異世界転移した町民Aは普通の生活を所望します!!

コスモクイーンハート

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第7章 王家主催のパーティー

第七十三話 魔術師長、執務室へ赴く

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 夜の帳が下り、涼やかな風が開け放たれた窓から吹き込んでくる。
 魔術師長はによによ笑いを浮かべ、昼間の衝撃的な光景を頭に思い描きながら、パラリと手元の魔導書のページを一ページ捲った。
「これでもありませんね…………」
 ここは魔術師塔の書庫。山のように魔導書やその他諸々の本が蔵書されている王宮きっての魔導書専用図書室である。まぁ、王宮にはもう一つ書庫があるのだが、それと比べても魔法関連の書庫としてはここは国一番の所であろう。
 そんな中、魔術師長は深く被ったローブのフードが脱げるのも構わず考え事に没頭していた。
 ここで今日今までずっと探っていた聖女である結菜に会うことができた。
 そもそも事の始まり。以前国内の高難易度ダンジョンの崩壊の件を興味本位で調べてみたことが彼女の存在を知る切っ掛けだ。
 それから数日後に魔術師塔にやってきた彼女が魔力と魔法属性の測定に来た帰りに彼女の使う魔法見たさでこの魔術師団に勧誘したのだが……。
 そして今日ようやく、ようやく念願の彼女の実力を自分の目で見ることができたのである。その喜びは計り知れないものであった。
「う~ん。ユーナ様のあの魔法の使い方、何処かで読んだ気がするのですがねぇ」
 思い違いだろうか。
 あの魔法の多属性連射攻撃。高難易度の魔法技術である。何度思い返してみても、最近魔法を使えるようになった者が使える様な技ではない。彼女が魔法初心者だというのは、この前初めて測定をしたというだけでも明らかであろう。
 しかし、初心者と言うにはいささか魔法の出来が良すぎる。やっぱり聖女であることが関係しているのだろうか。結菜の魔法は確かに素晴らしい程の出来具合である。だが、その始めた時からの月日があまりにも経っていなさすぎる。要するにアンバランスなのだ。彼女は。
 何処かの本で読んだ気がする。聖女となる者はそもそも魔法への適性が異常に高いと。それは古の聖女の時もそうであったとも言われている。聖女となるのは決まって黒髪黒目の者だ。それがなぜなのかは定かではないが、それだけは確かなこと。結菜もまた魔法への適性は抜群のものであった。
 今日結菜の使った『魔法のテクニック』ももちろん魔術師長の知りたいことの一つではあったが、あの結菜の存在も気になる所の一つでもある。その手掛かりとなる様な本を自分は何処かの本で見たことがある気がするのだ。
 しかし、その本がどの本であったかが靄がかかったみたいに思い出せない。たぶんちらりと目について軽く読み流したのだろう。しかし、それにしても何か大切なことが書かれていたと思うのだが……。
 物思いに耽っている時ほど集中力は続かないものである。いくら読み直しても目当てのものが見つからず、溜め息をつきながらパタンッと魔術師長は魔導書を閉じた。
「とりあえず何だかんだ言っても、今日は実りの多い日でしたね。類稀なるあの魔術捌きは感激ものでした。初心者ながらも彼女の魔法への素質はやはり素晴らしいもののようですし……。やっぱり欲しいですねぇ、うちの団に」
 再び口元に笑みを浮かべながら、魔術師長はいそいそと机の上に積み上げられた魔導書を本棚に戻していく。
 一時は彼女は聖女だから、と諦めの念もあった。しかし、直に彼女の織り成す魔法の数々を短時間と言えども見てやはり諦めきれない!と思ってしまったのだ。まぁ、フィーナに止められたが………。しかし。
「ふふっ。もう一度勧誘してみましょうか。それで入ってくれたら万々歳ですけどね。まぁ、フィーナ姫の時は入団まで長い時間かかりましたし、長い目で見ましょうか…………」
 思い出し笑いを軽く一つ。「懐かしいですねぇ」と呟きながらも、どうやって結菜を魔術師団に勧誘しようかとわくわくする魔術師長であった。
 陽気な鼻歌が静かな書庫に微かに響く。
「……?」
 誰かが書庫に入ってくる気配がして、魔術師長はゆっくりと背後を振り返った。
 こんな夜更けにここに来る者はあまりいないはずだが………、いったい誰だろうか。
「おやおや。君はアデレード様の所の………」
「夜遅くにすいません、魔術師長様。アデレード様がお呼びです」
 事務的に伝えるその声。開いたドアから入って来たのは国王アデレードの侍従の一人であった。
 相変わらず落ち着いた雰囲気をしている。きちんと身だしなみが整えられ、髪は襟足の所で切りそろえられている。金の刺繍の入った王の侍従の制服が特徴的だ。
「アデレード様が?」
「はい」
「これまた急ですねぇ。……ま、用事もそれと言ってないですし…………。わかりました。すぐに行きますよ」
 本を戻す手を速める魔術師長。侍従はそんな彼をそっとして待っていたが、よたよたふらふらと歩く魔術師長に侍従は一抹の不安を覚えた。
 予感的中。バサバサッと腕いっぱいに抱えた魔導書が落ちて慌てふためく魔術師長を見かねて、さっと手を差し伸べる。
「あ、助かったよ。すまないね」
「いえ」
 サッサッと魔導書を指定位置に戻していく侍従に「参ったなぁ~」、と頭を掻く魔術師長。
 実際、魔術師長が戻す時よりも迅速かつ速やかであった。いつも国王の側で事務作業の手伝いをしたり、書類や資料の本を収めたりするのも仕事である彼にとっては苦もないことには違いないことなのだが………。
 いつも使っている書庫で自分よりも速く本を元の位置に戻すとは。流石の一言に尽きる。
「気にしないでください。慣れてますから」
「ふぅ………。流石ですねぇ」
 あっという間に片付けの終わった侍従は、感心からか息をつく魔術師長を王の執務室へと促した。
 それにしても自分が最初の方に片付けが手間取ってしまったからかずいぶん時間が経ってしまったようである。そのことがずいぶん短くなってしまった燭台の蝋燭からも伺えた。
「【火よーーー消えなさい】」
 すっと手を振ると書庫全体の蝋燭の灯火が消えた。消灯よし。大きな書庫の扉をゆっくりと閉じると、魔術師長は侍従の案内に従って、日が暮れて薄暗くなってはいるものの多くの魔術師達がいる魔術師塔を後にした。
 王の執務室の執務室につくと侍従が静かに告げた。久々に目にする巨大な木製の扉は書庫の扉の大きさを見慣れている魔術師長からしても随分と風格があるように感じられた。流石は、と言ったところであろうか。彫刻の如く細かい意匠の凝らされた様は将にかの方に相応しい。
「ーーーこちらへ」
 人払いがされた執務室前の空間に侍従の促しがやけに響く。人払いとは何とも厳重な、と魔術師長は若干の違和感と共に室内へと足を踏み入れた。
 



 
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感想 68

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みんなの感想(68件)

michiko
2019.12.07 michiko

今回も楽しかった!!

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michiko
2019.12.07 michiko

待ってま〜す

解除
michiko
2019.12.07 michiko

投稿プリーズ!

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