異世界帰りの聖女は逃走する

マーチ・メイ

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3話目 スタンピード

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(なに……?)

私が気付いた時には出口に人が殺到し一番最後になっていた。

(私も逃げなくちゃ!!)

出入り口の方に向かおうと椅子から立ち上がる。
瞬間に背後の診療所のシートが破られる音がした。

そちらを振り返って見ると赤い目をした狼型のモンスターが複数こちらを見ていた。

(うそっ……)

入り口に殺到した人からは悲鳴が上がる。

モンスターから目を逸らせずにじりじりと後ずさりをする。
すると入り口に居た人たちの誰かに背中を思い切り押された。

(え……)

不意な力に前へと倒れ込む。

(まずい……)

顔を上げるとモンスターの顔がすぐそばにあった。

「こいつがおとりになっているうちに逃げろ!!」

(はぁ?! そんなっ……)

グルルル……と唸りながらニタリと笑う狼型のモンスター。
厄介なことにいたぶるという知能がありそうな奴だった。

私を助けてくれる人はおらず診療所の入り口のつまりはいつの間にか解消され、診療所内には私を除いて人は居なくなっていた。

(また死ぬの?!)

そこら辺に落ちている物をまさぐる。
さっきまで手当てに使っていた医療用のハサミが置いてあった。

包帯を切る為に使っていたハサミだ。

モンスター退治に使う武器は特殊な製法で作られている。
ダンジョンから出土した鉱石やモンスターの素材を加工して作られた物や宝箱から出土した物。

医療で使われているハサミはそのどれにも当てはまらない。

今のこの切羽詰まった状態で、しかも現代のダンジョンに入ったことのない私はそんな事知りえなかった。
震える手でハサミを掴むと両手で持ち刃先をモンスターに向けた。

「グルルル……」

私のその行動に拍子抜けしたのか嘲笑われたのかは分からない。
私の目の前に居たモンスターが他のモンスターに散れと合図をしたのか、私と狼型のモンスターと一対一になった。

診療所の外では悲鳴がそこかしこから聞こえてくる。
応援はまだ到着していないようだ。

震えているだけで何もする様子が無い私に興ざめしたのか、狼型のモンスターは鋭い爪の付いた前足を上げた。

ブオンッという風切り音が聞こえる。

(ウリャッ!!)

恐怖から目を瞑り、音の聞こえた方にハサミを向けた。
そして何かが当たる。

「ギャン!!!!」

狼型のモンスターから悲鳴が上がった。

(当たった? 痛みは……ない?)

薄っすら目を開けると先ほどまであった鋭い爪の付いた前足は手首の辺りから先ごと消えていた。

(え? あれ? 何があったの?)

狼型のモンスターも何があったのか分かりかねているらしく私と距離を取った。

辺りを見渡すと私の横に手首から先がゴロンと落ちていた。

私の手を見やれば包帯を切る為のハサミが血に濡れていた。

(まさかこれで切れたの?!)

私が驚いていると、侮っていた相手に怪我をさせられ激高した狼型のモンスターがググッと後ろ脚に力を込め私に向かって突進してきた。

(いーーやーー!!!!)

今度はそのハサミを前に突き出す。

「ギャッ!!!!」

上あごに当たったハサミの刃が勢いの付いた狼の鼻先にめり込む。

「ひえぇぇ……」

流石に真っ二つという訳にはいかず、狼型のモンスターの眉間までスルリと刃が食い込み勢いは止まった。
モンスターはそのまま動かなくなった。
ハサミを持った腕の下には勢いの止まったモンスターの下あごが有る。

その鋭い歯を見て、左右に泣き別れした上あごも見て腰が抜けた。

震えながらハサミを引き抜くとモンスターはその場に倒れた。


『レベルが上がりました』

『レベルが上がりました』

『レベルが上がりました』

『』
『』
『』

ーアップデートが完了しましたー

(レベル? え? どういうこと? ……あ、モンスターを倒したから……)

「モンスターを……倒せた……このハサミで? ……え?」

遅れてその事実を理解すると危機を脱せたと知り力が腕から抜ける。
包帯を切るハサミもその場に投げ出された。

(流石に怖かった……)

震える両手で身体を抱きしめる。

(また死ぬかと思った……)

異世界でもモンスターと戦ったことはあるが前線ではなく後衛として。
しかもそれも遠い昔だ。
年老いてからは与えられた城から障壁を張ったり、癒しの力しか使ってなかった。
そもそも異世界では最初から防御魔法が使えていたのでモンスターの接近なんて許したことが無かった。


モンスターが獲物と侮ってくれてよかった。
武器になるハサミが落ちていてよかった。
一斉に飛びかかられていたら間違いなく死んでいただろう。

その想像をして喉が鳴った。

震えが落ち着くと今度はハサミを持っていた腕に痛みが走る。
何だとみれば腕に裂傷が出来ていた。

先ほど狼を切り裂くときにあの鋭い牙にひっかけてしまったのだろう。
傷を認識してしまってからは、そのじくじくとした痛みが気になってしまった。

幸い先ほどここから立ち去った狼たちは戻ってきていない。
この診療所にある消毒液で消毒してから逃げようと震える足を叱咤し立ち上がった。

(怪我をしたのが足じゃなくて良かった……)

足だったら逃げるのに一苦労だ。
床に散らばった洗浄綿を拾い袋を破り傷を拭く。 
痛みはあるが、傷はそんなに深くは無さそうだ。
消毒液を恐る恐る掛け小さく悲鳴を上げながら痛みに耐えた。

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