吸血鬼の美味しいごはん

水鳥ざくろ

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たどり着いた喫茶店

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 カラン、とドアにぶら下がっていたベルが鳴る。その音に反応したのか、店内の奥に立っていた一人の男性がくるりと振り返った。

「いらっしゃいませ!」

 男性は人の良さそうな笑顔をヒカルに向ける。落ち着いた雰囲気の男性は、黒いエプロンとズボン、白いシャツを身に着けていて、見ただけでこの喫茶店で働いている人物なのだと理解することが出来た。

「お好きな席にどうぞ!」
「あ、はい……」

 ヒカルは何となく、カウンター席の一番端に腰掛けた。ヒカル以外の客は店内に居ない。貸し切り状態のどこか気まずい空気を背負い、ヒカルはきょろきょろと店内を見渡した。
 カウンターの奥の壁にはハガキほどの大きさの赤い薔薇の絵が、茶色いフレームに入れられて飾られている。照明はほど良く明るいといった感じで、オレンジ色のフィルターがかけられているようなぬくもりを感じられた。
 テーブルはちらりと見た感じ十台は並んでいる。それぞれに椅子が二脚並べられているので、満席の時はがやがやと混み合うのだろうな、とヒカルは想像した。

「ご注文はお決まりですか?」
「……っ!」

 エプロン姿の男性に顔を覗き込まれて、ヒカルはびくりと肩を震わせた。そして、男性の容姿を見て目を見開く。
 入店した時は気が付かなかったが、男性の髪は美しい銀色だった。染めているような色には見えない。後ろで髪を結んでいるから、それを解くと肩につくくらい長い髪なのだろうと思った。前髪をすっと右に流しているので、片目が少しだけ隠れている。その目の色は、透き通った黄色だった。人間離れした美貌を前に、思わず固まってしまったヒカルを見て、その男性は苦笑する。

「……無駄に目立っちゃう見た目ですみません」

 頬を掻く男性の言葉にはっとして、ヒカルは頭を下げた。

「いえ、じろじろ見てしまってすみません……すごく、お綺麗だから、つい……」
「ふふっ。綺麗だなんて、嬉しいな」

 男性は微笑みながら、そっとヒカルにメニューが書かれた冊子を手渡した。

「今、おススメなのはパンプキン・パンケーキです。それから、オムライスも自信作で、良く皆さん注文してくれるんですよ! それから……」
「あ、あの……」

 ヒカルは男性の言葉を申し訳なく思いながら遮った。

「コーヒーだけの注文は出来ますか?」
「あ、はい! もちろん出来ますよ! すみません、飛び入りでお夕飯を注文されるお客さんもおられるんので、つい」
「夕飯……」

 ヒカルは壁に掛けられた時計を見る。もう夜の十時を回っていた。

「え? もうこんな時間……! すみません! 閉店時間って何時ですか?」

 慌てて立ち上がろうとするヒカルを、男性は「まあまあ」と落ち着かせるように宥めた。

「この店は夜遅くまでやっているので、大丈夫ですよ」
「でも……」
「店長がね、夜行性なんですよ。ですから閉店時間は店長の気分次第なんです」
「店長さんの気分次第……」
「そうです。ま、その店長って言うのが、私なんですけどね」
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