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第5章 聖女として……
第五十二話 過去の回想。思わぬ助け
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ーーーあの日。ちょうど今から三ヶ月前。自分達は地獄を見た。
活気溢れる町並み。
海が近かったからか、港には多くの商船や漁船が停留しており、毎日市場が開かれている場所でもあった。
その日は珍しく、魔物討伐の帰りに王城までいつもなら寄り道することはないのに、その町に勇者と賢者は立ち寄った。
偶には休養をとったら良い、と王の許可があったのがきっかけである。
ガヤガヤと人が溢れる市場にて、勇者と賢者は散策していた。
「おい。そこの兄ちゃん‼この魚はどうだい?さっき取れたばっかりだ。美味しいぞ?」
「へい、いらっしゃい‼いらっしゃい‼揚げたての魚焼きができてるよ‼」
「珍しい商品があるよ~‼見てって損はさせねぇ‼さぁ、買った買った‼」
港近くで開かれている市場、いやここではバザールと言われているらしいのだが、噂に聞く通り賑やかである。
行く人行く人がオシャレな服装をしており、さながら王都のようであった。
「いいな。この町は」
「えぇ、そうですね。賑わいも活気もあり、何より人々が皆笑っている」
人混みをすり抜けながら、勇者と賢者はある屋台に寄った。このバザールの中でも有名な所である。
「へい、いらっしゃい!何がよろしいですか?イカの串焼きも蒲焼きもありますぜ?」
店主は火加減を見ながら、目の前に寄った客である二人に注文を聞いた。
塩とハーブで味付けされたイカや魚がじゅうじゅう音をたてる。魚の油が火元に垂れる際にジュッと鳴り、さらに香ばしい匂いが二人の鼻腔をくすぐった。美味そうだ。
「おじさん。イカの串焼きを二本ください。君も一本ずつでいいかい?まだ欲しいなら注文すればいいよ」
「いや、まだ屋台はある。まずは一本で」
勇者と賢者が注文すると、店の主人は元気豪快に笑った。
「あいよ‼お二人さん旅行かい?」
「えぇ、まぁ。今から王都に帰る予定ですが」
「はっはっはっ。それなら、帰る前に存分に楽しんで行ってくれや‼いいぞ?この町は」
「あぁ。本当に豊かな所だ。治安もいい」
店主は豪快に笑いながら、仕上げとばかりに秘伝のタレをサッとイカにかけると、賢者に渡した。代金を払う。
「この町の外れにな、広場がある。そこからは海が一望できるからなぁ。そこで食べるといい。いい思い出にもなるだろ」
「はい。ありがとうございます」
店主の笑顔に連れられて、賢者は軽く吹き出しながらお礼を言った。
広場に行くと確かに店主が言った通り、そこはいい眺めだった。
バザールから少し離れたそこは、人混みもそこまで多くなく、子供がきゃいきゃいと走って遊んでいた。
「綺麗な海ですね…………」
景色を見ながら、二人は座れそうな所に腰を置き、美味しい食事と美しい景色を堪能した。
「そうだな。本当にいい所だ」
「王には感謝しなければなりません。こんな良い休日が得られたのですから…………」
楽しそうに走り回る子供達の姿を眺めながら、賢者は心からそう声に出した。
つかの間かもしれない。そうかもしれないけど、平和であった。
目の前で転んだ小さな女の子。彼女はうわぁっと泣くが、勇者が途中で買った綺麗な物を目の前に差し出すとふわりと花が咲くように笑顔になった。
さっきまで泣いていた様子は欠片もない。
「ありがとう‼」と言って、友達の方に駆けて行く女の子。
勇者は彼女をそっと見送った。
「君にそんな一面があるとはね。意外ですね」
半ばからかい半分に言う賢者に、勇者は目元を赤くしながら「うるさい………」と呟いた。
ふいっと顔を背ける。
明らかに照れている。無表情ながらもそれはまるわかりであった。
