見習い騎士の節約レシピ

水鳥ざくろ

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王子様と豆腐ハンバーグ

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「カエデ!」
「ひぃ!」
 
 教官の声がカエデに刺さる。
 
「どういうことだ!? 報告を怠るなと最初に言っただろう!?」
「す、すみません!」
 
 カエデは咄嗟に謝罪した。だが、報告は不審者を見つけた場合の話だ。どうも納得がいかない……それに、目の前で呑気にドライヤーで髪を乾かす男はやはり、自分が会いたくて仕方がなかった王子なのだと、カエデの脳は混乱してぐるぐると回っていた。
 
「なんだ、お前は守衛ではないのか」
 
 かち、とドライヤーのスイッチを切りながら王子は言う。その声を聞いた教官は、慌てた様子でカエデの頭を押さえながら、自分も頭を下げた。
 
「王子様! ご無礼をお許し下さい!」
「無礼? なんのことだ?」
「この者が、とんだ失礼を……」
「まぁ、待て」
 
 王子は立ち上がり、カエデの目を見ながら口を開く。
 
「そなたは私が王子であると知っていたのか?」
「……いえ、知りませんでした」
 
 嘘ではない。そうかもしれないと思っていたが確信はなかった。だから、嘘ではない、とカエデは自分に言い聞かせた。
 カエデの言葉に、王子は頷く。
 
「そうだろう。私の顔を知る者は限られているからな」
 
 この国には王子はふたり存在する。
 第一王子のウィルと第二王子のフラーだ。まだ国王が健在のため、王子たちは表立って重要な任務を与えられることは無い。だが、それは大義名分で、本当の目的は派閥争いを避けるためだ。
 現に、次の国王にウィルを推薦する者、フラーを推す者が城内で静かに火花を散らしている。国王は争いを起こさぬよう、王子たちを国民や国外の者たちから隠した。多くの支援を得た王子の方が、どうしても立場がよくなってしまう。次の代を継ぐ者は贔屓されることなく平等に決めたい、という国王の心からの願いからのことだ。
 国民、国外の者に正式に姿を披露するのは、正式に後継者が決まってからのことになる。
 教官ほどのクラスになれば、王子の顔をしっかりと知っているんだな、とカエデは少し羨ましくなった。
 
「教官……騎士か」
「はい! ウィル王子様! 私がこの者を指導しております!」
 
 王子……ウィルは息を吐く。
 
「堅苦しいのは嫌いだ。楽にしろ」
「はっ! 恐れ入ります!」
 
 教官はカエデの頭から手を離し、両手を背中に回した。
 ウィルはどこか気まずそうに視線を教官から逸らす。
 
「実はな、今日は……忍びで街に出たのだ」
「な、なんと!」
「こっそり戻って来たのだが、途中で雨に遭ってな。そこで……偶然、そう、偶然この小屋を見つけて助けを求めたというわけだ」
「王子様! お忍びでとはどういうことですか!?」
「それは言えぬな。重要な……任務なのだ」
「任務……」
 
 ごくり、と教官が唾を飲み込む音をカエデは聞いた。
 
「……私に出来ることはございますでしょうか?」
「そうだな……着替え。着替えが欲しい。こっそり持って来てくれ。迎えの者はいらないから、お前ひとりで持ってくるのだぞ?」
「し、承知したしました……」
 
 緊張気味に教官は頷き、ちらりとカエデを見た。
 
「この者を置いて行きます。何かあれば申し付け下さい」
「ふむ。では、頼んだぞ」
「はっ! 行って参ります!」
 
 そう言って飛び出して行った教官の背中を窓から見て、ウィルは大きな欠伸をこぼした。
 
「ああ、命令するのはしんどい。まぁ、着替えが手に入りそうで、ラッキーだな」
「……王子様、あの、えっと……俺、いや、私は……」
「ウィルで良い。言っただろう? 堅苦しいのは嫌いだ。フランクにいこう」
 
 ウィルはベッドに再びベッドの上に乗る。そして胡座をかいて、傍にあったカエデの枕を両手で抱いた。
 
「ここは落ち着くな。ちょうど良い狭さだ」
「そ、そうでしょうか?」
「カエデは、どうしてここに住んでいるのだ? 任務か?」
 
 カエデ。
 そう呼ばれて、カエデの胸はどきりと鳴った。そのことを悟られるのは恥ずかしくて、カエデは少し俯きながらウィルに言う。
 
「……任務と言いますか、配慮と言いますか……」
「配慮? 見たところ……見習いだな?」
「はい……もう、二十一歳ですけど」
「ほう、二十一歳。何? 二十一歳?」
 
 何度も年を言葉にされるのは恥ずかしい。カエデは俯く角度を深くした。
 
「遅いですよね。まだ見習いなんて……」
「いや、違う。若く見えたので……傷付けたなら謝罪しよう。すまなかった」
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