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65 謝罪と、
しおりを挟む積年の思いを吐露しバリケードの取り払われた心に鬱積した怒りをぶつけられ、流石の鳥谷も耐えられなくなったのだろうか。
「……ご、めん、なさい…。」
と、消え入りそうな声でそう口にした。
強情そうな少し厚めの艶やかな唇から漏れたそれに、鳥谷の涙を拭っていた内藤の手の動きが止まる。
衝撃。正しく衝撃を受けたからだ。
出会ったばかりの幼い頃ならいざ知らず、物心ついてからの鳥谷は謝罪の言葉など口にした事は無い。何かを仕出かしたとしても、外面と要領の良い鳥谷を叱れる人間はいなかった。成長して、弄んだ相手やその恋人達に責められる事があっても、『簡単に足を開く奴が悪い』『引き留める魅力がなかった方が悪い』と悪びれもせず言い放てた鳥谷だ。何なら、謝罪という概念を知らないのではと思うくらいには傲慢だった主の口から、とうとうそれを引き出してしまった斗真にもはや畏敬の念すら抱いてしまう内藤。
謝罪の言葉を口にした鳥谷は斗真の視線の圧に押し負けて、更に小さく頭まで下げた。
「不味い事した、ってのは…わかってた。あんなに無理矢理ヤッたのは初めてだったし、斗真クンあちこち血が出てたし。」
鳥谷はボソボソと"その時"の事を話し始めた。
「あの日、最初から斗真クンを襲うつもりで行ったんじゃない。本当だ。流石に俺だって、あんな時間から場所も弁えず盛るなんて普段はしない。」
「…。」
「只、斗真クンが…思ってたより気が強くてさ。最初はイラついたんだけど、顔見てたら段々勃起してきちゃって…。」
「………。」
「ほら、俺って強めが好きじゃん。ガタイが良いか強気で冷静ってのが。」
「…………。」
いや鳥谷の好みなんか知らない、と脱力する斗真と、そう言えばなるほどな、と思う庄田と和久田、少し赤くなる内藤。どうやら庄田のタイプが自分の特徴である事にやっと気づいた様子だ。
グズグズ鼻を鳴らしながら話し始めた鳥谷は、目から鼻から忙しく流れ出る液体を内藤に拭われいて子供のようだった。が、話の内容は子供のように可愛いものではないのが問題だ。
それに被害を受けた側からすれば、最初からその気はなかったなんて事は言い訳以外の何ものでもなく、普段の生態など更にどうでも良い。
そんな事を思いながら黙って弁解を聞く斗真に、鳥谷は続けた。
「だって斗真クン、画像だと地味顔で普通だと思ってたら、リアルで見ると何気にガタイも良くてさ。顔はあっさりしてて味気ないけど、可愛いかもって思ったし、ハッキリ言う時の強い目とかも良いなと思ったし、抱いてみたら凄く名器だったしさ…。」
つらつらと述べられたそんな理由に眉を吊り上げて鳥谷を睨み付ける庄田と、あっさりした地味顔に吹く和久田、それはディスられているのかとますます目の据わる斗真。大衆に埋没するタイプなのは自覚済みなので放っておいて欲しいし、自分が名器だとかそんな情報も知りたくなかった。
しかし、やや間の抜けたそんな空気は、次の言葉で一変する。
「…それに…あの頑固そうな目が、庄田の後ろから俺を見てた羽純って奴に似てたし…。」
「「「……。」」」
鳥谷の言葉に凍りついたその場で、一番最初に口を開いたのは庄田だった。
「なに、言ってる…?」
「庄田、」
「羽純に似てなんか…斗真は羽純に似てなんか、」
「庄田!!」
何となく話の流れを読んだ和久田が庄田を制止しようとしたが、遅かった。過剰反応は肯定にもなる。何時もの庄田なら例え図星でも聞き流せていただろうに、何日も斗真と離れ極限状態に近かった状態で羽純の名を出された庄田はもう、平静ではいられなくなっていた。
「斗真は斗真だっ!見た目だって体型だって、声だって!何も、何一つ似てなんかいないっ!」
ガバッと自分を抱きしめて鳥谷に反論する庄田の声を至近距離で聞きながら、やはりと斗真は目を瞑った。
自分はきっと羽純に似ているのだろう。肉体の持つ特徴ではなく。羽純とは2、3度会っただけだった鳥谷が初対面だった斗真の中にそれを感じ取れる程に。それならば羽純と斗真の双方をよく知っている人間ほど、それは顕著にわかるのではないだろうか。まして、何方とも深く繋がった庄田にそれがわからない筈はないのに、何故今更否定するのだろう。
「……匠、今更否定しなくても良い。」
斗真は小さく息を吐いて目を開き、庄田の腕から抜け出した。
「え…斗真…?何を…」
「匠が俺に羽純さんの面影を見てるのは、感じてた。」
庄田の目を見ながら静かにそう言うと、彼は虚を突かれたような表情になった。それは驚きと疑問の混ざりあったようなもので、それを見た斗真は訝しく思った。まさか庄田は無意識だったのだろうか?
「…そりゃ、最初は…そう思った事もあった。でも、それは取っ掛りに過ぎないよ。すぐに全然違うと思った。」
「…そう、か。」
相槌を打つ斗真の顔を覗き込む庄田。その顔には不安がありありと現れていて、斗真の心臓はきゅうっと痛む。
「あんな奴の言う事なんか真に受けないよね。俺は斗真だから好きになったんだ。信じてくれるよね?」
「……ああ。」
それも、庄田の本心なんだろう。内面や嗜好が似ているとはいえ、羽純と斗真の外見は、同一視するにはあまりにも違うのだから。
庄田が斗真の事"も"愛したのは、疑わなくて良いのだと思いたい。
けれど。
「匠。」
斗真はまっすぐに庄田の目を見つめながら名を呼んだ。
庄田が恋しい。さっさと彼の腕の中に帰りたいのは本当だ。彼の気持ちに少しの疑いも持たず与えられる愛に身を浸していられたあの頃に戻ってしまいたい。
でも、知ってしまった以上、それが無理な事もわかるから。
「俺達、少しの間、離れよう。」
静かに告げたその瞬間の、寄る辺ない幼子のような庄田の表情を、斗真は死ぬまで忘れないだろう。
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