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四章
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今回の騒ぎの下手人がわかったと知らせが入ったのは、水に流されたニナギを捜索し始めて一夜が明けた頃だった。
未だにニナギの安否は露としれない。事実を知っていると思われるナユタも、あれから目を覚ます様子がない。幸いにもナユタの怪我は擦り傷程度で、意識が戻らないのは原因が別にあると考えられた。しかし、この濁流の中流されたことを考えると、生きている事は奇跡に近いと思われた。
「ニナギ、生きていてくれ」
シュウは心からそう祈る。
ニナギとナユタが川にいた理由はわかっている。里の若い男が白状した。ニナギが濁流に呑まれたという報告が入って皆が捜索を始めた頃、川上から下ってくる者達があって、その中でも一番若い男の様子が変だったから、居合わせた族長が問い詰めたのだ。すると男は震えながらはき出すように言った。
「外れ者を落としてやったら、ニナギも後を追って……」
悄然と肩を落とす姿を見ても、シュウの怒りは収まらなかった。ニナギの性格をよく知っていたら、仲の良いナユタを助けるために、後を追って飛び込むことぐらい、簡単に想像できただろうと。しかし、叱責することはできなかった。なぜなら、ニナギの手を握っていたあのとき、不意に地面が大きく揺れた衝撃で、手を離してしまったのは、紛れもなく自分だからだ。
あの後、呆然としているシュウの肩を叩いて、お前に責任はないと族長は言ってくれたが、それだけで納得できはしなかった。
心から生きていてくれと願うのには、罪の意識がないと言ったら嘘になる。しかし何より、ずっと一緒に過ごしてきた弟のような存在が、傍らから居なくなってしまうことに、強い恐怖を感じた。
ニナギが居なくなってから一日経った夜のこと。辺りも暗くなり、今日の捜索はいったん打ち切られた。暗い中探しても、二次被害が出てしまう恐れがあると、巫女と族長が判断したためだ。
シュウは族長と巫女の居る巫女社へと向かう。見張っていなければ、夜も引き続きニナギを探そうとするシュウのことを気にして、族長が呼び寄せたのだ。
小さな部屋に通されると、巫女が握り飯を差し出した。
「食うておけ。空腹で倒れられてはニナギも悲しむじゃろう」
巫女の言葉は優しかった。罪悪感を抱えたシュウの心を壊すまいとしている事がよくわかる。気遣われているという事実が、シュウには重くのしかかった。
「すみません。俺もまだまだですね」
「ふん、わしに比べればまだまだ青菜でしかないわ」
このまま冷静さを欠いたままでは見つけられるものも見つけられない。
シュウは心遣いに感謝しつつ、ゆっくりと息を吐きだした。ここまで来てやっと肩に力が入りすぎていたことを自覚する。本当にまだまだだ。
もらった握り飯を食べ始めたシュウを見て、ユハと巫女も顔を見合わせてほっと一息吐く。実際シュウの様子は鬼気迫るものがあった。このままではいずれどこかで限界が来ることもわかっていた。
なんとか平生を取り戻したようで、二人も安心する。
「その様子では、ニナギはまだ見つかっていないようだ」
一息吐いたところで話し始めたのはユハだ。多分、今一番飛び出していきたいのはこの人だと、シュウは思う。十年前に妻を亡くし、同じような状況で、息子が行方知れずになっている。冷静さを装ってはいるものの、太ももの上で握られた拳が、ユハの隠された激情を如実に物語っていた。
「ユハ……」
気遣うように巫女がユハに視線を向ける。かける言葉もないとはこのことだろう。長としての責務と、父親としての情の間で揺れている。
「だが、里の状況を見れば、これ以上今の状態を続かせるわけにはきません」
きっぱりと言うユハの表情は硬い。
「巫女様、閉じの儀式を急ぎましょう」
多分これが本題だ。シュウは気を引き締める。
頑なに本心を見せまいとするユハに巫女は嘆息していった。
「そうじゃな。ニナギのことは気になるが、その状況を続かせて、里がさらなる被害に見舞われるのを黙ってみているわけにはいかん。許せユハ」
「生きていることを願っています。しかし元より、あの子も族長の息子。わかってくれるはずです」
「そうか」
諦めたようにそう言った巫女は、次にシュウの方を向いた。
「本来閉じの儀式で舞手を務めるのはニナギであった。しかし、肝心のニナギは濁流に流され行方知れず。もしニナギが儀式までに見つからなかったその時は、シュウ、そなたがその役目を負ってはくれんか」
「確かに去年までその役をしていたのは俺ですが……」
巫女も多分このようなことを言いたくはないのだろう。里の子供達を自分の子のように、孫のように見守ってきたこの人が、ここまで言うのはそれだけ、里事態が切羽詰まった状態にあるからに他ならない。
しかし、舞手に決まったときのニナギの嬉しそうな表情が思い出されて、決断はできなかった。舞手になることを目標にずっと頑張ってきたニナギは、今年、十五になり、その大役を任されることが決定して本当に嬉しそうだったのだ。稽古もいつも以上に熱が入っていた。
それを知っているからこそ、この状況が歯がゆい。
「ニナギが、そう簡単に居なくなるはずはありません」
「わしもそう信じておる」
「なら……!」
「じゃが、どうにもならないと時というのは往々にして存在するのもまた事実じゃ。許してくれ」
苦渋の決断。それはとても残酷だ。
「儀式はいつ」
