よくある話で恐縮ですが

Q矢(Q.➽)

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18 松永 美樹 3

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「……ちょっと待ってよ。
それ、解除されたら僕がどうなるかって、わかって言ってんの?」

美樹は震える声でやっとそう口にした。
舌が縺れそうだ。
それは無理の無い事だった。

関係解消、番解除。
リスクを負うのはほぼほぼΩである自分なのだ。
新たな番も持てず、忌々しいヒートを1人で悶え苦しむ孤独。
当然、子供は望めない。
仕事だって、他に再就職先を探す事になるだろう。
番の解除はごくプライベートな事ではあるが、番解除に迄至った事情がどうあれ、Ωがその影響を多大に受ける事は周知の事実だ。そこは採用にあたっても危惧されてしまう所かもしれない。
体調コントロールがし易いという理由で、Ωの就職は番がいる方が圧倒的に有利なのだ。

それより何より、あれだけ運命の番だのご大層な話になりくっついたのにも関わらず、解除されたなんて周囲に知られたら。

美樹は頭を抱えたくなった。

まさか少しばかり冷たくしたからって、雨宮がこんな事を言い出すなんて思わなかった。
どちらかの死別での自動解除ならともかく、絆の深さで知られる番を解除なんて、一般的にはそうそうあるものではない。
何が原因なのか、好奇心でつついてくる奴も出てくるだろうし、好きに憶測されて噂されるに違いない。

そんな醜聞の的になるなんて。
雨宮を略奪した時とは違って、今回は何の言い訳も立たない。
運命は勘違いだった、では一生笑いものだ。勘違い=只の浮気略奪だった事がバレてしまう。
その状況で地元で暮らしていくなんて、プライドの高い美樹には耐えられない。

何とか雨宮を心変わりさせて、番関係の解消を回避しなければ、と美樹は頭を巡らせるが、打開策は全く浮かばなかった。


雨宮は平坦な声で答える。

「……それに関しては、少しは申し訳無いかとは思ってるよ。
でもさ、元々俺は樹生と番になる筈だったんだ。
それに水を差したのは美樹さんじゃん。」

「はあ?!
のってきたんだから君だって同罪だろ?!」

「それはそうだけど。
でもその後の関係の構築を放棄したのはアンタだよな。」

「……それは…。」

雨宮は、既に美樹に気を遣う事は無かった。
形ばかりの尊重すら取り払われていく様子をリアルタイムで目の当たりにして、美樹の焦燥は募った。
雨宮の苛立ちを肌で感じる。
御しやすいと舐めていた雨宮のαの圧を初めて身に受けて、身が竦む。

美樹は初めて、調子に乗り過ぎたのだと理解した。

腐ってもαである雨宮の機嫌を、もう少しくらいは取っておくべきだった。
勝手をし過ぎたツケが、まさかこんな形で返ってくるなんて思わなかった。


「……僕と別れて、どうするつもり?」

涙目になりながら、そう聞いた。自分を手放せば雨宮だって、運命という言葉を傘に着た只の浮気男だった事は知られるではないか。
あれから未だたった2年なのだ。皆、忘れてくれてなんかいないだろう。


「……樹生と番になる。元々その予定だったんだから、元に戻るだけだ。」

「……!!」

やっぱり樹生なのか。
美樹は真っ暗だった目の前が今度は怒りで真っ赤に染まるように感じた。

「……まさか、樹生と復縁でもしたって事?不倫だよ?」

雨宮を睨みつけながらそう言うと、雨宮は美樹を見下すように嘲笑った。

「まさか。樹生は美樹さんとは違うんだよ。
相手がいる人間にちょっかい出したりしないし、コナかけたって応えてくれやしないの。
だから身綺麗になってから復縁を申し込むんだ。」

