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しおりを挟む「ま、確かにな。ハルの事は心配だったさ。だから使えそうな連中何人かを付けとくつもりだった。」
「それが久石君だったんだ...。」
俺がそう言った時、タイムリーに久石が飲み物とグラスを載せたトレイを片手に持って入って来た。断片的に聞こえてたのか、自分の名前が出てどんな話をしているか察したのか、少し気まずそうな表情を浮かべている。
彼は俺達の座っているところまで歩いて来て、ソファの前のローテーブルにトレイを置いた。
そしてそれぞれの前に布のコースターとグラスを置き、ご丁寧にペットボトルから緑茶を注いでくれる。
「ありがとう。」
俺と成宮が礼を言うと、こくんと頷いて、ひとり向かいのオットマンに座った。久石は何だか、以前よりも口数が少なくなったようだ。
俺と成宮は無言で顔を見合わせて注がれたお茶に口をつけると、日比谷が話を再開した。
「本当は谷地も送り込みたかったけど、アイツ、受験前になってバイクで事故って入院してな。コイツ(久石)も父親の会社が倒産したから大学進学は辞めるとか言い出したのを、俺が父親の仕事世話して進学費用も出してやったんだよ。投資のつもりでな。
なのにコイツ、自分の仕事も満足に出来ないんだぜ。呆れた役立たずだ。」
「...。」
日比谷に役立たずと吐き捨てられ、目線と肩を落とす久石。
それを見て俺は納得する。
なるほど、だから久石は前にも増して日比谷の犬感が強くなってるのか。王様と奴隷ならぬ、王様の犬だな。
久石君は高校の頃も日比谷の取り巻きではあったけど、俺の客になるくらいには金は持ってた。父親はどこぞの会社の役職持ちだって聞いた覚えがある。でも、そうか。失業しちゃってたのか。
というか、谷地もウチの大学に送り込む予定だったと聞いて震撼した。もしそうなってたら、いくら姿を変えてもどちらかに気づかれていたかもしれない。2人がかりでガッチリ見張られてたら、きっと成宮とは一緒にいられなかっただろう...なんて思ってたら、その成宮がぼそりと言った。
「日比谷君。さっきから君の言い方は、何だか不快だ。」
「成宮、」
不味い、と咄嗟に止めようとしたのを、顔の前に日比谷の大きな手の平を広げられて制止されてしまう。
「良いよ、聞こう。」
変に優しい言い方に、さっき感じた以上の嫌な予感がした。
「その人...久石君って、君の友達なんじゃないのか?
苦境に手を差し伸べて助けてあげたのは良かったと思うよ。でも、それを恩に着せるみたいに上下関係を作るのって、どうかと思う。」
真っ直ぐに日比谷を見据えながら、滔々と述べる成宮にヒヤヒヤするが、意外にも日比谷の微笑みは崩れなかった。
「それに、糸川を心配で人を付けるって...つまり監視させようとしてたって事だろ?
いくら連絡手段を断たれてたからって、それ、恋人にやる事じゃないと思う。...何か変だよ。
2人は本当に恋人同士だったのか?」
成宮の言葉は鋭くて、俺は思わず息を飲んだ。
すごいな、成宮。ほんの少し話した会話から得た情報だけで、日比谷と俺の関係の歪さを指摘してくるなんて。
普通は気づけたとしても、オーラダダ漏れの日比谷を前にしたら萎縮して何も言えないのに。
俺も驚いたけど、日比谷と久石もびっくりしたように成宮を見ている。
でもそれはほんの数秒の事だった。驚きが過ぎ去ると、日比谷はさっきよりも深い笑みを浮かべて俺と成宮を交互に見ながらこう言った。
「ハル、お前、なかなか面白いのを引っかけたね。」
「...日び...桜史?」
「うん。成宮?お前も気に入った。」
「は?」
「馬鹿な野良犬がハルに懐いてるのかと思ってたけど...お前は悪くないな。飼い慣らせば少なくともコイツよりは役に立ちそうだ。」
そう言って久石を一瞥する日比谷。そんな屈辱的な言われ方をしても、久石は黙ったままだった。一方で成宮は、日比谷のあまりの傲慢さに眉を寄せている。
そして俺の頭の中では、アラートが煩く鳴り響き始めた。
これだったのか、日比谷が成宮を見る度に感じていた、嫌な予感の正体は。
――成宮が、日比谷に目をつけられてしまった――。
「何を言って、」
「成宮、帰ろう!!」
俺は横に置いていた鞄を掴み、成宮の手を取って立ち上がった。成宮は訳がわからないという顔をしながらも、リュックのストラップを掴む。
「糸川?でも...、」
「聞きたい事なら帰ってから俺が全部話すから!!」
