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89 無味無臭ってダメなやつだと思います

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 朝、まだ薄暗い中、聖はぼんやりと目を開ける。
 明らかに睡眠が足りていないのか、目が重い。

「……あー、まだねむい……」
「……起きたのか? 聖」
「あーうん、おはよう」

 大きく欠伸をしつつ、何とか体を起こして伸びをする。どうにも体が痛いが、それでようやく目が覚めた。

「んー、なんか温かいもの作るね」
「おう、頼む」

 春樹はもう起きていたらしく、その声に眠気の色はない。

「……ミルク煮でいっか」

 鍋にもらったばかりの黒いミルクを注ぎ、パンを浸して煮込む。
 そこにちょっとだけ水飴を垂らして完成なお手軽料理。
 見た目はただの真っ黒い液体だが、まあ、味はいいはずである。

「……うん、そのうち慣れる慣れる」
「……まあ、美味いよな」
「あー、甘いしコクがあるし美味しいよねー」
「あったまるよなー」

 早朝の森の中ということもあり、ちょっとだけ肌寒い。
 そこに染み渡るような優しい甘さが、なんともいえない幸せを運んでくる。

「そういえばロティスは?」
「あ? いないのか?」

 見える範囲にはいなかった。
 何処かに潜り込んでいるのかと思っていたのだが、違うらしい。

「……散歩にでも行ったか?」
「まあ、行ってもおかしくはない、のかなぁ?」

 なにせ一応魔物なので、こういう森はひょっとしたら血が騒ぐのかもしれない。
 ちなみに心配は欠片もしていない。
 だってスライムだし。むしろどうすれば傷がつくのかが疑問である。

「そのうち戻ってくるだろ」
「だと思うけどね、……あ」

 噂をすればなんとやら。
 ぴょんぴょん飛び跳ねながらこちらへと向かってくる白い物体が目に入った。

「俺様ご帰宅!」
「おかえりー」
「どこ行ってたんだ?」
「ちょっと運動にな」
「「運動」」

 スライムからおかしな答えが返ってきた。
 スライムが運動、どうやって? とは思うが、ロティスは気にしない。

「しばらく、ずっとあの場所から動いてなかったからな、やっぱ体が錆ついちまってな! あ、それとこいつが欲しかったんだろ?」

 言って、ロティスは何処からか何かを取り出した。

「ファイティングキノコ!」
「マジか!」
「そうだろそうだろ。俺様すごいだろ?」

 満足げにうんうんと頷いたかと思うと、どさどさどさっと積み上げる。

「やったね春樹! ロティスありがとう!」
「お手柄だロティス!」
「そうだろそうだろ」

 これだけあったらしばらくは困らないという量に、満面の笑みを浮かべて聖は収納する。
 一度は諦めた食材。
 それが手に入った時の喜びは万倍にも膨れ上がるものである。

「って、ロティス疲れとかないの? レモの実食べる?」
「この程度じゃ疲れないな、日中寝てるし。……レモの実は、1日1レモと決めてるから仕舞ってくれっ」

 くっと何やら辛そうにレモの実から視線を外すロティス。
 変な拘りがあるんだなと思いながらもしまうと、若干名残惜しそうな視線が寄越される。

「……食べてもいいのに」
「い、いや、俺様は一度決めたことは貫き通すスライムだ!」
「変な拘りだな」
「まあ、いいんだけどね」

 空を見て、そろそろ出発しようかと片付け始める。まあ、片付けといってもアイテムボックスに収納するだけなのだが。

「あ、そういやロティス。お前もアイテムボックスのスキルあるのか?」
「あたり前だろ!」
「……あたり前なんだ」
「なかったら、もしレモの実をたくさん手に入れたとき俺様にどうすれと!?」
「「食べろ」」
「1度にすべて味わえと!? ……そんな禁断の技に手を出せと言うのか……」

 落ち人とは怖いことをいう種族だな……、なんて黄昏たように呟くロティスに言いたい。
 たぶん、落ち人関係ないと。
 誰でもいうと。
 というか、それなりに重宝されるスキルなのに理由がそれとかどこに突っ込みを入れたらいいのかわからない。
 まあ、そのおかげでファイティングキノコが手に入ってはいるのだが。