「……何それ。」

「樹生は真面目なんだよ。

あいつは何時迄も、綺麗な奴なんだ。」

「さっきから樹生樹生って…。僕を馬鹿にしてるのかよ。」

もう我慢出来なかった。
何故雨宮は未だにそんなに樹生に固執するのだ。
あの時、あんなにあっさり手放された癖に。

「馬鹿に、って。事実だろ?
美樹さんが外面の良いだけのアバズレだって事は、アンタの元カレたちから嫌って程聞いてる。」

「……どういう事?そんなの…、」

「全部知ってるからさ、もう取り繕わなくて良いって。」

雨宮は小馬鹿にするような表情でそう言って、スマホを繰り、美樹の目の前で画像を次々と表示した。

そこには見覚えのある男達とのツーショットや、LIMEの遣り取りのスクリーンショット。

「どんな伝手で俺の連絡先を手に入れたんだか、何人もこの類のヤツを送ってきたよ。
嫉妬なのか何なのか。」

つまらなそうな顔でそう言いながら画像に目を落とす雨宮。美樹の心臓はキュッと縮んだ。

「俺だって樹生と付き合う前はそれなりに遊んでたから、別にそんなのは良いんだけどさ。」

雨宮は溜息を吐きながらスマホを繰り、今度は樹生の笑顔の画像を表示した。

そしてそれをうっとりと見つめながら、言ったのだ。


「何で同じ親から生まれた兄弟なのに、樹生はこんなに純粋で可愛くて、美樹さんはそんなんなの?」

「……ッ」

屈辱感に震えが止まらない。
心拍数が上がって、息をするのも苦しくなってきた。
なのに、胸を押さえて俯く美樹の様子も、雨宮は気にもしなかった。大丈夫?の言葉すら、かけてくれる素振りは無い。


(樹生以下だと、お前が言うのか。結局、あの時僕を選んだ癖に…。)

だが、番解除を回避する為には目の前の雨宮に怒りをぶつける訳にはいかない。
美樹の怒りが樹生に向かったのは、美樹からすれば自然な事だった。
勿論、樹生にとっては理不尽以外のなにものでも無いのだが、幼い頃から都合の悪い事は他人のせいにして生きてきた美樹にとっては樹生の気持ちや立場なんか知った事ではなかった。

そうだ、そもそも樹生が悪い。変にやる気を出して、雨宮と同じ大学に行ったりしたから。樹生が何時迄も雨宮の前をちょろちょろするから、雨宮が未練を断ち切れないのではないか。

美樹は自分が雨宮にしてきた事を忘れて、樹生のせいだと責任転嫁しようとしていた。


「…少し、時間をくれない?」

美樹は項垂れた姿勢のまま、か細い声で雨宮に言った。

「時間?早くこれ書いて欲しいんだけど。」

雨宮は立ち上がって部屋の端に歩いていき、壁際にあるチェストの引き出しから1枚の紙を持って来て、美樹に手渡してきた。

何だろうと開いてみれば、番解除申請書、という文字が目に飛び込んできて、一際大きく心臓が音を立てた。

「……こんなの…。

少し、心の整理する時間くらいくれても良いだろ。

そんな簡単な問題じゃないんだし。」

やっとの事で言葉を繰り出すと、雨宮も まあそうだよな、と頷いた。

Ωのリスクについて知らない訳ではないのだから、一応は酷な事を言っている自覚はあるらしい。
でもそれも、美樹に原因の大半があると思っているのだから、同情する気は無いんだろう。
雨宮の頭の中は美樹の将来や人生なんかより、雨宮自身の人生と樹生の事でいっぱいなのだ。

「なら、何日か身の振り方とか考えたら。
でも俺の気持ちは変わらないって事は覚えといて。」

雨宮は俯く美樹をリビングに放置して自室へ入っていった。

(一度、実家に戻ろう。)

とにかく樹生が許せない。
あの樹生が雨宮に何かしたとは考えにくいが、近くに存在しているだけで有害なのだ、きっと。
雨宮に解除を要求された事も、樹生の存在が悪いのだと両親に相談しなければ。2人はきっと自分の味方をしてくれる筈だ。

美樹は必死だった。
樹生をどっかにやってしまおう。樹生を雨宮の近くから排除さえしてしまえば、雨宮も美樹を捨てる事を思い直す筈だ。

美樹は浅はかにそう考えて、自室に戻り数日分の服や荷物をスーツケースに詰めた。

胸の中は、雨宮と樹生に対する憎しみでいっぱいだった。


そしてその日の昼過ぎ、美樹は松永の実家へと戻ったのだった。



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