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セレブの概念 2(左近)
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突然過ぎる質問から数秒。
もう外は気怠い昼下がりを過ぎて、夕暮れの空になりかけている。
「座ろうか。」
綾門さんが窓辺の近くに置いてある何かに掛かっていた白布を取り払うと、二脚のラタンチェアが現れたので、庭を見易い位置に少し動かして座る。
さっきは気が付かなかった、小さな紫色の花が庭の隅に見えた。
見上げると空が高い。もう秋なんだな。
「珈琲でも紅茶でも、俺は好きだからどっちでも良いんだけど、それに関しての知識は、どちらにも無いんだよね。
だけど店をだすからには何か拘り所が欲しいなあと思って。
左近が良ければ、少しその辺の知識詰めてもらってここで働いてもらえたらなって思って、今日は一緒に来て貰ったんだ。」
ーー飲み物の香りが漂うような静かな空間にしたいなって、そう考えてるんだよね。
そう話す綾門さんの横顔は穏やかなのにキリッとしている。
お?へえ、意外と本気なのか…。
ただ、それを思い立ったのがあの日以降である、というのが少し気にはなる。
あと、一番肝心なところ…。
「それは…俺としてはありがたいお話ですけど…。でも、学生の俺が言うのも何なんですけど、立地的に大丈夫なんですか?集客とか…。」
「あんまりお客は入らなくて良いんだ。寧ろ、暇な方が静かで良い。
これから作るこの店の良さを本当に理解してくれる人だけに寛ぎに来て欲しい。」
(……んん?本当に採算度外視で良いのか?)
セレブの道楽は理解できないな…。
少し考え込んでいると、顔に出たのだろうか。
綾門さんが、くすっと笑って、
「大丈夫だよ。売り上げに関係なくお給料はきちんと払うから。」
…見透かされた…。
と言うか、俺が心配しているのは、店舗の運営が始まり本当にそういう状況になったとしたら、きちんと給与に見合う労働が提供できるのかって点である。単に金が入るなら安心…って問題ではない…。
俺に払う給料分が丸々店の累積赤字になっていくのでは…と、運営する側でもないのに俺はなんとなく不安になった。
つくづく貧乏性である。
「ところで左近、進路は?」
唐突に振られて、面食らった。
「え、あ、はい、第1志望は南大に…。」
南大…正確には、南城大学…とは、家から30分程度の場所にあるそれなりの偏差値の大学である。
「へえ、なら俺の後輩になるんだな。」
嬉しそうに綾門さんは笑った。
前世では2歳しか変わらなかった俺と彼の年の差は、今生ではどれだけ開いているんだろう。今の彼は、…多分、20代半ばくらいに見える。
艶のある綺麗な黒髪が夕陽に透け風に靡いて、長い睫毛に囲まれながら物憂げな蜂蜜色になった瞳のそばにぱらりと落ちるさまを横目で見ながら、あの頃この歳まで生きていたら、大人の男になった王子はこんな感じだったのかな、と、ふと思った。
自分が18で死んだ後、彼が幾つまで生きたのか、俺は知らない。
国がどうなったのかも、知らない。
あの後の転生は、全てがそれぞれ異なる世界で行われたからだ。
それは俺自身が故意にそう希望した事を、天が汲んでくれたからに他ならない。
だからこそ、この再会が信じられなかった。
これは、天の意図なのか、それとも全く違う別の何かの意思が働いているのだろうか。
それとも全くの偶発的に、こんな事が起こり得るものなのだろうか…。
数限りなく存在する世界の、数多の人々の中で?たった一つの魂と、もう1つの魂が、もう一度出会える確率。
大雑把に例えるならそれは、地球上の全てが砂漠だとして、その中の1粒をみつけるよりも、更に更に遥かに難しいのでは無いかと、思うんだが。
少なくとも俺の認識では、そうだ。
だからこそ、わからない。 この再会の理由が。
「綾…雅臣さんも、南大でしたか。」
名前で呼ばないと悲しい顔をされるのが面倒なので、一応言い直しておく。
「うん、近い方が通学、ラクだからね。」
同じ考えで進路決定してる…。
