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 ふと我に返ると、くちゅくちゅっ、ぴちゃっぴちゃっ、と濡れた音が響いていた。
 まおさんと長く濃密なキスを交わしていた。
 テレビはいつの間にか消されていた。俺が消したのではないから、まおさんがリモコンで消したのだろう。
 つまり、まおさんだって少なからず望んでいたということだ。
 まおさんが瞳を閉じた瞬間に、再び唇に吸いついていた。今度はまおさんの方も積極的で、俺が舌を差し入れるとすぐに絡みついてきた。
 その甘くて、熱くて、とろけそうな感触は、あっという間に俺から自我を奪った。
 美味しくて、気持ちよくて、扇情的で、たちまち夢中になっていた。追いかけたり追われたりしながら、互いの唾液が交わり、伝わり落ちていくのを感じ、味わった。
 ふたりの唇の合間からは何度も熱い吐息と、小さな声が漏れた。まおさんが息継ぎのために唇を離すたびに、俺は幾度も幾度も「好き」と繰り返した。
 まおさんの顔は耳まで真っ赤に染まっていて、瞳は潤んで揺らぎ、唇は唾液で光っていた。
 俺の太腿には、まおさんの硬くなったものが布越しに確かに感じられていた。
 欲しい。
 まおさんのすべてが欲しい。
 まおさんの頭のてっぺんからつま先まで、余すことなく愛したい。
 今までもずっと、まおさんのことを欲していた。
 思えば高校一年生の、初めて会ったあの時から、ずっと欲しくてたまらなかった。
 それが今、これまでにないほど強く、狂おしいほどに、この人を抱きたい欲求に駆られている。
「まおさん……」
 間近の瞳はうっとりととろけている。自分とのキスでこんなにも感じてくれているのだと実感できて、俺はますます胸を熱くする。
 瞳の奥を窺いながら、「まおさん」と呼びかけ、シャツの中に手を入れる。腰からスウェットの中に手を滑り込ませた時、まおさんがはっとした様子で目を開き、俺の手首を弱くはない力で掴んだ。
 当然、俺はそんなことではもう怯まなかった。
「まおさん……抱きたい」
「……だめ」
 この期に及んで拒絶する。俺はほとんど泣きそうになりながら、行き場を求めて打ち震える下半身をまおさんに擦りつけた。
「なんで? 俺じゃだめなの?」
 大輔じゃないとだめ? 頭の中に浮かび上がる問いかけを口に出す勇気はなかった。答えを聞いても傷つかないほど自分が強くないことをわかっているから。
 それでも、目の前にいるこの人のことが、欲しくて欲しくてたまらない気持ちには変わりがない。
「俺、まおさんのこと、ずっと好きだから……まおさんのこと、欲しい」
 声が震えた。情けなかった。
 すると、まおさんは小さく眉根を寄せ……あの高校一年の、最後の夜に部屋を訪ねた時のように、ほんの少し困ったように微笑んで、それから手のひらを俺の頬にあてがった。
「今日は酒だいぶ飲んじゃったから……わかるだろ?」
 わかるか、と問われて反射的に頷いたが、正直あまりよくわからなかった。女の子とするのとは訳が違う、という意味なのだろうとは推測できたが、そんなことに確信を持つことよりも「今日は」という限定的な言葉が強烈に耳に残っていた。
 戸惑う俺を見つめながら、まおさんが俺の顔を引き寄せた。
 まだほんのりと赤く濡れている唇が、目の前でようやく聞こえるほどのかすかな声で囁きかけた。
「下、脱いで……手でしようよ」
 泣きべそをかいていたというのに、思考があっという間に真っ白になった。
 身体を起こして下着ごとスウェットを脱ぎ捨てる。解放された俺自身がばねに弾かれたように勢いよく天を仰いだ。
 のろのろと下ろされるまおさんの下着を待ち切れずに引きずり下ろすと、勃ちあがったまおさんの先端が俺の方を向いた。
 これまで遠目に盗み見ていただけの、まおさんのものが、自分の目の前にさらけ出されている。
 神々しいものをの当たりにしたような心持ちで凝視していると、まおさんの手が俺の腕をそっと引き寄せた。
 促されながらまおさんの上に再び覆いかぶさった。
 肌に直接当たるまおさんの感触に感動する間もなく、まおさんの熱い手のひらが俺をそっと包み込む。俺も同じようにまおさんのものに触れ、緩く握った。
 目がくらんだ。
 初めて触れた他人の……まおさんのそこは、けっしてそんなはずはないのに火傷しそうなほど熱く感じられた。おずおずとさするように包み込むと、しっとりと俺の手のひらに馴染み、とくんと息づきながら、手の中で確かに膨らみを増した。
 まおさんから熱くて長い吐息が漏れる。俺も同様に深く吐息をつく。
 先走りが恥ずかしいほど滴る俺のものが、夢にまで見たまおさんの、その手に握られている。
 もう、たったこれだけの事実でみっともなくいってしまいそうだった。
「まおさん……」
 名前を呼びながら間近の瞳を覗き込む。
 まおさんはゆっくりと瞼を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめると、聞いたこともないような甘い声で囁いた。
「キスして……ショウのキス、すごく気持ちいいから」
 俺はどうしようもないほどのまばゆさを目の前に感じながら、妖艶に開いていざなうその唇に無我夢中でしゃぶりついた。
 
 
 
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