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砕ける緑 2
フィラン殿下が、私が襲われたことを城の護衛についている騎士たちに誰からともなく、聞こえるように噂にした。クレメンスたちが広めた噂ではいつの間にか、私の純潔がないともなっていた。何も知らないから、噂が一人歩きするように変わっていったのだろう……。
「リラ……どうして……」
「どうして? リラと抱き合っている俺が不思議か? だが、お前は見たではないか」
何を言っているのかわからないジェイド様が私たちを見据えた。
「あの朝、お前が迎えに来た時にベッドにいた女はリラだ。気づかなかっただろう」
「そんなはずは……」
「フェアラート公爵邸に配置させた騎士たちが密かにリラを連れて来てくれた。俺は一人にしてやれと、言ったことを覚えているだろう? だいたい、あのタイミングで俺が王都からフェアラート公爵邸に来られたのは、元々リラに呼び出されていたからだ。おかげで、クレメンスにリラを連れて行かれずに間に合った」
「リラに呼び出された……いつ? そんな素振りも、手紙一つどこにも出してないはずだ」
フェアラート公爵邸での行動は、ジェイド様に把握されていた。毎日ケイナがジェイド様へとお喋りのつもりで報告していた。ジェイド様には、都合のいいメイドだっただろう。
何も気づかないお喋りなケイナが不愉快だった。
彼女は、邸内で使用人たちの話題の中心で何でも邸内の噂として話すからだ。その無邪気な様子で、ジェイド様にも嬉しそうに私のことを話していたのだ。
私の行動を知るには、ちょうどいいメイドだったはず。だから、私にケイナを付けた。
「手紙なんか、出せるわけないでしょう? あなたは、いつも私の行動を把握していたんじゃないの? ケイナがいつも私にまとわりついて……邸で使用人たちに私のことを話すお喋りなケイナなら、すぐにジェイド様の耳にも入っていると思っていたわ」
邸内のことを外に漏らすようなメイドではなかった。でも、邸内ではいつも話題の中心なのは、ケイナだった。赤ら顔でジェイド様と会話をするケイナは、彼に近づく絶好のチャンスを楽しみにさえしていた。
だから、彼にも私の話をしていたことはすぐにわかった。
「ジェイド様のことをひたすらに応援するケイナは不愉快そのものだったわ。だから、リーガにポプリの提案をしたわ。今、ジェイド様が持っているポプリがそうよ。ポプリでブラッド様との連絡を繋いで貰ったの」
持っているポプリをジェイド様が憎々しく見下ろす。
「リーガが来ることがわかっていたのか……」
「当たり前だ。リラに何をされるかわからないからな……連絡用としても、草を放つのは当然だ」
ブラッド様が言う。
「誰が来るのかは知らなかったけど、あのタイミングで来たリーガに不信感はなかったわ。あの花籠のなかには、赤いリボンを付けた紫色のライラックがあったもの……」
「このポプリの花か……?」
「そうよ。ブラッド様が以前下さった花と同じだったわ。だから、間違いないと確信したわ」
私と同じ髪色で同じ名前であるライラックの花の入ったポプリをジェイド様が恨みがましく握る。ポプリを作っている間も、私を口説こうとする彼を思い出すと、何度も手に力が入って花びらを崩してしまい、いくつもごみ箱へと捨てた。
いつ襲われるかわからない不安と、大嫌いな男の婚約者であることが、泣きたくなるほど堪らない感情でいっぱいだった。
庭園に連れて行かれた時も、婚約者のフリをして耐えた。それなのに、隙あらば私に触れようとするジェイド様が怖くて逃げた。
__触られたくない。あの時にリーガがタイミングよく来なければ、ジェイド様はきっと私を追いかけて来ていた。
そして、ブラッド様に贈ったポプリ。不安な私を感じ取ったブラッド様は、すぐにフェアラート公爵邸に来てくれた。
「俺とリラが通じていると微塵も考えなかったのだな」
「……当たり前だ! なら、なぜ婚約を結ばせたのです!」
「リラを城から出すためと、フェアラート公爵邸に入る必要があったからだ」
視線をリカルドの持っているナイフへと移すと、ジェイド様が青ざめる。
「これが、欲しかったんだよ。だから、リラに行かせた。お前が気を緩めるのは、間違いなくリラだけだからな。それと同時に、王妃が来ても絶対にリラを渡さないと確信していた。思った通り、お前はクレメンスにリラを渡さなかった」
「俺を利用したのですか……」
「光栄に思え。大好きなリラの役に立てただろう?」
「なら、リラを下さい……」
「やらん。リラは誰にも渡さない。お前はこのままフィラン殿下暗殺犯として処刑する」
「何の証拠が……」
「証拠はナイフだ。俺たちは、見ていたんだよ。ジェイド。お前がフィランをこのナイフで刺して、部屋から逃げて行くのをな」
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