魔王の事情と贄の思惑

みぃ

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 不自然なほど、魔族が姿を見せなくなる。時折現れるのは魔獣ばかりだ。
 苦戦を強いられることはなく、おかげで比較的すんなりと森を進むことができる。道という道はなく、方向感覚がおかしくなるような森ではあるが、聖剣が導くのかヨアヒムの足取りに迷いはない。危なげなく、ニルスと別れて数日で、境界線へとたどり着いた。

 常なら、自然と違う道へと誘導されるのだが、聖剣にその力は通用しない。行く手を遮る結界に気付いたヨアヒムが、一見何もない空間に向けて剣を振った。

 パリン、と結界が壊れる気配がする。あ、と誰かが声を上げた。今まで、ただの森でしなかった景色が、違う物へと変わっていた。

 懐かしい、とヴィンはわずかに感慨を覚える。戻ってきたと、感じた。

「ここが、魔族の国?」

 森から続く道の先、魔王城自体が国の砦となっている。魔族の住む街は、魔王城によって守られていた。
 人の住む地とは違う構造だ。決して前線には出ることのない国王と、魔王は違う。

「魔王城、でいいんだよな?」

 魔族の姿はまったくない。入り口を護る兵もいないのが、ヨアヒムたちには信じられないようだった。

「なんか、想像してたのと違うな」
「どう違う?」
「いやもっと、戦いながらしんどい思いをして、魔王の元へたどり着くんだと思ってた」

 それはニルスが手を回し、他の魔族を遠ざけたのだろうとヴィンは予想する。何をするのか楽しみだ、と言う顔をしていたので、いかにもやりそうなことだ。

 魔族としてそれはいいのか、と思うが、こうやって勇者に同行しているヴィンが言えたことではない。焦る、悲しむ、嘆く? どんな表情をアーティスが浮かべるのか想像してみても、どれもしっくりきて、しっくりこなかった。

 動揺を表情に出してほしいと思うが、冷淡な魔王としての顔を向けてほしいとも思う。複雑怪奇な心情だ。

「けど、やっとここまで来たな。あとは魔王を討つだけだ」
「そうだな、魔王を討って堂々と国に凱旋したいな」
「私はゆっくり休みたいなぁ」

 自らの手で討つ、討てるのを疑っていない。その姿を、ヴィンは冷めた目で眺める。両方の実力を知っている身としては、三人がまとめてかかってもアーティスを討てる可能性はかなり低かった。
 そこにヴィンが加われば、可能性はぐんと上がる。出奔する直前で、実力はほぼ互角に近かった。

「ヴィン」
「なに」

 いつの間にか、他のメンバーと少し距離が開いている。気付いたヨアヒムが足を緩め、ヴィンの隣に並んでいた。

「ヴィンは、魔王を討ったあとどうするんだ?」

 ああ、話がしたかったのかとヴィンは気付く。
 だから今も、少し前を三人が進んでいる。ここにくるまでの道のりで、魔族とも戦い、苦戦はしたが倒せたので、魔王でないならば対処できるとの自負もありそうだと、ヴィンは口元をわずかに緩めた。

「俺、今は平民なんだけど、魔王を討ち国に戻れば報償金と共に爵位と領地がもらえることになっているんだ。だから、その、さ」

 うつむけていた顔を、決意を持ってヨアヒムは上げる。強いまなざしが、フードを目深にかぶるヴィンを捉えた。

「爵位や領地をもらうために、ここにいるの?」
「え」

 ぽかんとした表情を、ヨアヒムは浮かべる。想定外の返しだったようだ。

「ねぇ、なぜ魔王を討つの?」
「この世界を救うためだ」

 すぐに応えが返る。まるで、用意された答えのようだ。
 声に感情はこもっているのに、与えられた役割を演じているようでもあった。
 そこに、本当にヨアヒムの意思はあるのだろうかと、ヴィンは疑問に思う。

「なぜ、魔王を討つことが世界を救うの?」

 心の底からわからなくてヴィンが訊けば、ヨアヒムは一瞬言葉に詰まる。信じている正義を、疑問に思われるとは想像もしていないようだ。

「なぜもなにも、それが正しいからだろ」
 根拠も何もないただの感情論に、ヴィンは笑いが洩れる。

「ヨアヒムが決めることが、すべて正しいってこと?」
「……違う。魔族は人間の住む地を侵略し、滅亡に追いやるから、倒してくれって陛下が」
「陛下が、ねぇ。旅をしていて、魔族に侵略されてるところ、あった?」
「それは……」

 あるわけがない。そんな面倒くさいことを、魔族がするわけがなかった。
 勇者パーティに同行して行った村は、確かに魔獣の被害にあっていたところもあるが、魔獣は魔素が生んだ獣であり魔族ではない。

 疲弊していた村は、確かにあった。ただそれは税の搾取、隣国との小競り合い、ほとんどが人間同士の問題だ。そのことに、ヨアヒムがまったく気付いていないわけがない。実際、話を聞き、目にしているのだから。

「まだ、侵略に動いていないだけだろう」
「仮定の話で、何もしていない魔王を討つ?」
「魔王は、悪だろ」

 は、とヴィンは笑う。

「誰も魔王の姿を見たことがないのに? 誰か魔王の姿がわかる人いる?」
 沈黙が返る。それが答えだ。

「国王が、そう言ったから? 王が言うことがすべて真実になるのだとしたら、王の機嫌を損ねたものは悪? あきらかに間違っていることを正そうとしても、否といえばすべて?」
「ぐだぐだうるせぇな! なんで魔王に肩入れしてんだよ。俺らはそれが使命なんだ。魔王を討伐すれば名が上がるし、地位も得られる」

