18 / 37
18 松永 美樹 3
しおりを挟む「……ちょっと待ってよ。
それ、解除されたら僕がどうなるかって、わかって言ってんの?」
美樹は震える声でやっとそう口にした。
舌が縺れそうだ。
それは無理の無い事だった。
関係解消、番解除。
リスクを負うのはほぼほぼΩである自分なのだ。
新たな番も持てず、忌々しいヒートを1人で悶え苦しむ孤独。
当然、子供は望めない。
仕事だって、他に再就職先を探す事になるだろう。
番の解除はごくプライベートな事ではあるが、番解除に迄至った事情がどうあれ、Ωがその影響を多大に受ける事は周知の事実だ。そこは採用にあたっても危惧されてしまう所かもしれない。
体調コントロールがし易いという理由で、Ωの就職は番がいる方が圧倒的に有利なのだ。
それより何より、あれだけ運命の番だのご大層な話になりくっついたのにも関わらず、解除されたなんて周囲に知られたら。
美樹は頭を抱えたくなった。
まさか少しばかり冷たくしたからって、雨宮がこんな事を言い出すなんて思わなかった。
どちらかの死別での自動解除ならともかく、絆の深さで知られる番を解除なんて、一般的にはそうそうあるものではない。
何が原因なのか、好奇心でつついてくる奴も出てくるだろうし、好きに憶測されて噂されるに違いない。
そんな醜聞の的になるなんて。
雨宮を略奪した時とは違って、今回は何の言い訳も立たない。
運命は勘違いだった、では一生笑いものだ。勘違い=只の浮気略奪だった事がバレてしまう。
その状況で地元で暮らしていくなんて、プライドの高い美樹には耐えられない。
何とか雨宮を心変わりさせて、番関係の解消を回避しなければ、と美樹は頭を巡らせるが、打開策は全く浮かばなかった。
雨宮は平坦な声で答える。
「……それに関しては、少しは申し訳無いかとは思ってるよ。
でもさ、元々俺は樹生と番になる筈だったんだ。
それに水を差したのは美樹さんじゃん。」
「はあ?!
のってきたんだから君だって同罪だろ?!」
「それはそうだけど。
でもその後の関係の構築を放棄したのはアンタだよな。」
「……それは…。」
雨宮は、既に美樹に気を遣う事は無かった。
形ばかりの尊重すら取り払われていく様子をリアルタイムで目の当たりにして、美樹の焦燥は募った。
雨宮の苛立ちを肌で感じる。
御しやすいと舐めていた雨宮のαの圧を初めて身に受けて、身が竦む。
美樹は初めて、調子に乗り過ぎたのだと理解した。
腐ってもαである雨宮の機嫌を、もう少しくらいは取っておくべきだった。
勝手をし過ぎたツケが、まさかこんな形で返ってくるなんて思わなかった。
「……僕と別れて、どうするつもり?」
涙目になりながら、そう聞いた。自分を手放せば雨宮だって、運命という言葉を傘に着た只の浮気男だった事は知られるではないか。
あれから未だたった2年なのだ。皆、忘れてくれてなんかいないだろう。
「……樹生と番になる。元々その予定だったんだから、元に戻るだけだ。」
「……!!」
やっぱり樹生なのか。
美樹は真っ暗だった目の前が今度は怒りで真っ赤に染まるように感じた。
「……まさか、樹生と復縁でもしたって事?不倫だよ?」
雨宮を睨みつけながらそう言うと、雨宮は美樹を見下すように嘲笑った。
「まさか。樹生は美樹さんとは違うんだよ。
相手がいる人間にちょっかい出したりしないし、コナかけたって応えてくれやしないの。
だから身綺麗になってから復縁を申し込むんだ。」
「……何それ。」
「樹生は真面目なんだよ。
あいつは何時迄も、綺麗な奴なんだ。」
「さっきから樹生樹生って…。僕を馬鹿にしてるのかよ。」
もう我慢出来なかった。
何故雨宮は未だにそんなに樹生に固執するのだ。
あの時、あんなにあっさり手放された癖に。
「馬鹿に、って。事実だろ?