やっぱり来るんじゃなかった、と後悔が胸の中に渦巻く。でも今はとにかく、成宮を連れて此処から逃げなければ。
日比谷は人でも物でも、気に入ったものを手に入れるのには手段を選ばない。それは俺が身をもって体験してる。
そして、そんな時の王様は酷く残酷だ。
部屋を飛び出して長い廊下を階下に降りる階段に向かって走る俺達。てっきり追ってくるかと思ったが、後ろから足音は聞こえない。
(妙だ...。)
そう思いながらも、早く早くと急ぐ。
「なあ、糸...、」
「成宮、お願い。今は......ッ?!」
突如、足から力が抜けた。
もうほんの2、3メートル先に階段が見えているのに。
「なん...」
「糸川?いと......あれ...?」
へたりこんだ俺の傍に驚いたように屈んだ成宮も、同じようにくにゃりと大理石の廊下に倒れた。
「なり...?」
「なん、だ...?これ...」
2人して同じようなタイミングで体から脱力して倒れ込むなんて、一体何が...と考えた時、さっき出されたお茶の事を思い出した。
そういえば俺と成宮は同時に口をつけたが、日比谷も久石もグラスを持たなかった。
おそらく久石が日比谷に指示されて、ペットボトルのお茶に何かを混入したのだ。
(迂闊だった...。)
手段を選ばない奴だと知っていた。自分の中から注意信号も出ていたのに、何で俺はもっと警戒しなかったんだ。
でも、後悔してももう遅い。
「危なかったな。もう少しで階段の途中で効くところだったじゃないか。転げ落ちて大事なハルと成宮に怪我でもさせたらどう責任取るんだよ、久石。」
「すいません...。」
不機嫌そうな日比谷の声が背後から迫って来る。でも、力が抜けた体はへたってしまって逃げられない。
理不尽な怒られ方をしているのに謝る久石の声もして、万事休す。
横を通り過ぎて、俺達の前に屈み込んだのは日比谷だった。
両手にそれぞれ、俺と成宮の顎を持って自分の方に上向かせる。
そして、交互に視線を合わせて告げられた。
「ハル。前に言ったよな?お前は死ぬまで俺のもんだって。
初めて画面越しに観た時から、ハルは俺の初恋のアイドルなんだぜ。」
「がめ、ん...?」
日比谷は、今度は自分の言葉に反応した成宮に向いて言う。
「成宮。お前には後で特別に観せてやるよ。小さなハルの可愛い姿。お前も今日からは俺のもんだからな。」
日比谷のとんでもない言葉に、俺は悲鳴を上げそうになった。
日比谷は俺の、ガキの頃に客に撮られた身売り動画を持っている。それをネタに俺は脅され、今度は成宮に観せる気だ。
目の前と胸の中が真っ黒に塗り潰されていく気がした。
「や、めて...おねが...やめ...」
命乞い。これはまさに命乞いだ。
成宮に観られたくない、これ以上俺の汚い過去を知られたくない、嫌われたくない。
初めて恋をした人なんだ。好きなんだ。俺と成宮を壊さないで。
心の中ではこんなにも必死に叫んでいるのに、力が入らない体では満足に首も振れない。舌は縺れ、言葉はどんどん不明瞭になっていく。
なのにそんな俺達を見下ろす日比谷は、とても楽しそうだった。
「心配するな。薬は2時間程度で切れる。
あ、そうだ...成宮もハルとお揃いで動画撮ろっか。」
「...?!!」
成宮は何の事だかまだわかっていないが、ハッキリと意味のわかる俺はゾッとした。
成宮が、成宮はそんな目に遭って良い奴じゃない。
駄目なんだ、やめて。やめてくれ。
「や...め...ねが...、」
残る力を振り絞って縋ろうとする俺を日比谷が抱き上げる。次いで、成宮も久石に抱き上げられるのが見えた。
逃げて来た廊下を部屋に戻っていく絶望感。
あの部屋に戻った時何が始まるのか、わかるから。
知らず、唇が戦慄く。
そんな俺に、日比谷は蕩けるような笑顔を向けた。
「大丈夫。俺の1番は変わらずハルだからな。
...でも、嬉しいだろ?大好きな成宮と一生一緒に囲ってやろうってんだから。
良かったな、俺がアイツを気に入って。」
至極愉しげに残酷な言葉を言い放つ日比谷に、俺はもう全てを遮断するように瞼を閉じるしかない。
奴隷が王様に逆らえる筈がなかった。
俺は一生、日比谷の作り出す地獄から抜けられないらしい。
でも今度は、道連れがいる。
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ありがとうございました!
ありがとうございます
展開をお見守り下されば嬉しいでござる😊
いつも面白い作品ありがとうございます♪
続き楽しみにしてます(;◔ิд◔ิ) ドキドキ・・・
こちらこそお読みいただいてありがとうございます☺️