向日葵

エル

文字の大きさ
2 / 3

しおりを挟む
 始発に乗って向かうのは田舎も田舎、ど田舎の祖父母の家だ。
 少し高いけど新幹線に乗った。よっぽど気を張っていたんだろうか、妹は僕の肩に頭を預けて眠っている。

「はぁ……」

 僕の口からため息が漏れる。正直なところ、もうどうしたらいいのかわからない。

 まず家にはいられない。それは確実だ。いくら肉親のものとは言え、死体と暮らして精神が無事でいられる保証はない。
 どのくらいで異変に気づくだろうか? 宅配便とかは頼んでなかったから郵便物か。大体何日分でポストはいっぱいになるだろう? あるいは外出が一切ないことに気づく隣人もいるかもしれない。鍵は妹が閉めていたけど、いずれは通報され、両親の死は明るみになるだろう。

 このまま祖父母宅に向かうのが最善策とは限らない。むしろ悪手な気さえする。日本の警察は優秀だ……すぐに僕らの足取りを追い、祖父母の家に向かったことに気づくだろう。

 つまり僕らに残された猶予は両親の死がバレるまでの時間。およそ一週間……下手したらもっと短いかもしれない。その間にどこか遠くへ、絶対に見つからない場所に逃げないといけない。
 そんな場所なんてあるんだろうか? 私有地、それも山ならもしかしたらチャンスがあるかもしれない。でも僕も妹もキャンプの経験なんて皆無だ。キャンプより過酷な野宿なんて耐えられる訳がない。

 ちらりと隣の妹を見る。綺麗で純粋な寝顔だ。昨夜とは違う、妹の本来の顔。
 抱いていた怯えも恐れもいつの間にか消えていた。妹を守ってやれるのはもう僕しかいないんだ、どうしたら妹を逃がせるか? 考えることはそればかりだった。

 自分が間違ったことを考えているのはわかってる。間違った決断をして、間違った方向へ進んでいるのも。
 ただ、もう僕一人じゃどうしようもないところまで来てしまったんだ。

 閉めていたブラインドを上げる。いつの間にか車窓から見える景色は変わっていた。無機質な灰色から緑や黄色、淡い青へ。広がるヒマワリ畑は祖父母の家が近いことを示していた。

 そう言えば毎年この季節は家族全員でここに来ていたっけ。みんなしてヒマワリ畑に目を輝かして。父さんは僕ら三人を優しげに見守ってたんだ。覚えてる。覚えてるよ……。

 昨夜の行為は決して気持ちの良いものじゃなかった。半年くらい前からって言ってたっけ……わかんないよ、父さん。一体父さんは何を求めてたんだ? 漫画や動画みたいな理想を追ってたのか? 本当に自分の娘じゃないといけなかったのか? 何で母さんを殺したんだ? 結婚するほど愛していたのに、半年間殺さなかったのに……何で急に。

 死体は語る、なんて言うけどそれはその人が死体の声を『聞く』プロだからだ。僕ら素人には『死んだ』ってことしかわからない。理由も、死因も、それに至るまでの感情の動きも、何もかもわからない。悲しい現実だけが残る。
 なぁ、父さん、母さん。どうして死んだんだよ。もっと話したいことがあったのにさ。もっと行きたいとこがあったのにさ。もっと一緒に暮らしたかったのに。

「何でだよ……何で、何でだよ……」

「お兄ちゃん……?」

 いつの間にか流れていた涙は、同じくいつの間にか起きていた妹に拭われた。

「ごめんね……私のせいで」

「いや、お前のせいじゃないよ……悪いのは父さんだ。いいからまだ眠ってろ。疲れてるだろ……眠れるうちに眠っておけ」

 まくし立てるようにそう言うと、妹は大人しく従った。僕も眠ろう……眠れるうちに眠らないと。これから何が起きるか、わからないんだから。
 そう考える僕の頭は、ガンガンに冴えていた。



+++



 目的の駅に着いたので妹を揺すり起こす。起きないので仕方なく背負おうと思ったができなかったのでお姫様抱っこにする。妹のリュックは自分の右手にかけた。
 想像以上の重さにフラフラしながら新幹線を降りる。これから路線バスに乗って祖父母の家に向かう……はずだったのだが。


 駅の改札口で、祖父母が待っていた。


 妹が連絡したんだろうか? いや、妹はまだスマホを買ってもらってない。父さんか母さんかは知らないけど、うちは高校生になるまではスマホを買ってもらえないんだ。妹は今中学三年。来年の春、手にする予定だったはず。

 険しい表情の祖父が口を開く。

「とりあえず車に乗れぃ。話はそれから……」

「もうあんた。怖がってるじゃない! 悪い様にはしないからお乗り。おばあちゃん家に来るつもりだったんだろう?」

 怪しさ的にはどっちもどっちだと思うけど、ニコニコ笑う祖母も罰の悪そうな祖父も、騙そうとしている様には見えない。妹が起きてなくてよかった。もしかしたら彼らを疑い、どこか別の場所に逃げようと言い出すかもしれなかったから。
 いざとなったら僕が体を張ってでも逃がせばいい。覚悟を決めて乗り込んだ車内は、思ったより──少なくとも僕にとっては──落ち着ける場所だった。

 ある程度の経緯を説明する。祖父も祖母も、さほど驚いた様子はなかった。それどころか納得までしていた。

「だろうな。あの男はそういう奴だとは思ってはいたが……まさか娘にまで手を出すとは」

「あんたはそんなことないって言ってたでしょ! すーぐ嘘つくんだから。それにしても大変だったでしょう? こんな遠くまで……」

「大変じゃないです。僕が殺した・・・・・から。大変なのはこいつです……これから一人で生きていかなきゃいけない」

 祖父母を騙すのは気が引けたが、僕は嘘をついた。

「大丈夫よ。おばあちゃん家で暮らせばいいわ。──ちゃんも、後で来なさいね。四人で一緒に暮らしましょう」

 ──……そう呼ばれたのも随分前に感じる。実際は1日と経っていないはずなのに。最後はゲーセンの時か……思い返したくもない。あの時ああしていれば、こうしていれば。考えだすときりがない。無理やり頭から追い出して、僕はせいぜい元気に聞こえる様に返事をした。

「はい。必ず戻ります」

 その夜、両親の死体が見つかったと報道があった。
 そして僕は、殺人犯として全国で指名手配されることとなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

捨てたのはあなたです。今さら取り戻せません

めめめ
恋愛
婚約破棄?構いませんわ。 ですが国家の崩壊までは責任を負いかねます。 王立舞踏会で公開断罪された公爵令嬢セラフィーナ。 しかし王国を支えていたのは、実は彼女だった。 国庫凍結、交易停止、外交破綻——。 無能な王子が後悔する頃、彼女は隣国皇帝に迎えられる。 これは、断罪から始まる逆転溺愛劇。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

あなたが決めたことよ

アーエル
恋愛
その日は私の誕生日パーティーの三日前のことでした。 前触れもなく「婚約の話は無かったことにしよう」と言われたのです。 ‪✰他社でも公開

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

処理中です...