超高級会員制レンタルクラブ・『普通男子を愛でる会。』

Q矢(Q.➽)

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88 何も言わず信じた結果

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『ごめんね、今日も一緒に帰れない。気をつけて帰って。』

今や定型文のように送られてくるようになったその文を眺めて、俺は溜息を吐く。
この状況になって、既に1ヶ月以上が経過した。それでも俺は変わらず日常を送っている。

ミズキから聞いた情報が気にならなかったと言えば嘘になるが、俺は三田を信じて一旦リアクション待ちをすると決めた。が、三田からはご覧の通り、ろくな連絡は入らなかった。事情や理由があるのならその内言って来るだろうと鷹揚に構えていたのに、そんな様子は微塵も無い。そして、度々目にするようになった三田と女王様男子のツーショット現場。タイプの違う美男子2人という目立つ取り合わせだから、嫌でも目についてしまうのだ。
一度、三田本人ともガッツリ目が合ったのだが、そうすると隣の女王様もそれに気づいて、視線を寄越した。三田の視線の先が俺だと気づいてか、見下すような、此方を嗤うような薄い笑みを浮かべた嫌~な表情を向けられたので、それからは目が合っても一瞬で逸らすようにしている。わざわざ嫌な気分になる事も無い。
あれだけ引っ付いていた俺から離れ、女王様男子と行動を共にし始めた三田を、周囲は好奇の目で見ていた。そして俺には、妙な哀れみの眼差しや、それ見た事かと言いたげな視線が注がれてウンザリした。
けれど、そんな状況でも未だ、俺は三田を信じていた。きっと何か事情があるんだ。彼奴の俺への執着心を考えれば、疑う余地なんか無いように思えた。

けれど、そんな俺の鋼のメンタルも揺らぐ日が来る事になる。
バイトが無くて直帰したその日、電車で帰った俺は、決定的な場面を見てしまったのだ。
何となく気になって、寄り道をして三田の家の前を通って帰ろうと思ったのが悪かった。

入るところなのか、出てきたところなのか。三田の家の門扉を入って直ぐの位置。三田と女王様男子のキスシーン。
もう冬だから日暮れは早く、6時前と言ってもすっかり暗い。街灯がそろそろ灯されだす時間で、帰宅する人達もポツポツ歩いてる時間帯だけれど、そんな事を気にする素振りも無く、2人は唇を重ねていた。
それを見てしまった瞬間の、心臓に鉛を撃ち込まれたような痛み。俺は数歩後退った後、踵を返して走った。ガラガラと、信じていた気持ちが瓦礫になって崩れていくような最悪な気分だった。
俺に飽きて気持ちが離れたのなら、はっきりそう言えばいい。どうせ俺と彼奴は未だ付き合ってた訳じゃない。まさか、だから俺に言う必要なんか無いって事なのか。それとも、決定的な事は何も言わず、俺も都合良くキープしておこうというつもりなのか。
ぐるぐると回る思考に、胸の中にモヤモヤしたものが溜まっていくようだった。
俺は家に帰りついて自室への階段を駆け上がり、部屋に入ると内鍵を掛けて、上着も脱がずベッドに突っ伏した。
何も聞かず信じて待っていた仕打ちがこれなのか。悔しくて悲しくて、涙が後から後から溢れてきて枕と袖を濡らした。
声を殺して泣いても、しゃくり上げる音はするからから、外からドアをカリカリと引っ掻く音が聞こえた。異変を感じた猫達の誰かが、中にいる俺の様子を見に来てくれたのだとわかった。
ベッドから降りてドアを開けると、真っ白な猫がするりと室内に入って来て、俺の足元で立ち上がって抱っこを強請ってきた。それを抱き上げて、子供のようにあやしながら、抱きしめた。温かい。
俺はそのふわふわの毛並みの首元に鼻を埋めた。猫からは、何時でも陽だまりの暖かい匂いがする。

ホッとした。
撃ち抜かれて冷えて凍えた心臓に、少し温もりが戻ってくるようだった。

「ありがとな、リン。
やっぱり、俺にはお前達だけで良いや。」

ポツリとそんな言葉が口から出て、自分の惨めさを余計に突きつけられたように感じた。当初の予定通りに戻っただけだと自分に言い聞かせるけれど、一度知ってしまった人を恋う気持ちをどうやって葬って良いのかわからない。
鬱陶しい程好きだとは言われてたし俺も好きだと言ったけれど、付き合ってた訳じゃないからこれが裏切りにあたるのかも、よくわからない。
でも只ひとつ、はっきりしている事は、三田は俺と居るよりもあの男を選んでいるんだという事だ。

(だから嫌だったんだ、人間相手なんて。)

やっぱり俺には人間相手は向かないんだと再認識して、三田との思い出をシャットアウトしようとした。けれど目を閉じると、思い出したくもないのに、三田とあの女王様男子のキスシーンが脳裏に蘇ってきて、心の中に溜まっていた澱が再び舞い上がって胸の中を濁らせる。
これは嫉妬、なんだろうか。でも...

(もう、どうでも良い...。)

今更どうにもならないそれにも、無理矢理蓋をするだけだ。
 
前のように、周囲の事にも他人の事にも無関心な自分に戻ろう。

今後の身の振り方を考えなければならない。今なら未だ、恥をしのんで店に残留する相談も出来るかもしれない、とビジネスライクに頭を切り替えようとした。でも、迷惑になるだろうか、という思考も湧いて来る。
既に俺は退店に向けて動いてしまった。店側も、そのつもりでスケジュール調整をしてくれている。お客さん達にだって...。
考えて考えて一度出した結果を、俺の都合で覆えすような真似をして良いのか。

けれど、店の事をどうするにしても、やっておかなきゃならない事が1つある。


『お前の気持ちはよくわかった。もう連絡はして来るな。』

スマホの画面にそんな文字を打ち込んで送信を押した直後、俺は三田をブロックした。


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