「南大なら、ここからも左近の家からも近いよね。バイト先は心配しなくて良いよ。」
「え、でも…確実に受かるかは…」
「受かるよ。左近、頭良いでしょ。大丈夫。」
穏やかなのに有無を言わせぬ口調に思わず口を噤む。
履歴書には成績の詳細なんてないのに何故そんなに確信を持ってるんだ…。怖。
確かに学校の成績で悩んだ事は無い。
「わかるよ。仕事見てたら。
左近、飲み込みも要領も良いし機転も利く。論理的思考が身についてるって事だよね。」
「買い被りすぎですよ。」
本当に。
これは単に、通常は消されて転生する筈の、幾度もの人生経験の記憶を、何故だか消されずに持ち続けているからこそのもの。
今生、1から獲得したものではない。
「謙遜しなくて良いよ。
今の時代、謙遜や謙虚なんてひとつも得しないから。自分の持ってるスキルはどんどん活用して誇るべきだ。」
俺は少しズルいなあ、と落ち込んでいたのに、まっすぐ見つめられてそんな風に言われ、なるほどな…って気にもなってくる。
基本的には優しい人なんだよな…。
基本的には。
暮れ行く空をぼんやり眺めながらぼんやりしていたら、ふいに肘置きに乗せていた手に手を重ねられ、ビクつく俺。
「困った事でも何でも、相談してね。
君の力になりたいんだ。頼りにしてくれると、嬉しい。」
優しい笑顔。薄気味悪い程に、優しい声。
「…はい…。」
なんだか、下手な事は口にしてはいけない気がした。
あまり深入りしない内に距離を置くべきかもしれない。
でも、俺は既に個人情報を多数握られているし、それに…別に、不快な事をされた訳でもない。
今のところ、ただ俺の良いようにと、考えてくれてるだけ。
多分、昔の罪滅ぼしをしようとしてくれてるだけ。彼なりの贖罪なんだよな、多分。
身を乗り出してきた綾門さんの長い指が俺の頬を掠めたかと思ったら、ゆっくりと頭を撫でられた。
哀しいかな、あまり大人の男性にそんな風にされた事が無かった俺は、戸惑うと同時に奇妙な心地良さと安心感すら感じてしまう。
「力になるよ、どんな事でも。」
さっき僅かに触れた頬が、今度はダイレクトに大きな掌に包まれる。
目を合わせているのが気不味くて思わず目をふせると、何故だか綾門さんが息を飲む音が聞こえた。
強い力が加えられている訳でもないのに、身動きできず抱きしめられる。
「君の嫌がる事は、しない。
だから、少しだけこうさせてくれないか。」
少し震えた静かな声に抵抗を奪われて、俺は彼の後ろに回した右手で、その背中を赤ん坊にするようにさすった。
慰めるように。もう、気に病まないでくれと願いを込めて。
俺は今、それなりに幸せに生きているから。
俺を抱きしめている彼が今、どんな表情をしているのか、思ってみる事もせず。
何かが不快に軋む音がする。
遠くで鳥の鳴く声がした。
もう外は気怠い昼下がりを過ぎて、夕暮れの空になりかけている。
「座ろうか。」
綾門さんが窓辺の近くに置いてある何かに掛かっていた白布を取り払うと、二脚のラタンチェアが現れたので、庭を見易い位置に少し動かして座る。
さっきは気が付かなかった、小さな紫色の花が庭の隅に見えた。
見上げると空が高い。もう秋なんだな。
「珈琲でも紅茶でも、俺は好きだからどっちでも良いんだけど、それに関しての知識は、どちらにも無いんだよね。
だけど店をだすからには何か拘り所が欲しいなあと思って。
左近が良ければ、少しその辺の知識詰めてもらってここで働いてもらえたらなって思って、今日は一緒に来て貰ったんだ。」
ーー飲み物の香りが漂うような静かな空間にしたいなって、そう考えてるんだよね。
そう話す綾門さんの横顔は穏やかなのにキリッとしている。
お?へえ、意外と本気なのか…。
ただ、それを思い立ったのがあの日以降である、というのが少し気にはなる。
あと、一番肝心なところ…。
「それは…俺としてはありがたいお話ですけど…。でも、学生の俺が言うのも何なんですけど、立地的に大丈夫なんですか?集客とか…。」
「あんまりお客は入らなくて良いんだ。寧ろ、暇な方が静かで良い。
これから作るこの店の良さを本当に理解してくれる人だけに寛ぎに来て欲しい。」
(……んん?本当に採算度外視で良いのか?)
