魔王の事情と贄の思惑

みぃ

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「顔も知らない魔王を討とうなど、勇者を名乗る者とその仲間たちはおかしいな」

 揶揄を隠そうともせず、アーティスが唇の端を持ち上げる。人一倍プライドの高いクリスピンが、ヴィンに向かって偉そうに指示してこともあり、羞恥を顔に滲ませすぐに険しい表情へと変えた。

「いずれ害を及ぼす魔王を討つのが、世の平和を守ることになるんだ!」

 説得力などまるでなく、白々しく響く。
 芽生え始めていた疑念が、クリスピン以外のメンバーの動揺を誘った。

「こうしておまえたちがここまで来なければ、顔を会わせることもなかったんだ。人の世の謀り、諍いに魔族は興味がない」
「本当に、ばかだよね。顔も知らない相手を、片方の、それも自分たちの利益しか考えていない愚王の話だけを聞き、それを鵜呑みにしてここまでくるとか」
「ヴィン! おまえはどっちの味方なんだ!」

 魔王に同意を示し、討伐を指示した国王を貶めたせいで、ヨアヒムが困惑の声を上げる。クリスピンに至っては、ヴィンを睨み付けていた。

「きさま、人間のくせに魔族に肩入れしてんのか」
「くだらない。種族で差別する人間の方が醜悪って気づいたら? って、無理だったね」

 憤るクリスピンを見てもヴィンは飄々とした態度を崩さず、軽く肩をすくめる。今はもう顔を隠していないのに、気づきもしない。

「血族でも平気で虐げ、捨てるんだから」
「そういうおまえは、なんで勇者に同行してんだよ」

 クリスピンとのやりとりに、アーティスが割って入る。少し懐かしむような、呆れを含んだ眼差しを向けられた。

「あなたへの嫌がらせ?」

 わずかな間の後、ふはっとアーティスが吹き出す。

「どういう、ことなんだ」

 絶対的な悪の象徴と言われる魔王の緩んだ姿に、勇者パーティの誰もが困惑し、唖然とする。魔王討伐の場であるはずが、一方的にぴりっと張り詰めた空気を漂わせるのは、勇者パーティのメンバーばかりだ。

「そうきたか」

 呟くアーティスの声に、怒りはない。淡々とした、事実を認識する響きだ。
 つまらない、とヴィンは嘆息する。もう少し動揺すればかわいげもあるのにと、思わずにはいられなかった。

「ひさしぶりだね」
 穏やかに、ヴィンはアーティスに声をかける。それを受け、真紅の瞳を緩めた。

「ああ、そうだな」
「な、に」

 戸惑いを滲ませた、ヨアヒムの声が響く。
 けれど、目的を達したヴィンにとってはもう、どうでもいい存在だった。

「ずっと、訊きたかったことがあるんだけど」
「なんだ」
「ちょ、なんでフツーに話してんの、魔王と!」
 甲高いファティの声が、会話を遮る。不愉快そうに、ヴィンは眉をひそめた。
「うるさい」
「あ、はい」

 一瞥すれば、ファティはすぐに口をつぐむ。
 けれど眼差しは、ヴィンの顔をまじまじと見つめていた。

「いやいやいや、まって、魔王討伐は?」

 すっかり空気が変わった中で、混乱したようなヨアヒムが声を上げる。話が進まない。はあ、ヴィンが嘆息した。

「させるわけがない」
「え」
「僕が愛した人だよ、他の誰かになんて殺させない。討つとしたら僕だ」

 ひと呼吸措いて、ぶほぉっと、ニルスが吹き出す。そういうことかぁと、納得したように呟くのが聞こえた。
 勇者と魔王が対峙しているのに、まったく緊迫したような空気はない。

「まさかの、盛大な痴話げんか!?」

 ヨアヒムの指摘に、ふん、とヴィンは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

「このひとが素直にならないから悪い」
「まあ、ヴィンのことは少しおいておくとして、遠路はるばるわざわざ魔族の地まで来たんだから、正しいことを教えてあげようか」

 魔王役をしていたリュディガーが、説明役を買って出る。けれどクリスピンは警戒心をあらわに、攻撃のタイミングを計っていた。

「魔族の話など信じられるか!」
「信じてほしいなんて言ってないが? 聞き流して、戯れ言だと思えばいい。相手の主張も聞かず、一方的にこちらを悪とするなんて、頭がお花畑だなぁ」
「なんだと!」
「……聞かせてくれ」
「ヨアヒム!?」

 クリスピンが目を見開き、ヨアヒムへ視線を向ける。けれど口をつぐんだまま、続く言葉を待っていた。それにリュディガーが頷く。

「まず、魔族は人が不利益なること、してないよな?」
「うそだ! 魔力の強い孤児を攫っていただろ」
「ああ、それは魔族の仕業ってことにした方が都合のいい人間の仕業だ。奴隷として働かせるために」
「うそだ! そんな証拠があるのか!」
「それこそ、こちらがやった証拠があるのか?」

 ぐ、と言葉に詰まるのがわかる。証拠を持ち得ていないのならば、どちらが本当のことを言っているのかなどわからない。けれど奴隷としているのなら調べれば、いずれわかることだ。

