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王子 (王子の記憶1・綾門)

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俺、綾門 雅臣は王子である。
いやまあ、他人からよくそう呼ばれるからという事もあるにはあるが、今はそれは置いといて。

正確には、幾つか前の人生において、王家に生まれた男だった。
王である父は厳しかったが、戦に出て不在気味な事もあり、王子としての責務…まあ勉強や剣術の授業などをきちんとこなしてさえいれば、取り立てて何も言われなかった。
元より全てにおいて恵まれて生まれた自負がある。
何であれ、そこそこできた。
努力すれば、人並み以上にできた。
望めば大概の事は叶えられた。

ただひとつのものを除いては。


俺が11の歳に、王宮にある一報が入った。
国の南側の山間の村で聖女の発現があったと。

2週間前に8歳の誕生日を迎えたばかりの、領主の末娘だという。


先代の聖女が天に還られてから、凡そ120年。
東の国の神殿に待望の神託が下りた。
世界中のどの国の神殿にお告げがなされようと、聖女がどこの国に降り立つかは、ランダム。
なんなら、既に生を受けていたとしても、発現するまでは神からは神託の1つも下されない。
そして、発現までの期間は誕生からおよそ5~12年ほど。
ただ、聖女降臨国は例外なく平和と繁栄を約束される。
絶大な癒しの聖力を持って天下りし聖女健在の間は戦も疫病も災害すらもなりを潜める。

度重なる戦と災害に疲弊した民衆には一筋の希望の光だった筈だ。


待望の聖女が我が国に。

民は俄に色めきだった。

しかし最も歓喜したのは王である父だったかもしれない。

発現した聖女が王室の特別誂えの馬車に揺られ王都へ入り、迎えに派遣した王室騎士団長の手を借りながら馬車の扉から降り立った瞬間。
そのいたいけな小さな少女の薄紫色の瞳に溢れる慈愛の光を見て取ったその刹那。
壮年の覇者の頬には一筋の涙が伝った。

「なんという僥倖か。よくぞ、我の代に…。」

民は疲弊していた。
王も疲弊していた。
国も、世界中が、疲弊していた。
いい加減、ゆっくり眠りたかった。
明日の事を気にせず、十分に腹を満たしたかった。
安心して暮らしたかった。

やっとそれが叶う。

絶大な癒しの聖力を持った聖女の力が発現し、健在の間は戦も疫病も災害すらもなりを潜める。

そう、

健在でさえ、あれば。



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