「……あー、もう行くよロティス」
「おおう!?」

 問答無用でロティスをポケットへと入れ、春樹に1つ頷いて再び空の旅へと飛び立つ。

「あー、今日中に着くのかな?」
「たぶん、頑張れば?」

 その頑張りが辛い、と思いつつも出来る限りの超特急で空を進んだ。
 そうして、途中で1度だけ休憩を入れ、ひたすらひたすら飛び続けた結果、なんと日は暮れてしまったがそれほど遅くない時間にダリスが見えてきた。

「……つく、もんだね」
「……そう、だな」

 だが、犠牲にしたものは大きい。
 ダリスについたら今日はもう寝るんだと、それだけを思いながら高度を落としていく。
 すると下から何やら声が聞こえてきた。

「――ぃ、こっちや――」
「あ? 誰だ?」
「……ウィクト、さん?」
「こっちやこっち!」

 ダリスから少し外れたところで仄かに明かりが見える。近づいていくと、手を振るウィクトがいた。
 驚いてそこに降りる。

「え、どうしたんですか?」
「ここで待っとって正解やったな! お久しぶりやな、お2人さん」
「ああ久しぶり、だけどよ」

 確かに時間がないとは聞いたが、ここでウィクトが待っていたことに若干の嫌な予感がした。

「で、疲れてないか?」
「疲れてますよ」
「疲れてないはずないだろ」
「いやあ、欠片も躊躇のないその言葉に、ちょっと泣きたくなるわ」

 でもかんにんな、とウィクトは笑顔で言う。

「これから移動や」
「え、ちょ、無理」
「無理だ、絶対無理だ!」
「うんうん、そんなときはこれ! ギルド印の『これで徹夜も怖くないから問題ないね』ドリンクや!」
「「……」」

 なんというかドリンク剤らしいのだが、その名前が酷過ぎた。
 だが、ギルド公認ということで安全だけは保障されている。
 でも飲みたくない。

「大丈夫や! 味は何にもせえへんし、何より効果は抜群や!」

 味がしないということに、さらに不安が増すのは何故だろうか。そして、ウィクトが飲みなれている気がしてならない。大丈夫か冒険者ギルド。
 などと思っていると、問答無用でその得体のしれない瓶を押し付けられる。

「さ、一気にいこかー」
「「……」」

 鬼だ、鬼がここにいる。
 聖と春樹は、ヒクリと頬を引きつらせ、その瓶を見る。
 透明な瓶に透明な液体。鼻を近づけてみるも匂いがなにもないということが、さらに怖い。
 だが、いつまでもそうしているわけにもいかず、どちらともなく顔を見合わせると、意を決して瓶に口をつける。

 ごくり。

「あ? ほんとに何の味もしないな……」
「言うた通りやろ?」
「それはそうなんですけど……」

 なにやら釈然としない。
 だが、効果は劇的だった。

「なんか、体が軽い!」
「そういや眠気も全くないな!」
「そやろそやろ」

 感激する2人を見ながら頷くウィクトの肩に、いつの間に聖のポケットから抜け出したのかロティスがぴょんと乗る。

「おお? ひょっとして噂のスライムかいな?」
「噂になるほど俺様が知られてるとはな! ロティスと呼ぶがいい!」
「ほんまに喋っとる! 俺はウィクトや、よろしゅう頼むわ、ロティス君」
「おう!」

 何やらキラキラした目で見られて、満更でもないロティス。
 だが、ちらりといまだにギルド印のドリンクを見ながら何やら話している2人を見て、呆れたように言う。

「……あれ、朝には倒れるやつだろ」
「お? よう知っとるな」

 倒れるというか、寝るのだが。
 効果は絶大だが、持続時間が短いのが難点とされている。――冒険者ギルドでは。

「ま、朝まで持てば問題ないんや。それまでに目的は達成できるはずやからな。――ほな出発するで!」
「あ、はい」
「どこ行くって?」
「目的地は、とあるダンジョンや」

 詳しくは到着してからな、とウィクトは笑った。


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