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荒川君の事情・ 前

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「宮内君、好きです、つきあって下さい!」

1年の時に一目惚れしてからずっと好きだった彼に告白したのは、2年に上がってゴールデンウィークが明けた頃。
宮内君は綺麗な目を少し見開いて、それから少しの間俺を観察するように眺めた後、ふっと笑った。相変わらず見惚れてしまいそうに魅惑的な笑顔だ。

それを見て思う。やっぱり駄目だよな、俺みたいなダサい男。
告白しておいて何だが、実は玉砕覚悟だった。何故なら俺は、彼を取り囲む人達とはあまりにも違うから。
でも、告白する為の呼び出しに応じてくれただけでも彼の優しさに感謝すべきだろう。これだけ間近に見た彼の姿を瞼と脳裏と胸に焼き付けて生涯生きていこう……。そう思っていた時。

『そうなんだ、嬉しいな。
浮気したら別れるけど、よろしくね』

彼の涼やかな声が、信じられないような答えをくれたんだ。
どんな言葉で振られても受け止める心積りでいた俺は、耳を疑ったまま、数秒彼を見つめてしまった。
本当に良いのか、何度も確認してしまったよ。終いには、

『えっと…断った方が良かった?』

なんて困った顔をさせてしまって、慌てたくらいだ。

想定外にあっさりと成就してしまった俺の恋。浮き足立つってこういう事かってくらい、毎日ふわふわした心地だったよ。

最初のセックスを経験した、あの日までは。




俺の想い人、宮内早霧は、大学入学当初からちょっとした有名人だった。
175センチの細身にセンスの良いファッション、洗練された物腰。
大学生になったばかりで少し頑張り過ぎな同期生達の中で、程良く気が抜けて余裕のある雰囲気を持つ彼は、大人びて見えた。
そして何より、その秀麗な美貌。目が吸い寄せられて、離せなくなった。
こんなに綺麗な男がいるのかと。

それから始まった、俺の片想いの日々。

見つめていて知ったのだけど、彼は不思議な人だった。目立つ容姿をしているが、決して騒がしい訳ではなくあくまで自然体。それでも学生カーストで言う、所謂派手目な陽キャグループに属している。彼が属しているというより、周りが彼を放っとかない感じとでもいうのだろうか。 
一方の俺はといえば、陰キャではなく素材は悪くはないと言ってはもらえるものの、垢抜けなくてて身長も180に今ひとつ届かない冴えなさ。顔ときたら、少しは手入れくらいしたら?と言われるくらい濃い眉を放ったらかしで、服だって母親が買ってきた物を色や形のコーディネートなんて一切考えず適当に着ているような風だった。その上、髪は近所の床屋で切ってて小学校の頃から同じお坊ちゃまスタイル。今思い出しても顔から火が出そうだ。よくもそんな風体で、好きな人の前に立てたものだと。
そして、よくも彼はそんな俺を見て、OKの返事をくれたものだと。


同じ学部に在籍していながら、彼はやはり俺の存在を覚えていなかったようだった。そりゃ、殆ど接点の無かった人間なんて気にも留めないだろうと、落胆よりも納得。寧ろあんな状態だった俺を認識されている方が恥ずかしかっただろう。
そして、何故告白をOKしてくれたのか、恋人はいなかったのかを聞いてみたところ、実は俺が告白する2週間前に別れたのだと言われた。しかも、相手は他校の"男"だという。

『何故か高校に上がってからは、男ばっかり寄って来るようになったんだよね』

――男ばかり…。

彼が既に男性経験がある事のショックを受けながらも、困ったような微笑みさえ綺麗なのだから納得だ、という気にもなる。男とか女だとか性別の問題ではなく、美しいものは人を惹きつけるのだ。近づいて、触れて、手に入れたい…そんな欲求を抱いてしまうのだ。そして俺も、そんな人間の一人に過ぎないんだと、そう思った。

奇跡的な告白成功の日から、彼は僕を傍に置いてくれるようになった。それについて最初、彼の周囲の人達は良い顔をしなかった。そりゃ、イケメンならともかく、モサッとした男をいきなり『恋人になった荒川君』、なんて紹介されてもな。
中にははっきりと、『彼とは似合わない』とか、外見を貶めるような言葉をぶつけてくる人もいて、最初は受け流していた俺も少し落ち込んだ。自分が彼に相応しくない事なんか、誰に言われなくとも知っている。
俺が、格好だけでも何とかしなければと思い始めた頃、土曜にデートしようかと彼に誘われた。俺が嬉しくて二つ返事で頷いた時、彼はこう聞いてきた。

『荒川君、自由に使えるお金って、ある程度はある?』

不思議な事を聞いてくるなと思いながら、俺は頷いた。もしかしてデート代という事だろうか。それなら安心して欲しい。俺の家は老舗の茶舗をやっていて、経営状態は悪くないと聞いているし小遣いに困った事も無い。友達は多いから遊びには誘われるけど金のかかる趣味を持ってる訳でもないから、貯金もしていた。彼が望むなら、それを全部吐き出して貢いだって良い覚悟だ。

でも彼がそんな事を望んでいたのではないと、俺は土曜日になって知る。

彼はまず俺を、ヘアサロンに連れて行ってくれ、担当に付いた美容師と俺に似合う髪型について相談した。髪を切り、色を染め、眉を整え。それだけで俺は、自分でも見違えてしまうほどに垢抜けた。次に、ショップに連れていかれ、服を見立ててくれたり、靴を選んでくれたりした。
コーディネートしてもらった服を着て、靴を合わせた俺は、自分で言うのも何だが、なかなかのイケメンと言って良い感じになったと思う。

『うん、やっぱり僕の目に狂いはなかった』

俺の姿を上から下までまじまじと眺めながら満足そうに微笑む彼を見て、俺はむず痒い気持ちになった。これで、彼の隣に居ても大丈夫になれたんだろうか?と。
そしてその答えは、週明けのキャンパスで出た。

周囲からの視線の質が明らかに変わった。大半は好意的なものだったが、中には以前よりも険のある目つきで見てくる奴も居た。だが俺はその意味なんか別に知りたくはない。
只、彼自らの手で、彼の傍に居るに相応しい人間にしてもらった事が嬉しかった。
周囲の連中に面倒な事を言われる事も無くなり、俺と彼のつきあいは順調だったと思う。
デートもした。手も繋いだ。キスもできた。
彼の部屋で良い雰囲気になった時。至近距離で見た薄い茶色の瞳が透き通るようだった。閉じた瞼に長い睫毛が綺麗で、艶々の唇に俺なんかの唇を重ねるのが勿体無くて、でも気持ち良くて…。ずっと心臓が煩かったのを覚えている。

俺の腕の中に収まってくれる彼が、同じ男とは思えないくらいに綺麗で可愛くて、愛しくて、大切で…。この宝物みたいな人に一生を捧げたいと思った。

そうして徐々に仲を深めた俺達に、あの日が来たのだ。


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