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20 父の怒り
しおりを挟む雨宮が番婚解消を言い出したと聞いた時は驚いたが、事のあらましを聞いていくと逆に申し訳ない気持ちになる。
血の繋がった弟を傷つけて迄恋人を奪っておきながら、その相手を大切に出来なかった美樹の自業自得ではないだろうか。
それが何故、樹生のせいだと言い出したのか。
肇は、外した指輪が実は婚約指輪だったと寂しげに微笑んだ樹生の表情を今でも覚えている。そこから自力で立ち直り、勉学に打ち込んでいた姿も。
不遇な育て方をしてしまったのに、真っ直ぐに育ってくれた。
しかも最近は、バイト先の人員不足で大学は休みでもバイトには出て忙しくしているらしく、そんな子が美樹の家庭に何を出来るとも思えない。
「…樹生はあんな目に遭ってもお前に文句一つ言わなかっただろう。
美樹が聡君と上手くいかないのは美樹自身に問題があっただけなのに、何故そこで樹生を出すんだ?」
何時になく低い父親の声に、美樹は困惑して視線を上げた。
「だって…聡は樹生と番になるって言うんだよ?
俺を追い出して…。
何時迄も樹生が近くにいるからそんな気を起こすんじゃない。」
美樹は不貞腐れたようにそう言って頬を膨らませた。
およそ二十歳を幾つも過ぎた成人男性のする事ではないのだが、容姿が容姿だけにそこ迄違和感が無いのがまた何とも言えない。
だからこそ、2人も美樹を甘やかしてしまったのだが。
だが、既に肇も百合子も、完全なる美樹の味方にはなれなかった。
美樹をこんな風に育ててしまったのは自分達の責任だ。だからと言って、ずっと同じように完全擁護し続ける事はもう出来ない。
樹生だって自分達の子供であるのだから、2人は樹生にだって責任があるし、味方にならなければいけないのだ。
例え今更、親として期待されていなくても。
松永の父の言う通り、せめて樹生のこれからの人生を、邪魔する存在になってはいけない。
「樹生は大学生になってから、忙しい。
誰かと恋愛している様子も、そんな時間も無さそうだ。
なのに何故、そんなにも樹生を悪者にしたいんだ?」
静かに感情を抑えた肇の声色に、美樹は少し怖くなった。
生まれてこのかた、両親に叱られた事なんかない。
自分を見る父と母の表情が、こんなに険しかった事もなかった。
今迄との様子の違いに、美樹は内心首を傾げる。
「だって、樹生がいるからじゃん。樹生は存在するだけで、僕の邪魔なんだよ。
大体、何で母さんも樹生なんか生んだのさ。
子供なんか僕だけで良かったでしょ?!」
そう言った瞬間、美樹の頬に肇の平手打ちが炸裂した。
余りに強い衝撃に、美樹は掛けていたカウチに張り飛ばされて横倒しになる。
「お前は馬鹿か。」
地を這うような、低い低い声だった。
肇は初めて美樹を叱りつけ、手を上げた。
弟の存在が、邪魔。
自分達の樹生に対しての無関心が、ここ迄美樹を歪めてしまったのか。
してきた所業の、あまりの罪深さを感じた。
親としての責の大きさを実感させられた。
だが、これからの樹生の為には、美樹の言葉を放置する訳にはいかなかった。
それは百合子も同じで、目に涙を溜めながらも必死で今の美樹の姿から、目を逸らさずにいた。
天使のように愛らしかった息子を、ここ迄醜くしてしまったのは、自分達だ。
今の美樹は、樹生をぞんざいに扱っていた自分達の姿の反映されたものなのだろう。
「美樹。もう一度言う。
お前が聡君と上手くいかなかったのは、お前自身の責任だ。そこに樹生は関係無い。
血を分けた弟の存在がそんなにも邪魔というのなら、お前の方が何処か離れた街にでも住んだらどうだ。
樹生も誰もいない所で、自立して生きていきなさい。
そしてこれ以上、樹生を煩わせるのはやめなさい。」
「あなた…それは…、」