吹き出す賢者に勇者はむっとした視線を送った。謝る賢者。
ごく普通の何気ない日常の一ページ。
しかし、そのページは一瞬にして破かれた。………魔物の発生によって。
パキンッと空が割れたような音。そこから瞬く間に広がる瘴気の渦。何体もの魔物が形を作っていき、近くの物や建物を破壊していった。……そう、人々も。
グルァァァァァァァアア…………‼
そこからはあっと言う間であった。思いもよらない魔物の発生。パニックになり、逃げ惑う人々。
突然の事だったが勇者と賢者は臨戦態勢をとった。《世界の言葉》を行使し、何度も魔物共に斬りつける。…………しかし、それは絶望の幕開けでしかなかった。
魔物の進化。瘴気を取り込み、仲間の魔物の仇と憎悪を膨らました自我の僅かにある魔物のみなせる形。
それは人々にとっては歪で。脅威で。絶望の対象。
勇者と賢者が命を削りながらその魔物を倒した後に残ったのは………。
……それは、周りの瓦礫の山であった。あれほどいた人々は誰一人として姿が見えなかった。子供達も、バザールも、あのにかっとした笑顔の店主もどうなったかわからないくらい…………。
残ったのは瓦礫とたくさんの瘴気。
あれほど空に輝いていた太陽は瘴気のせいで全く見えなかった。闇夜のような光景が広がる。
悔しさ。
怒り。
無常。
絶望。
どれとも取れない感情が二人の心を打ちのめしていた。言葉にはできないほどの苦い思いが二人の胸の内にこみ上げていた。
賢者が風魔法を使ってまだ残る瘴気を散らした。
様変わりしたその町から闇が散り、変わらない太陽の光がさんさんと降り注ぐ。
それはあっと言う間に起きた出来事。夢なのかと今でも思う。…………いや、思いたかった。
カランと何処かで瓦礫が転がる音がするのを、二人は黙って聞いていた。
………隣町の騎士団が到着した時はもう事は全て終わっていたのだった。ーーー
◆
……そう。あの時。確かに自分達は決意したのだ。
もう、繰り返さない。あのような事はもう二度と、と。
そのためにこの三ヶ月間、でき得る限りの事はしてきた。
《世界の言葉》もレパートリーを増やし、数々の練習を重ねた。
限界まで何度も繰り返したからか、存在値も増えたと今では実感できるほどである。
その際、命の危険があるからと言って投げ出すわけにはいかなかった。死んだらだめなので、倒れないくらいには手加減してやっていたが…………。
アデレード、いや王と協力して聖女を探し出したのもその一環である。
………彼女を見つけた時は歓喜のあまり、悪い事をしてしまった。今でも時折罪悪感を感じる事もある。
しかし、結菜はあの町で見た少女のように、真っ直ぐな花のような笑顔で笑って許してくれた。……本当に、本当に良かった。
闇の中、ゴウゴウと轟く真っ黒な風。嵐のような風は中にいる人間を毒していこうと纏わりついてくる。草も枯れ果てた死の世界がそこにあった。
その中を星のような輝きをその身に纏わせながら、勇者と賢者はたった二人で魔物に立ち向かっていた。
彼らは《世界の魔法》で伝説の聖魔法《瘴気汚染軽減》を再現している。
存在値はかなり削られるがこの際仕方がなかった。ここで倒れるわけにはいかない。
「……大丈夫か?お前もキツイ、だろう。下がっていろ。しばらくなら、俺一人でもなんとかなる」
「何が一人でもなんとかなる、ですか‼君もキツイのはお互い様でしょう⁉……まだ大丈夫ですよ。それよりも早くあいつを倒さなくては」
ギリッと唇を噛み締め、賢者は未だ雄叫びを上げて威嚇してくる魔物に戦闘態勢をとった。
勇者も「あぁ。そうだな……」と続く。
あの町とは違って、この辺境では人があまりいない所で魔物が発生したのは不幸中の幸いであった。
もし、あの町のように村や外壁の中の町中で発生していたらと今でもゾッとする。
勇者は魔物が距離を取ったのを見計らい、《世界の言葉》を展開した。