 会話が聞こえていたクリスピンから、反論の声が上がる。けれどファティの瞳は、迷いを窺わせるように揺れていた。
 このパーティのリーダーで、勇者であるヨアヒムからの反論はない。

「思考を止めているなら、ただの傀儡でしかないよ。それはあなたの真実じゃなくて、王の真実。どうせ魔王という共通の敵がいなくなったら、今度は他国を侵略するんだろう?」
「まさか」
「きっと、すぐにでも戦争が始まる」

 信じようが、信じまいが、ヴィンには関係ない。それどころか、国同士が争い、戦乱の世になろうがどうでもよかった。

「俺は、みんなが暮らしやすい世界にしたいんだ」

 決意を新たにしたような、ヨアヒムの言葉は理想論でしかない。少し考えれば、実現しないことくらいわかりそうなものだ。

「みんなとは、自分に都合のいいくくりだね。仲間、としてくくった枠組みの中だけだろ。今でも奴隷制度があるのに? それを見ない振りして、みんなが暮らしやすい国? 世界? どうやって?」

 純粋な疑問だ。ヴィンは淡々と言葉を並べる。責めていないのに、ヨアヒムは悔しそうな顔をした。
 本当に、意味がわからない。

「自分たちに都合のいい、暮らしやすい世界の間違いでは?」

 いっそはっきりと、そう言えばいいのにとヴィンは呆れる。
 きれい事など並べずに。

「じゃあ、ヴィンはなんで魔王討伐にきたんだ?」

 迷いに揺れるヨアヒムの眼差しが、ヴィンへと向けられる。
 今ここで、答える必要はない。

「個人的な事情だよ。魔王のところへ行ったらわかる」
 ゆるり、とヴィンは笑んだ。

「魔王を、討つ気はあるんだな」

 足を止めたアンドレイが、まっすぐにヴィンへと視線を注ぐ。フードを目深にかぶっているので、当然視線は合わない。けれど、答えをごまかす気はなかった。

「あるよ」
「ならいい。理由は、なんであれ」

 アンドレイのように国に仕える身分、貴族であれば、たとえ矛盾に気付いたところで、王の命であればどうすることもできない。与えられた使命を、ただ全うするしかなかった。
 今はもう、ここにいる誰もがヴィンの実力を知っている。パーティから外すのは得策ではないと、理解していた。

 忌々しそうに、クリスピンが乱暴に舌打ちする。こういうところは、相変わらずだ。

「さっさと行くぞ」
 ずかずかと、歩き出す。

「そっちの道、違う」
「は? なんでわかるんだよ」

 知っているからだが、言うと面倒くさいことになる。仕方なく、ヴィンは適当にごまかすことにした。

「勘」
「はあ?」
「いいんじゃないかな。ヴィンの勘に助けられたこと、結構あるし」
「そうだな」

 クリスピンは不承不承ではあるが、他のメンバーの同意を得て、ヴィンがさりげなく正しい道へと導いていく。ここまで来れば後はもう、直線だ。間違いなく、魔王の玉座へたどり着く。
 やがて、ぴたりと閉じた扉の前まで来ると、全員が足を止めた。

(やっとだ)

 久しぶりに、心が震える。感情があるのだと、ヴィンは実感した。

「開けるぞ。状況によっては先手必勝で」

 確認するように、ヨアヒムが告げる。全員の顔を見回し確認すると、ぐ、と扉にかけた手に力を入れた。

 玉座に、男が座っている。謁見室に入って来た勇者パーティを睥睨し、ゆったりとした動作で立ち上がった。そのタイミングで、クリスピンが魔法攻撃を仕掛ける。けれどいとも簡単に、手のひと振りで散らされる。たが、すでにアンドレイが剣で切り込んでいた。

 それもまた、展開された結界であっさりと防がれるが、術式が完成したクリスピンが再度攻撃を仕掛ける。緊迫した状況に見えるが、玉座近くに控えている魔族は誰も動かない。ただ静かに、成り行きを見守っていた。

 それに、クリスピンが苛立つ。

「ヴィン! おまえも見てないで攻撃しろ!」
「なんで?」
「は?」
「まさか、おまえ裏切ったのか!」

 直前の会話を思い出し、その結論に到ったらしく、クリスピンが声を荒げる。魔族を警戒しつつも、パーティメンバーの意識がヴィンに向けられた。

「人聞きの悪いこと言わないでくれる? 僕は君たちの仲間になんてなってない」
「何」
「同行したいとは言ったけど、魔王討伐に付き合うとも、手伝うとも言ってない」
「さっき、魔王を討つ気があるって言っただろ!」
「それは、嘘じゃない」

 ヴィンは駆け出して、ヨアヒムに近づく。ふわりと、目深にかぶっていたフードが落ち、視界が明るくなった。

「これ、貸して」
「な、」

 ヨアヒムの脇をすり抜けるときに、手に持っていた剣をヴィンは奪い取る。魔王と対峙しているのに、油断しすぎだ。警戒されていたところで、奪い取れる自信はあるけれど。

 クリスピンたちの攻防は無視し、ヴィンは通り過ぎる。奪い取った剣を振り上げ、玉座の傍らに向かって振り下ろした。
 あっさり、防がれる。残念に思う気持ちはなく、ヴィンは距離を取って表情を緩めた。

「おい! だからなんで魔王に攻撃しねぇんだよ!」
 きゃんきゃんとうるさいクリスピンに、ヴィンは呆れた眼差しを向ける。

「したじゃない」
「はあ?」
「魔王は、このひとだよ」

 ぽかんとする勇者パーティが、ひどく滑稽だった。
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