セレブの道楽は理解できないな…。
少し考え込んでいると、顔に出たのだろうか。
綾門さんが、くすっと笑って、
「大丈夫だよ。売り上げに関係なくお給料はきちんと払うから。」
…見透かされた…。
と言うか、俺が心配しているのは、店舗の運営が始まり本当にそういう状況になったとしたら、きちんと給与に見合う労働が提供できるのかって点である。単に金が入るなら安心…って問題ではない…。
俺に払う給料分が丸々店の累積赤字になっていくのでは…と、運営する側でもないのに俺はなんとなく不安になった。
つくづく貧乏性である。
「ところで左近、進路は?」
唐突に振られて、面食らった。
「え、あ、はい、第1志望は南大に…。」
南大…正確には、南城大学…とは、家から30分程度の場所にあるそれなりの偏差値の大学である。
「へえ、なら俺の後輩になるんだな。」
嬉しそうに綾門さんは笑った。
前世では2歳しか変わらなかった俺と彼の年の差は、今生ではどれだけ開いているんだろう。今の彼は、…多分、20代半ばくらいに見える。
艶のある綺麗な黒髪が夕陽に透け風に靡いて、長い睫毛に囲まれながら物憂げな蜂蜜色になった瞳のそばにぱらりと落ちるさまを横目で見ながら、あの頃この歳まで生きていたら、大人の男になった王子はこんな感じだったのかな、と、ふと思った。
自分が18で死んだ後、彼が幾つまで生きたのか、俺は知らない。
国がどうなったのかも、知らない。
あの後の転生は、全てがそれぞれ異なる世界で行われたからだ。
それは俺自身が故意にそう希望した事を、天が汲んでくれたからに他ならない。
だからこそ、この再会が信じられなかった。
これは、天の意図なのか、それとも全く違う別の何かの意思が働いているのだろうか。
それとも全くの偶発的に、こんな事が起こり得るものなのだろうか…。
数限りなく存在する世界の、数多の人々の中で?たった一つの魂と、もう1つの魂が、もう一度出会える確率。
大雑把に例えるならそれは、地球上の全てが砂漠だとして、その中の1粒をみつけるよりも、更に更に遥かに難しいのでは無いかと、思うんだが。
少なくとも俺の認識では、そうだ。
だからこそ、わからない。 この再会の理由が。
「綾…雅臣さんも、南大でしたか。」
名前で呼ばないと悲しい顔をされるのが面倒なので、一応言い直しておく。
「うん、近い方が通学、ラクだからね。」
同じ考えで進路決定してる…。
「南大なら、ここからも左近の家からも近いよね。バイト先は心配しなくて良いよ。」
「え、でも…確実に受かるかは…」
「受かるよ。左近、頭良いでしょ。大丈夫。」
穏やかなのに有無を言わせぬ口調に思わず口を噤む。
履歴書には成績の詳細なんてないのに何故そんなに確信を持ってるんだ…。怖。
確かに学校の成績で悩んだ事は無い。
「わかるよ。仕事見てたら。
左近、飲み込みも要領も良いし機転も利く。論理的思考が身についてるって事だよね。」
「買い被りすぎですよ。」
本当に。
これは単に、通常は消されて転生する筈の、幾度もの人生経験の記憶を、何故だか消されずに持ち続けているからこそのもの。
今生、1から獲得したものではない。
「謙遜しなくて良いよ。
今の時代、謙遜や謙虚なんてひとつも得しないから。自分の持ってるスキルはどんどん活用して誇るべきだ。」
俺は少しズルいなあ、と落ち込んでいたのに、まっすぐ見つめられてそんな風に言われ、なるほどな…って気にもなってくる。
基本的には優しい人なんだよな…。
基本的には。
暮れ行く空をぼんやり眺めながらぼんやりしていたら、ふいに肘置きに乗せていた手に手を重ねられ、ビクつく俺。
「困った事でも何でも、相談してね。
君の力になりたいんだ。頼りにしてくれると、嬉しい。」
優しい笑顔。薄気味悪い程に、優しい声。
「…はい…。」
なんだか、下手な事は口にしてはいけない気がした。
あまり深入りしない内に距離を置くべきかもしれない。
でも、俺は既に個人情報を多数握られているし、それに…別に、不快な事をされた訳でもない。
今のところ、ただ俺の良いようにと、考えてくれてるだけ。
多分、昔の罪滅ぼしをしようとしてくれてるだけ。彼なりの贖罪なんだよな、多分。
身を乗り出してきた綾門さんの長い指が俺の頬を掠めたかと思ったら、ゆっくりと頭を撫でられた。
哀しいかな、あまり大人の男性にそんな風にされた事が無かった俺は、戸惑うと同時に奇妙な心地良さと安心感すら感じてしまう。
「力になるよ、どんな事でも。」
さっき僅かに触れた頬が、今度はダイレクトに大きな掌に包まれる。
目を合わせているのが気不味くて思わず目をふせると、何故だか綾門さんが息を飲む音が聞こえた。
強い力が加えられている訳でもないのに、身動きできず抱きしめられる。
「君の嫌がる事は、しない。
だから、少しだけこうさせてくれないか。」
少し震えた静かな声に抵抗を奪われて、俺は彼の後ろに回した右手で、その背中を赤ん坊にするようにさすった。
慰めるように。もう、気に病まないでくれと願いを込めて。
俺は今、それなりに幸せに生きているから。
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