「そういうことだよ。だいたいなんで、魔族が人の住む地を侵略しないとなんだ?」
「それは、領土を広げるためだろう」
「なぜ?」
「支配するため」
「そんな面倒なことはしない。そんなことを考えるのは人間だけだ」

 淡々と、アーティスが否定する。それをリュディガーが補足するように、魔族の地は豊かで、自然災害もない平和な地であり、人の住む地に興味を持つ理由がないことを説明した。

「なら俺たちは」
「担ぎ上げられただけ。いいように利用されてんだよ」
「うっせぇ! それが本当だとしても、魔王を倒せば俺たちは英雄になれるんだっ」

 クリスピンがリュディガーに向かい、壁に打ち付けられる。一瞬のできごとだった。実力差がありすぎて、戦いにもならない。

「他の人たちは、そんな風に思ってないみたいだな?」
「なっ」

 苦痛に顔を歪め、慌てたようにクリスピンは仲間へと順に視線を走らせる。ファティとアンドレイはうつむき、見るからに戦意を喪失していた。

「瘴気とは人間の悪意。そこから生まれるのは意思の疎通ができない魔獣で、魔族とは異なるもの。要は、魔獣に襲われる被害は、人間の自業自得」

「う、そだ」
「なぜ嘘を言う必要が? ああ、魔族の肩を持ってるって言いたい? くだらない。信じようと信じまいと、真実は変わらない。実に都合のいいこと以外からは目を背ける人間らしいね」

 同じ人間であるヴィンが、侮蔑の眼差しを勇者パーティへと送る。

「結局、人間は自分たちの行いを棚に上げて悪を定義し、魔王を悪の象徴としている。まあ、その方が都合のいい権力者がそう仕向けているんだろうけど」

 はあ、とヴィンは軽く息を吐く。

「共通悪がいなければ、人はすぐに利を巡り戦に興じる。今の平和をありがたいとも思わない。仲良く出来ない、すぐにもっともっとと分不相応に欲深いことを願う。だから、神は審判役を用意するしかなかった」

 静かな声は、謁見室によく響く。
 誰もが、冷えた眼差しのヴィンを注視していた。

「それが魔王だ。本来の役目は調停者。実は半神で、権能を持っている。世界を滅ぼすことも可能だ。もしくは、世界の再構築。ああ、あながちこの世を滅ぼす魔王というのも間違っていないね。ただ、それは審判がくだされただけだ。もしくは、調停者である魔王が消えたら滅びの一途をたどる」
「おい、勝手に教えんな。てか、なんで知ってるんだ」

 我に返ったらしいアーティスが、焦ったような声を上げる。本当に、魔王から魔王への口伝えなのだとヴィンは知った。

「前魔王をつかまえて、訊いた」

 ぎゅ、とアーティスの眉がひそめられる。魔王の責務から解放され、自由気ままに人の地を旅しているのを思い出したようだ。少しだけ物騒な聞き方をヴィンがしたのも、その表情を見ればなんとなく察している。あと、機密事項を知った勇者パーティをどうしていいのかわからないものあるはずだ。

「大丈夫、僕を通して知ったことを、話せないように制約魔法かけといたから」
「はあ!?」
「いつの間に……」

 愕然とした眼差しが、四人から向けられる。素性もわからないヴィンに、油断しすぎだ。同じ魔術師であるクリスピンが、少しも気づけなかったのが滑稽でもある。本当はもっと実力が上の魔術師は、いるのだろうと見当がついた。

「なんでそんなめんどくさいことを」
「だって、からまれ続けるの、めんどくさいでしょ? それに、真実を口にはできなくても知ってはいる。正義を謳う人たちは、どう動くんだろうね」

 権力に屈するのならばもう、そこに正しさはない。
 正義のために立った勇者は、いなくなる。旅を共にした印象から、権力よりのクリスピン以外は葛藤するはずだ。
 
「ぱきっと心を折っておけばもう、魔王に挑もうなんて思わないだろうし。勇者の世代が変わるまでは。まあ、世代交代できるかもわからないけど。聖剣は僕の手にあるんだから」

 先ほどヨアヒムから奪った剣に、視線が集まる。今更のようにヨアヒムが愕然として、魔王を討つことしか考えていないクリスピンが激高した。

「ヨアヒムに返せっ! おまえにはただの剣でしかないだろう!」
「嫌がらせだよ。血縁上では、家族らしきひとたちへの。あなたたちがもう少し真っ当に生きてたら、聖剣を失うこともなかったって王様にちゃんと伝えてね、勇者さん」
「まさか、おまえ……」

 驚愕に目を見開くクリスピンを、ヴィンは無視する。面倒くさいの筆頭だ。

「ねぇ、結局、ヴィンが同行してたのはなんでだったの?」

 戦意などすっかり失ったファティが、世間話のように尋ねる。アンドレイも剣を手にしてはいるが、構えてはいなかった。

「ああ、バングルを持って出るのを忘れたんだ」
「バングル?」
「魔族の地と人間の地を遮る結界を、越えるための魔道具? それなしに人が魔族の地に行くには、勇者の持つ聖剣で結界を切り裂く必要があったんだ。ああ、出るのは簡単だよ。ここまで連れてきてくれた礼に、安全なところまで飛ばしてあげる」
「ちょ、ま」

 制止など無視して、魔法で勇者とその仲間たちを転移させる。うるさい者たちが消えて、ヴィンはそっと息を吐き出した。
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