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夢か現か
しおりを挟む目が覚めると、俺は固い場所に寝転がっていた。
(空…青い…)
青い空に白い雲、覗き込んでくる小学生。
…小学生?!
俺はがばりと起き上がった。
寝ていたのはアスファルトの路上だった。道理で固い。
「大丈夫?どっか痛いの?」
「今救急車呼びましたから」
「救急車…」
スーツ姿のサラリーマンらしき中年男性や女子高生、OLっぽい若い女性。
ブロック塀に、電柱、マンションに車道。
そして何より、青い空。
ピンクと違う。
「えっ、ここ…は…」
俺は"戻った"らしかった。
異世界に送られた時も唐突だが、返されたのも唐突だ。
いきなり路上に倒れていたと言う事で、俺は念の為にと搬送された病院でそこそこアバウトな診察を受け、問題無しだろうと帰された。
「少し過労ではあるよね。
お仕事、大変?」
初老の男性医師に、哀れむような眼差し付きでそう言われて、まあそうですね、と返しながら俺は混乱していた。
夢、だったのか?
取り敢えず今日は休むようにと言われ、職場に連絡した。事情を話し、溜まりっぱなしの有休を取った。路上で倒れて搬送されたらしい事と、診断書を出された事を伝えると、何時もは口煩い上司がすんなりと休みの許可をくれた。
パワハラ気味な癖に事勿れ主義だから、自分の管理責任を問われるのは嫌なのだ、骨のない奴め。
通話を切ってスマホの日時を確認すると、異世界に飛ばされた日だ。
どうやら俺は、飛ばされた同じ日時にそのまま帰されたという事なのか。それとも、リアル過ぎた夢か。
「…アスラン…」
夢だったのか、やはり。
俺は昨夜も彼奴に抱かれたのに。生々しいあの感覚が、こんなにもリアルに思い出されるのに。
夢だったなら夢だったで、踊れの男嫁にならずに済んだ事に安心して良い筈なのに、ぽっかりと空いたこの胸の穴は、何なんだろう。
「……自社物件…」
保護猫カフェが目前だったのにっていうガッカリかもな。夢でも。
俺はコンビニに寄って、鍋焼きうどんとレトルト食品をいくつか、それからポカリを買ってマンションに帰った。
平日の午前中に自宅にいるなんて何年振りだろう、と思いながら、体感的には2ヶ月振りくらいの鍋焼きうどんを食べ、ポカリを飲んでベッドに潜った。有休最高。
念の為、数日休みを取るように言われていた俺は、翌日 アスランが住んでいたと言っていた千葉のとある街に行ってみた。
一晩考えて、やはりあれは現実だったのではないかと思ったからだった。
聞いていた辺りに、教えられた名字の家が無いかと思ったが、そもそも一軒家じゃなくマンション住まいだった場合、わかる訳無い。
そんな単純な事にすら気づかない程、俺は動揺しているらしいとその時わかった。
通りがかった公園のベンチに腰掛け、休んだ。
(アスランは、実在しないのかもしれない)
缶コーヒーを飲みながら、柵に囲われた池に泳ぐ鴨を見てそう思う。
あの世界の事も、本当は気を失っていたものの数分の間に見た夢だと片付ける方がラクな気がする。
なのに俺は、何故アスランの足跡や存在していた証を探そうとしているんだろうか。
あんな、人を食ったように笑う歳下のガキなんか、いてもいなくても良いじゃないか、と俺は空を見上げた。
「そうだ。夢で良かった。
俺が子供を産むなんて冗談じゃない」
男と結婚して、あの調子ならボコボコ子供を産まされただろう、あの奇妙な世界。
悪夢だ。
あのまま夢を見続けていたら、今頃3人くらいは出産を経験したかもしれない。怖。
スイカを鼻から3回出す経験を考え、俺はゾッとした。
そうだ。良かった、覚めて。
俺は前を横切っていく赤ん坊や幼児を連れた若い母親達を見て、心からそう思った。
そして駅から自宅に向かう電車に乗り、乗降口そばに立ち、車窓に流れる夕暮れの街並みを眺めた。
「…あ」
視界に飛び込んで来たのは、アスランが通っていると言っていた、専門学校の看板を掲げたビルだった。
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