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侵食するもの
しおりを挟む腰にカイゼル様の腕を回されて言葉も交わすことなく、観劇を堪能していた。
ソファーのそばにはケーキやスコーンに、ワインが置かれており、口を潤しながらゆったりと鑑賞できるようになっている。ほんの少し視線を上げれば手が届くところに彼の顔がある。
引き締まった顔は、昔よりもずっと男らしくなっている。それに、ときめいてしまう。
ゼルとデートができるなんて夢みたいだった。もう少しで一人死ぬところだったのに、彼が私を迎えに来てくれたのだ。思い出すだけで涙が零れ落ちそうになる。
「どうした?」
泣きそうな私に気付いたカイゼル様が聞いてくる。
「なんでもありません。劇の音楽が心に染みて……」
切ない劇に音楽。そのせいで、涙が出たとほんの少し笑って小さなウソをついた。ゼルとのことは言ってじゃいけないのだ。カイゼル様も、それ以上に何も聞いてこない。その代わりに慈しむようなキスをしてくる。
少しの吐息すら、彼が閉じ込めるように塞ぐ。目を閉じたままで、身体を彼に預けると力強い手が私を支えていた。
恋人のように抱き合いキスをされている中で、舞台は最後のシーン演じられたのか、歓声と拍手が鳴り響いてた。
薄暗い劇場の中で目の前が暗く感じると、うっすらと目を開いた。すると、背筋がゾッとした。それと同時に抱き寄せていたカイゼル様を突き放した。
「いやっ……」
「クローディア?」
突然のことに、カイゼル様は驚いた。でも、すぐに理由がわかる。カイゼル様は、ほんの少しだけハッとしたかと思うと、唇を噛み締めて左腕を抑え隠そうとしたのだ。
「どうして……呪いは近づかないんじゃ……」
「……すぐに消える」
カイゼル様の左腕に呪いの黒いモヤがにじみ出ているのだ。彼は見られたくなかったように顔を背けた。呪いがカイゼル様から現れたのに、彼は動揺すらしない。ただ、私に見せたくなかっただけの様子しか見せなかった。それは……。
「……知っていたの? 呪いが……いつから……」
考えがまとまらない。でも、カイゼル様は知っていたのだ。
彼は、呪いが近づかない身体だった。でも、出会った頃のゼルは、間違いなく呪いに侵されていた。それが、私を迎えに来た時は呪いなどなくて。
呪われた私に、カイゼル様と私の力みたいなものをリンクさせて、私にも彼の呪いに近づかない身体をにするために毎晩抱かれていた。それが、私とカイゼル様の力が共有していくなら……その反対もあり得たのだ。
唇も声も震えた。なぜ、気づかなかったのか……。
「私の……せいなのね……」
「違う」
「違わない……!」
私のせいで、また周りに不審な死が淀んでいく。お母様も……エーデル伯爵家には不審な死が続いていた。だから、私は家にいられなくて、お父様が私を魔女に預けた。
私の呪いがカイゼル様を侵していく。ゼルが死んでいくのは耐えられない。
「クローディア。お前のせいではない。それにすぐに消える」
「いやっ……触らないで……」
離れようと、身体を預けていたカイゼル様の胸板を押しやる。でも、彼は離そうとすらしない。それどころか、震える私を大事に腕の中に閉じ込めた。
「離して……っ」
「離さない。クローディアのせいではないんだ」
「私のせいよ。鍵魔法を私に使ったから……! もう、使わないで……いやよ」
「もう無理だ。一度使えば、途中でやめられない。少しでも、早くに現れるように何度も何度も抱いたが……」
鍵魔法は途中で止まらない。まるで種を植えられたみたいだ。ほおっておいても勝手に育っていくことと同じだ。
「……誰か助けてっ……」
「助けなんかない……誰も俺を助けられなかった。助けてくれたのは、お前だけだ」
他力本願で誰かに助けを求めても、助けなどない。カイゼル様は、そうやって一人でここまで生きてきたのだ。
でも……。
「森に帰るわ……森で……一人で……」
そこで一人で死ぬ。カイゼル様と呪いなど共有できない。
「なら、一緒に死ぬ」
「それは心中です……」
「それでもいい。お前がいないと生きている意味がない」
それは、本当だと思える。彼はフォルクハイト伯爵家に何も残す気はないと言っていた。何が好きなのかも知らない。わからない。でも、思い返せば彼は何にも興味を示さなかった。
何にも未練がないのだ。
「……一人では、死なせない」
カイゼル様が、泣いている私を腕に閉じ込めたままで言葉を押し殺すように言った。
……先が見えない。カイゼル様には未来もあるのに、私が黒く塗りつぶしてしまう。
彼となら、一緒に死にたい。でも、一緒に死のうとは言えない。私さえ呪いを移さなければよかったのだ。
助けもない。未来もない。
あるのは、呪いに黒く塗りつぶされる現実だけ。
「だが、クローディアは必ず助ける……そのためだけに生きている」
力強く抱きとめられた腕の中で身体中が冷たくなる。カイゼル様の言葉の意味がわかったからだ。
彼は私の呪いを自分が受け止めて一人で死ぬ気なのだ。
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