「今ユハと話し合っておった。……五日後じゃ」
「はい」
重い首を縦に振って改めて、ニナギは自分が見つけ出すと心に誓った。
未だにニナギの安否は露としれない。事実を知っていると思われるナユタも、あれから目を覚ます様子がない。幸いにもナユタの怪我は擦り傷程度で、意識が戻らないのは原因が別にあると考えられた。しかし、この濁流の中流されたことを考えると、生きている事は奇跡に近いと思われた。
「ニナギ、生きていてくれ」
シュウは心からそう祈る。
ニナギとナユタが川にいた理由はわかっている。里の若い男が白状した。ニナギが濁流に呑まれたという報告が入って皆が捜索を始めた頃、川上から下ってくる者達があって、その中でも一番若い男の様子が変だったから、居合わせた族長が問い詰めたのだ。すると男は震えながらはき出すように言った。
「外れ者を落としてやったら、ニナギも後を追って……」
悄然と肩を落とす姿を見ても、シュウの怒りは収まらなかった。ニナギの性格をよく知っていたら、仲の良いナユタを助けるために、後を追って飛び込むことぐらい、簡単に想像できただろうと。しかし、叱責することはできなかった。なぜなら、ニナギの手を握っていたあのとき、不意に地面が大きく揺れた衝撃で、手を離してしまったのは、紛れもなく自分だからだ。
あの後、呆然としているシュウの肩を叩いて、お前に責任はないと族長は言ってくれたが、それだけで納得できはしなかった。
心から生きていてくれと願うのには、罪の意識がないと言ったら嘘になる。しかし何より、ずっと一緒に過ごしてきた弟のような存在が、傍らから居なくなってしまうことに、強い恐怖を感じた。
ニナギが居なくなってから一日経った夜のこと。辺りも暗くなり、今日の捜索はいったん打ち切られた。暗い中探しても、二次被害が出てしまう恐れがあると、巫女と族長が判断したためだ。
シュウは族長と巫女の居る巫女社へと向かう。見張っていなければ、夜も引き続きニナギを探そうとするシュウのことを気にして、族長が呼び寄せたのだ。
小さな部屋に通されると、巫女が握り飯を差し出した。
「食うておけ。空腹で倒れられてはニナギも悲しむじゃろう」
巫女の言葉は優しかった。罪悪感を抱えたシュウの心を壊すまいとしている事がよくわかる。気遣われているという事実が、シュウには重くのしかかった。
「すみません。俺もまだまだですね」
「ふん、わしに比べればまだまだ青菜でしかないわ」
このまま冷静さを欠いたままでは見つけられるものも見つけられない。
シュウは心遣いに感謝しつつ、ゆっくりと息を吐きだした。ここまで来てやっと肩に力が入りすぎていたことを自覚する。本当にまだまだだ。
もらった握り飯を食べ始めたシュウを見て、ユハと巫女も顔を見合わせてほっと一息吐く。実際シュウの様子は鬼気迫るものがあった。このままではいずれどこかで限界が来ることもわかっていた。
なんとか平生を取り戻したようで、二人も安心する。
「その様子では、ニナギはまだ見つかっていないようだ」
一息吐いたところで話し始めたのはユハだ。多分、今一番飛び出していきたいのはこの人だと、シュウは思う。十年前に妻を亡くし、同じような状況で、息子が行方知れずになっている。冷静さを装ってはいるものの、太ももの上で握られた拳が、ユハの隠された激情を如実に物語っていた。
「ユハ……」
気遣うように巫女がユハに視線を向ける。かける言葉もないとはこのことだろう。長としての責務と、父親としての情の間で揺れている。
「だが、里の状況を見れば、これ以上今の状態を続かせるわけにはきません」
きっぱりと言うユハの表情は硬い。
「巫女様、閉じの儀式を急ぎましょう」
多分これが本題だ。シュウは気を引き締める。
頑なに本心を見せまいとするユハに巫女は嘆息していった。
「そうじゃな。ニナギのことは気になるが、その状況を続かせて、里がさらなる被害に見舞われるのを黙ってみているわけにはいかん。許せユハ」
「生きていることを願っています。しかし元より、あの子も族長の息子。わかってくれるはずです」
「そうか」
諦めたようにそう言った巫女は、次にシュウの方を向いた。
「本来閉じの儀式で舞手を務めるのはニナギであった。しかし、肝心のニナギは濁流に流され行方知れず。もしニナギが儀式までに見つからなかったその時は、シュウ、そなたがその役目を負ってはくれんか」
「確かに去年までその役をしていたのは俺ですが……」
巫女も多分このようなことを言いたくはないのだろう。里の子供達を自分の子のように、孫のように見守ってきたこの人が、ここまで言うのはそれだけ、里事態が切羽詰まった状態にあるからに他ならない。
しかし、舞手に決まったときのニナギの嬉しそうな表情が思い出されて、決断はできなかった。舞手になることを目標にずっと頑張ってきたニナギは、今年、十五になり、その大役を任されることが決定して本当に嬉しそうだったのだ。稽古もいつも以上に熱が入っていた。
それを知っているからこそ、この状況が歯がゆい。
「ニナギが、そう簡単に居なくなるはずはありません」
「わしもそう信じておる」
「なら……!」
「じゃが、どうにもならないと時というのは往々にして存在するのもまた事実じゃ。許してくれ」
苦渋の決断。それはとても残酷だ。
「儀式はいつ」
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「はい」
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