眼差しが欲しい。肌の熱さが欲しい。

貢の、ペニスが欲しい。抱かれたい…。

時間毎に世話をしに部屋に来て、腕に抱えて水分補給をさせてくれる貢を、熱に潤む瞳で見上げた。体温が上がって芳香を放つ汗で湿った腕を伸ばして頬に触れて誘った。だが勿論、貢は応じなかった。腕の中で、幼い頃のように甘えてくる可愛い主。けれどその肢体も表情も、既に少年から青年になりかけて瑞々しく艶かしいもので、目のやり場に困る。使用人の自分などを誘うのは、ヒートで正気を失っているからだ、と反応してしまいそうな下半身を理性で抑え込んだ。
一時的な激情に流されて我を失って遥一を抱いてしまえば、お互いに絶対後悔する。ベータである自分にはオメガである遥一を満たしてやる事はできない。
何より、主家の御曹司を使用人が組み敷くなど許される筈がない。もしそうしたとして、当主に知られてしまえば貢は遥一の世話役を外される事になるだろう。
それはどうしても嫌だった。自分の人生に、遥一が居なくなるなど。
オメガである以上、おそらく遥一は、何処か有力な家のアルファと婚姻する事になるのだろう。そうなっても貢はずっと遥一の世話役としてついて行くつもりだった。力のある名家出身のオメガの場合、生家から馴染んだ世話役を伴って行くのは珍しい事ではない。貢もそうして、生涯を遥一に仕えて生きるつもりだった。幼い遥一の大きな瞳に囚われて小さな手を取ったあの日から、自分の生き方は決まっていると、そう思っていた。
だからこそ、ヒートで我を失った遥一の要求に応じる訳にはいかない。

ありったけの理性を総動員して、遥一の白くしなやかな指先に引き摺り出されそうになる自分の欲を押し殺した。自分の役目は彼を守る事であって、欲望のまま穢してしまう事ではないと心に言い聞かせて。
貢の中で、遥一は何時までも自分が守らなければならない幼気な愛おしい主。例え遥一がどれだけ大きく成長しても、それは変わらない。それなのに、何故自分は今、こんなにも掻き乱されているのか。今まさに花開きかけている遥一の抗い難い魅惑にどうにか抗いながら、貢は内心激しく動揺していた。


何度も優しく退けられる手に業を煮やして、遥一はとうとう貢に抱きついた。ヒートの発熱と発汗に嫌気がさして、シーツだけを纏っていた体はそれがマットレスの上にハラリと落ちるとすぐに全裸になった。平らな胸に小さく存在している乳首を見て、貢は思わず眼を逸らす。何時も着替えの手伝いで見慣れていると思っていたその裸体は、熱に色づき花のような色香を放っていた。
貢はとうとう目を閉じた。

「何故だ、どうして」

必死の誘惑を拒まれた遥一は、涙目で貢に縋った。

「俺はお前に抱いて欲しい。お前が好きなんだ。」

涙の混ざった声に、目を開いて抱き締めてしまいたくなるのを必死に耐えながら、貢は返した。

「違います、坊ちゃま。それは気の所為です。ヒートは正気を失うと聞きました。それはヒートが言わせているのです。」

「違う、俺は…!」

「お許しください、坊ちゃま。それをしてしまえば、旦那様にでも知られてしまえば、私はお傍に居られなくなってしまいます。」

目を閉じ、自分から顔を背ける男の腕の中、遥一の胸は凍りついた。
幼い頃から胸の中に少しずつ育まれていた想いを、受け入れて貰えなかった。それを口にするのが恥ずかしくて、ヒートの力を借りて渾身の誘惑をしたのに、見なかった事にされた。
遥一の失望は並ならないものだった。

「…出てけ…水だけ、置いてけ…。もう終わるまで入って来るな。」

貢の体をベッドの外に突き飛ばして、遥一は再びシーツにくるまった。羞恥と絶望で死んでしまいたい。心はこんなにもズタズタなのに、体だけはヒートで燃え滾るように熱く、暑い。

「…坊ちゃ…」

「出てけ。嫌いだ、お前なんて。」

遥一の唇から放たれた、初めての激しい拒絶の言葉に、貢は胸にナイフを突き立てられたようだった。
遥一の為、自分の為、拒んだのは正しかった筈だ。けれど、傷つけてしまった。もっと上手い言い方があったかもしれないと悔やみながら、シーツにくるまり横たわっている背中を見つめた。

「…何か、ございましたら…お呼びを…。」

言い知れぬ後悔を胸に、貢は一礼した後、経口補水液のボトルをサイドチェストの上に置いて部屋を出る。部屋のドアを閉めても暫くそこから立ち去れずにいた貢の耳に、小さな嗚咽が聴こえてきた。

胸が苦しくなるほどの激しい後悔。まさか自分が遥一を泣かせてしまう日が来るなんて。貢は心の中で何度も何度も詫びた。


遥一のヒートは翌々日には終了したが、その間貢が部屋に入る事は許されなかった。貢は毎日、水だけをドアの前に運んだ。ヒートの間一切の食事を取らなかった遥一は、3日の間で少し痩せたようだった。それを心配する貢に対し、遥一の態度は冷淡だった。この先、ヒート期間中は部屋に入らないよう言われ、普段の生活でも用事が無い限りは貢の方から話しかける事を禁じられた。

以来、2人の関係性は以前とは全く変わってしまった。

日常生活に戻った遥一は、夏休み明けから人が変わったように傲慢に振る舞うようになった。今までのワガママなどは本当に可愛らしいものだったのだと思えるほどに。
学校内では言い寄って来る生徒を片っ端から抱いた。まるで自分のオメガ性を覆い隠すように、身勝手に人を抱き捨てた。遥一の好みは一貫していて、長身で体躯の良い男なら一度きりではなく一定期間連れ回したりもした。酷い抱き方ばかりをして、決して恋人は作らなかった。

そして、そんな風に乱れていく遥一を見つめながら、それでも貢は傍に居続ける事しか出来なかった。

それしか、出来なかった。





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