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しおりを挟む目が覚めて、少し腹立たしく思うことはあれども、楽しかった時間のすべてが夢だったことをヴィンは知る。どこか懐かしさを覚えるのは、魔王城を後にしてからすでに、一年近く経っているからだろうか。
月日が流れていくのは、驚くほどあっという間だ。まるで時が止まったような魔族の住む地から人の住む地へ移り、ヴィンはそれを強く感じる。季節はめぐり、今は吹く風はぬるく、肌が汗ばむ季節だ。
定住はしておらず、人の地へ来てからずっと放浪している。最初の数ヶ月はひとりだったが、今は同行者がいた。わずらわしい、と思うことは多々あるが、同行を決めたのはヴィンだ。仕方がない。
ふう、と深く息を吐き出す。昨夜は野営だったので暑く、寝ている間にかいた汗が気持ち悪い。あたりはまだ薄暗さの方が強い、朝の早い時間だ。旅の同行者が眠っているうちに、ヴィンは近くの湖で汗を流すことにした。
日が昇りきらないこの時間は、独特の空気がある。青みを帯びた景色に、澄んだ湖の湖面、あたりに静寂が広がる中、ヴィンが衣服を脱ぎ捨てる衣擦れの音が響く。自然の中で全裸になると開放感があり、そしてほんの少し心許なかった。
つま先で湖面を乱すと、ヴィンは躊躇なくそのまま湖の中へ入っていく。深さのあるところまで足を進めると、ざぶりと身体を沈める。肌を濡らす冷えた水が心地好い。浄化魔法は便利ではあるけれど、こうして冷えた水を直接身体に感じるのは気分転換にもなった。
今なら、色々経験するのも大切だ、とアーティスが常日頃言っていた意味が理解できる。実体験があってこそ、深く知ることもあった。
(今頃、どうしてるんだろうな)
今は戻れない場所を、やっぱり懐かしく思う。こうして水浴びをしていると、連れ出され一緒にした水遊びを思い出す。魔王らしくないアーティスと過ごした記憶は、きらきらと輝いていたようにヴィンは思える。人間は魔王、という存在を知っていても、実際は少しも知らない。人の地で生活してみて、ヴィンはそれを再認識した。
善悪など、立ち位置が変われば簡単に変わる。裏切りも気持ちひとつでしかなく、そのときがくるまで気付けるものではない。本当に、くだらないものだ。
「だれ!」
背後に気配を感じ、ヴィンは振り返る。殺気は感じられないので、魔法を展開することなく様子見だ。人の住む地で攻撃魔法を使うと、色々と面倒くさい。
「わ、わるい、のぞくつもりはなかったんだ」
狼狽えながら、木の陰からオレンジの髪の男が姿をあらわす。薄暗い中でも鮮やかな髪色だ。明るいブラウンの瞳はヴィンを映すことなく、視線を泳がせている。妙に、挙動不審だ。
けれど知っている顔で、ヴィンの警戒心がほどける。今同行しているパーティのリーダーで、現勇者のヨアヒムだ。無駄に正義感が強いので、害を及ぼすことはない。残りの三人の姿はなかった。
何か用かと思ってみたが、何も話さない。ヴィンから話しかける用もないので、無視することにした。
汗を流しさっぱりしたし、身体も冷えて心地好くなったのでヴィンは岸へ向かい湖から上がる。なぜか愕然とした顔をして、ヨアヒムが背を向けた。
風で雫を飛ばし濡れた肌を乾かすと、衣服を身につけていく。最後にローブをはおり、フードをいつものように目深にかぶると、着替えを終えたことを確認したヨアヒムが振り向き、ぽかんとした。
ふるり、と唇が震える。え、と微かな声がこぼれた。
「まさか……ヴィン?」
軽く、ヴィンは眉をひそめる。今更何を言っているのだと、訝しく思った。
「そうだけど」
「え、え!?」
驚いたような声を上げ、ヨアヒムはまた固まる。くるくると、よく表情が変わるものだとヴィンは感心した。
年齢は同じくらいだと聞いているが、何もかも正反対だ。正直、強い正義感が時々鬱陶しい。
「なに」
「その、初めて、顔を見たから」
「そう」
言われてみれば、そうかもしれない。
意識していなかったので、そのことにすら気づけないでいた。
「なんで、顔を隠してるんだ?」
「なんで、顔を出さなきゃいけない?」
質問を、ヴィンは投げ返す。他に言いようがないからだ。
「え」
顔を見せないことで、醜いとか、傷があるとか、色々パーティ内で噂されているのは知っている。けれど訂正する意味が見いだせないので、ヴィンは好き勝手に言わせておいた。
黙っていると、自分の都合で、理想で、物語を作っていく。
むしろ、真実など知らない方が楽しそうだ。本当に、馬鹿馬鹿しい。
「いや、だって……」
その先は続かない。言うべき言葉が、ヨアヒムは見つからないようだ。
「自分の価値観を人に押しつけないで」
「わるい」
きっと今も、何かしら自分を納得させる物語を頭の中で紡いでいる。ヴィンの言葉には少しも裏がないと、思いもしないはずだ。
「えっと、そのフード、俺らだけのときは取れば?」
「いやだけど」
「え!? ちょ、」
話を終わらせ、ヴィンはヨアヒムの横を通り過ぎる。これ以上話すのは、面倒くさい。何を言われても、ヴィンの答えが変わることはなかった。
だいたい勇者パーティに同行してはいても、ヴィンは仲間になったつもりはない。他のメンバーがどう解釈しているかは知らないし、興味もなかった。
――個人的に、魔王を倒したいって思うから。
そんな理由で、ヴィンから同行を申し出ている。この言葉に偽りはない。
けれどフードを目深にかぶり顔も見せない相手を、勇者パーティのメンバーたちは警戒していた。それは、ヴィンも理解できる。見るからに、うさんくさい。
ただ魔物に襲われ、窮地に陥っていたパーティを、ヴィンが助けたのは紛れもない事実としてある。軽いけれどヴィンの台詞の真剣さを是と受け止め、パーティメンバーが話し合い、唯一強く反対の意を示した魔術師のクリスピンが、実力を見てからだと言い出して軽く手合わせをした。
本当に、ヴィンとしては軽く。けれど、決着はあっという間だった。自信満々にクリスピンが挑んできたので、あっけなさに唖然としたくらいだ。
それなのに、今度は負けたのが面白くないとばかりに、クリスピンが言いがかりをつけてきた。
――顔を見せられないのは、魔族だからだろう。
――魔族なら、強力な魔法が使えて当然だ。
それはもう、必死に。
ここでヴィンが加入すれば、クリスピンがパーティメンバーとしての存在意義が失われるからだ。連携を取って、戦いを有利に進めるなんて考えがないことがわかる。個人主義なのは、お互い様だ。理由は、正反対であるけれど。
――なら、聖剣に触れてみたらいい。
どことなくしらけた空気の中、制したのはヨアヒムだった。
魔族は、聖剣には触れられない。くだらない茶番だとヴィンは呆れながらも、差し出された聖剣の柄を握り、ヨアヒム主導で同行することが決まった。
それからすぐに魔王城へ向かうかと思えば、あちらこちらと遠回りして、気付けば長期にわたって共に旅をしている。無駄に連れ回されるのにうんざりして、時々姿を消したこともあった。人助けに興味はない。
(本当に、うんざりするほどの遠回りだ)
合流するなら、迷いの森に向かう時点からでよかったと、ヴィンはずっと後悔していた。
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