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逡巡 (聖女の記憶・左近)
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羽田左近は記憶力が良い。
なので、自分を婚約者にしておきながら、可愛らしい令嬢に言い寄られるまま浮気三昧された事も、蔑ろにされ、暗く小さな部屋に押し込められ、満足に食事すら与えられなかった事も。ベッドでひとり、日に日に衰弱して、ゆっくりと死に向かっていったあの辛かった過去の哀しみも、しっかり記憶に残っていた。
しかし短かった聖女の人生の中での、あらゆる記憶を凌駕して鮮明に輝くひとつの記憶。
幼い自分の前に膝をつき、頬を染め、僅かに手を震わせながら一輪の花を捧げてくれた少年。
永遠を誓う、白い愛の花。
兄のように慕っていた彼からのまさかの求婚に、戸惑いながらも嬉しく、それを受け入れた。
抱き締められたあたたかい体温と、緊張していた事を教えてくれた心臓の鼓動。
至近距離で見た彼の艶やかな黒髪。
擦りあった頬。
かち合った視線。
照れ臭くて笑いあった。
たったそれだけの、短い記憶が、後に味わわされる事になった辛い経験の全てを赦させた。
幼い結婚の約束。
成長と共に、愛は育ち、それが深まるほどに生まれてくる別の何か。
何時の頃からか、すれ違っていた。
王子の愛を信じていた。
王子にも自分の愛を信じて欲しかった。
万物への慈愛とは違う、全く違う次元の慕わしさ。
伝えていたつもりだった。
しかし届かなかった。
未熟な若い男であった彼は、聖女が聖女である事の意味を知っていたにも関わらず、その愛の全てを独り占めしたがった。
言い方は悪いが、聖女はある意味、万物の共有物である。
世界線によっては生涯純血である事すら義務づけられている事も珍しくはない。
この世界ではその規制が緩くはあるが、やはり婚前交渉は禁忌。
それを知っていながら執拗に求めてくるようになった。
自分だけの、ただの女になれと。
拒んだのが正確だったのか、今でもわからない。
拒み続けた結果、王子は言い寄ってきた下級貴族の娘と関係を持ち、次第に彼女に傾倒していった。
手っ取り早く、男としての自尊心を満たしてくれる相手に。
王子はその行為が、聖女の配偶者になる資格を失した事に、果たして気づいていただろうか?
人間の身でありながら神の眷属との約束事を破り、虐げた事に対する代償を考えた事はなかったのだろうか?
彼はそこまで愚かだっただろうか?
彼の誓ってくれた永遠愛とやらは、ほんの数年を待てずに消える程度のものだったのか。
何もわからなかった。
「…あの、」
目の前の男が声を発すると同時に周囲の全ての音が戻ってきた。
特有のプロモーション混じりの店内放送、リーチインの開閉音、入店音と共に聴こえてくる屋外の喧騒。
過去への逡巡はほんの一瞬だったのだ。
だが目の前の男は、…むしろこれから始まるのだろうか。
何の感慨も未練も無いが、何となく得体のしれない不安感がある。不快感がある。
だが俺はそれらを力技で押し込んで微笑んだ。
「いらっしゃいませ。」
おば…
先輩情報によれば相手は雇い主の息子。
使えるやつだと思われるに越した事はない。
(前世での関係性って、転生しても反映されるもんなのかなあ、、、)
過去はどうあれ、現在の俺が彼に望む事はただひとつ。
(忘れていてくれ…。)
なので、自分を婚約者にしておきながら、可愛らしい令嬢に言い寄られるまま浮気三昧された事も、蔑ろにされ、暗く小さな部屋に押し込められ、満足に食事すら与えられなかった事も。ベッドでひとり、日に日に衰弱して、ゆっくりと死に向かっていったあの辛かった過去の哀しみも、しっかり記憶に残っていた。
しかし短かった聖女の人生の中での、あらゆる記憶を凌駕して鮮明に輝くひとつの記憶。
幼い自分の前に膝をつき、頬を染め、僅かに手を震わせながら一輪の花を捧げてくれた少年。
永遠を誓う、白い愛の花。
兄のように慕っていた彼からのまさかの求婚に、戸惑いながらも嬉しく、それを受け入れた。
抱き締められたあたたかい体温と、緊張していた事を教えてくれた心臓の鼓動。
至近距離で見た彼の艶やかな黒髪。
擦りあった頬。
かち合った視線。
照れ臭くて笑いあった。
たったそれだけの、短い記憶が、後に味わわされる事になった辛い経験の全てを赦させた。
幼い結婚の約束。
成長と共に、愛は育ち、それが深まるほどに生まれてくる別の何か。
何時の頃からか、すれ違っていた。
王子の愛を信じていた。
王子にも自分の愛を信じて欲しかった。
万物への慈愛とは違う、全く違う次元の慕わしさ。
伝えていたつもりだった。
しかし届かなかった。
未熟な若い男であった彼は、聖女が聖女である事の意味を知っていたにも関わらず、その愛の全てを独り占めしたがった。
言い方は悪いが、聖女はある意味、万物の共有物である。
世界線によっては生涯純血である事すら義務づけられている事も珍しくはない。
この世界ではその規制が緩くはあるが、やはり婚前交渉は禁忌。
それを知っていながら執拗に求めてくるようになった。
自分だけの、ただの女になれと。
拒んだのが正確だったのか、今でもわからない。
拒み続けた結果、王子は言い寄ってきた下級貴族の娘と関係を持ち、次第に彼女に傾倒していった。
手っ取り早く、男としての自尊心を満たしてくれる相手に。
王子はその行為が、聖女の配偶者になる資格を失した事に、果たして気づいていただろうか?
人間の身でありながら神の眷属との約束事を破り、虐げた事に対する代償を考えた事はなかったのだろうか?
彼はそこまで愚かだっただろうか?
彼の誓ってくれた永遠愛とやらは、ほんの数年を待てずに消える程度のものだったのか。
何もわからなかった。
「…あの、」
目の前の男が声を発すると同時に周囲の全ての音が戻ってきた。
特有のプロモーション混じりの店内放送、リーチインの開閉音、入店音と共に聴こえてくる屋外の喧騒。
過去への逡巡はほんの一瞬だったのだ。
だが目の前の男は、…むしろこれから始まるのだろうか。
何の感慨も未練も無いが、何となく得体のしれない不安感がある。不快感がある。
だが俺はそれらを力技で押し込んで微笑んだ。
「いらっしゃいませ。」
おば…
先輩情報によれば相手は雇い主の息子。
使えるやつだと思われるに越した事はない。
(前世での関係性って、転生しても反映されるもんなのかなあ、、、)
過去はどうあれ、現在の俺が彼に望む事はただひとつ。
(忘れていてくれ…。)
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