「お前も、悔しくはないのか。自分が腹を痛めた息子を、もう1人の息子が邪魔だと言っているんだぞ。」
肇にそう言われて、百合子は目を伏せた。
樹生を構ってやらなかった自分の責任だ。それを見ていたから、美樹も樹生はそう扱っても良い存在なのだと思い込んでしまったのだろう。
美樹だけを責める事は出来なかった。
でも、確かに美樹の言葉は百合子を打ちのめした。
「…そうね。悔しいと、思ったわ。
そして、悲しかった。」
失望の滲む涙声で百合子は呟き、母にそう言われた美樹は不安げに百合子を見た。
肇も百合子も、美樹にかかりっきりになっていた為に樹生にぞんざいに接してしまってはいた自覚はあるが、決して樹生を邪魔だとか、憎いとか思った事はない。
いなければ、生まなければなんて…考えた事は無かった。
「……母さん……?父、さん…。」
美樹は叩かれた頬に手をあてた。そして、じんじんする熱さと、その後にやってきた痛みに震えた。
何故、自分が父に手を上げられなければならないのか。
母に、失望されなければならないのか。
雨宮といい、両親といい、何故そんなにも自分を責めるのか。
何故、今になって樹生なんかの味方をするのか。
あんなつまらない、Ωとしての美しさなんかひとつも持たない、βそのものの平凡な樹生なんかの。
更に、消沈したように深い溜息を吐く父の様子に、心はざわめいた。
「美樹。
お前はもう良い大人だ。
今お前の身に起きている事は、他でもないお前自身のした事が返ってきているだけの事だ。
聡君がお前に愛想を尽かしたのは樹生がいるからじゃない。お前がきちんと聡君に向き合って感謝して大事にしていれば、番のαが余所見をする筈が無いんだ。」
肇がそう言ったのは、実は肇自身がαであるからだ。
只、肇は若くして番のΩを病気で亡くした。その後、肇はもうΩを番にはしないと決めたのだ。
自分の番は、亡くなった彼だけだ。
なので今の妻である百合子は亡くなった彼の2歳下の従姉妹で、血縁関係のあるβである。肇の過去を理解して、再婚を申し込んでくれた。
体と気持ちが繋がっていれば、番は余所見をしたりしない。普通のβ夫婦とは違って、浮気心等は起こさない。
それを、αである肇は、それをよく知っていた。
αの中ではそんなに突出している方ではなかった肇は、絶対に番を作ってαの子供を設けねばならない立場でもなかった。
だから2度目の連れ合いにはβである百合子でも不都合は無かったのだ。
それに、生まれた息子はあまりに愛らしく、亡くなった彼に似ていた。だから、つい過剰に愛を注いでしまった。
優秀な子だとわかり、期待もした。
後に生まれた樹生だって、生まれた時には同じように嬉しかった筈なのに、一体何処から自分は間違えてしまったのだろう。
肇は恥ずかしかった。
彼が今の自分を見たら、どう思うだろうか。
「……聡君はお前よりも若い。お前がその気になれば、気持ちを繋ぎ止める手段はどれだけでもあっただろうに。」
「……。」
美樹は呆然と肇を見ている。
言われた言葉の意味を理解しているのか、いないのか。
亡き彼に良く似た面差しが、そんな風に目に涙を溜めるのを、肇は見ていたくはなかった。
「……不満があるなら、出ていきなさい。
反省して改める気がないのなら、お前は一生変われやしないだろう。」
それは最終通達だった。
今からでも美樹に、少しずつでも変わって欲しい。
でなければ美樹はこの先一生、幸せになんかなれないだろう。
その事に美樹が気づいてくれたなら、親である自分は生きている限り寄り添っていくと覚悟した。
けれど…。
「……わかった。出てく。」
ふらふらと立ち上がった美樹は、2人を睨み付けて、部屋の隅に置いたスーツケースに歩み寄り、それを持って玄関に向かった。
美樹には、自分が叱られた意味が全く理解出来なかったのだ。
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