「/:hT:4 ー付与ー」
剣にエンチャントを施す。剣の周りが蒼白く輝き、揺らめいた。向こうの景色が揺らめいて見える。
グオオオォォォォォオオオ……………‼
魔物は姿勢を低くとり、迎撃しようと体当たりを仕掛ける。単純だが、鋭い攻撃。
勇者は軸足を変えながら、その攻撃を流す。
「A"p4-iG: ー風を纏い、切断ー」
突撃してくる魔物の体躯を紙一重で避けながら、飛んで剣戟を首筋に叩き込む。
エンチャントを纏った風の斬撃が魔物の首筋を捉えた。
賢者も大魔法を使って、援護攻撃をした。
光の舞のように輝く攻撃は息を飲むほど綺麗で。勇者と賢者の強さがありありと実感できるものであった。
勇者の攻撃により、首元がぱっくり割れた魔物。その断面は闇より黒く染まっていて、血の代わりに瘴気が噴出していた。
決定的な損傷。…………だったはずだった。
ズズッ………………………
「くそっ‼本当に切りがない‼」
みるみる傷口が元に戻って行く。魔物にとっての回復の材料、瘴気がありすぎるのだ。
「これは、厄介ですね…………」
勇者と賢者は舌打ちし、態勢を立て直すため後方に飛び下がる。
二人共限界はかなり近かった。
度重なる存在値の消耗や魔力の消費。それはジリジリと彼らを死の縁へと追い詰めていく。魔物の攻撃によるものではないが、彼らは若干息苦しさを覚え始めていた。
ぎりぎりの状態である。それは、動くことで意識を持たせるのがやっとであった。
あたりを見渡すといつの間にか瘴気が立ち込めており、夜中のような暗さとなっていた。
黒い霧で遠くはまるで見えない。
「この瘴気の量、あの町の時よりも多いな…………」
「えぇ。《瘴気汚染軽減》をかけといて正解でしたね。いくら瘴気に耐性があったとしてもこれは汚染を免れないでしょうし…………」
カチャリと剣がなる。それは彼らの不安を表すかのようだった。
「でも、私達があれを倒さなくては」
「もう、これ以上犠牲など見たくないからな」
「えぇ」
「だが、この瘴気どうする?このままだとジリ貧だ」
勇者の言う通りであった。ドーム状に展開された瘴気の渦巻くこの中では、魔物は再生し放題なのである。
今にも倒れそうな満身創痍の勇者と賢者。そして、彼らに傷付けられながらも瘴気を取り込み、回復していく魔物。
形勢はかなり悪い。
勇者と賢者がギリッと手の平を握りしめたその時だった。
「お~い‼賢者さ~ん‼勇者さ~ん‼」
ここ数日ずっと側で聞いてきた少女の声。姿は見えないが、自分達を呼んでいる声が何処からか聞こえてくる。
勇者と賢者は急いであたりを見渡した。
次第に声は大きくなり、黒い霧の向こうから、温かい優しい光を纏った騎士団のメンバー達と少女。いつもロンと呼んでいた従魔の背に乗った結菜の姿が現れた。
「お待たせ‼助けに来たよ」
この緊迫した暗い空気の中でふわりといつも通り笑う彼女の笑顔。
「瘴気がなんか変なことになってるって気がついたからさ。ちょっと心配で…………。その、大丈夫?怪我はない?」
おずおずと自分達の顔を見てくる結菜に、勇者と賢者は張り詰めていた心が解かれていくのを感じた。結菜がヒールを賢者と勇者にかける。ふんわりとした柔らかい光が彼らの身体を包んだ。
「大丈夫です。もう大丈夫ですよ」
賢者がくしゃくしゃと結菜の髪を撫でる。「わっ‼」と目を閉じながらその手をじっと受け入れる結菜に、勇者と賢者はくりゃりと顔を歪めた。
(……………………本当にこの子は…………)
二人の胸の中に温かな気持ちがこみ上げてくる。それはヒールのもたらすものなのか。それとも結菜自身の存在が、優しさが与えてくれたものなのか。
和む心でそれをうけいれながらも少しばかり、心の奥底でくすぐったく思う勇者と賢者であった。
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