美樹さんが外面の良いだけのアバズレだって事は、アンタの元カレたちから嫌って程聞いてる。」
「……どういう事?そんなの…、」
「全部知ってるからさ、もう取り繕わなくて良いって。」
雨宮は小馬鹿にするような表情でそう言って、スマホを繰り、美樹の目の前で画像を次々と表示した。
そこには見覚えのある男達とのツーショットや、LIMEの遣り取りのスクリーンショット。
「どんな伝手で俺の連絡先を手に入れたんだか、何人もこの類のヤツを送ってきたよ。
嫉妬なのか何なのか。」
つまらなそうな顔でそう言いながら画像に目を落とす雨宮。美樹の心臓はキュッと縮んだ。
「俺だって樹生と付き合う前はそれなりに遊んでたから、別にそんなのは良いんだけどさ。」
雨宮は溜息を吐きながらスマホを繰り、今度は樹生の笑顔の画像を表示した。
そしてそれをうっとりと見つめながら、言ったのだ。
「何で同じ親から生まれた兄弟なのに、樹生はこんなに純粋で可愛くて、美樹さんはそんなんなの?」
「……ッ」
屈辱感に震えが止まらない。
心拍数が上がって、息をするのも苦しくなってきた。
なのに、胸を押さえて俯く美樹の様子も、雨宮は気にもしなかった。大丈夫?の言葉すら、かけてくれる素振りは無い。
(樹生以下だと、お前が言うのか。結局、あの時僕を選んだ癖に…。)
だが、番解除を回避する為には目の前の雨宮に怒りをぶつける訳にはいかない。
美樹の怒りが樹生に向かったのは、美樹からすれば自然な事だった。
勿論、樹生にとっては理不尽以外のなにものでも無いのだが、幼い頃から都合の悪い事は他人のせいにして生きてきた美樹にとっては樹生の気持ちや立場なんか知った事ではなかった。
そうだ、そもそも樹生が悪い。変にやる気を出して、雨宮と同じ大学に行ったりしたから。樹生が何時迄も雨宮の前をちょろちょろするから、雨宮が未練を断ち切れないのではないか。
美樹は自分が雨宮にしてきた事を忘れて、樹生のせいだと責任転嫁しようとしていた。
「…少し、時間をくれない?」
美樹は項垂れた姿勢のまま、か細い声で雨宮に言った。
「時間?早くこれ書いて欲しいんだけど。」
雨宮は立ち上がって部屋の端に歩いていき、壁際にあるチェストの引き出しから1枚の紙を持って来て、美樹に手渡してきた。
何だろうと開いてみれば、番解除申請書、という文字が目に飛び込んできて、一際大きく心臓が音を立てた。
「……こんなの…。
少し、心の整理する時間くらいくれても良いだろ。
そんな簡単な問題じゃないんだし。」
やっとの事で言葉を繰り出すと、雨宮も まあそうだよな、と頷いた。
Ωのリスクについて知らない訳ではないのだから、一応は酷な事を言っている自覚はあるらしい。
でもそれも、美樹に原因の大半があると思っているのだから、同情する気は無いんだろう。
雨宮の頭の中は美樹の将来や人生なんかより、雨宮自身の人生と樹生の事でいっぱいなのだ。
「なら、何日か身の振り方とか考えたら。
でも俺の気持ちは変わらないって事は覚えといて。」
雨宮は俯く美樹をリビングに放置して自室へ入っていった。
(一度、実家に戻ろう。)
とにかく樹生が許せない。
あの樹生が雨宮に何かしたとは考えにくいが、近くに存在しているだけで有害なのだ、きっと。
雨宮に解除を要求された事も、樹生の存在が悪いのだと両親に相談しなければ。2人はきっと自分の味方をしてくれる筈だ。
美樹は必死だった。
樹生をどっかにやってしまおう。樹生を雨宮の近くから排除さえしてしまえば、雨宮も美樹を捨てる事を思い直す筈だ。
美樹は浅はかにそう考えて、自室に戻り数日分の服や荷物をスーツケースに詰めた。
胸の中は、雨宮と樹生に対する憎しみでいっぱいだった。
そしてその日の昼過ぎ、美樹は松永の実家へと戻ったのだった。
136
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。
オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる