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2章、暗がり山の洞窟

4、ダンジョン化

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 ライドたちが寝泊まりしているという宿にまでやって来た。
 気絶したライドのことは、仲間であるマリアナが背中に担いで運んでいる。ドワーフのバルガスが「気にするな」と、並んで歩いている俺たちに声を掛けてきた。
 ――こうしてライドの奴を背負って帰るのは、よくあることだ。
 見た目の通り、酒癖がかなり悪いらしい。そういえば冒険者ギルドにいた時も、酒の入ったボトルの中身を飲んでいたな。
 部屋を一つ借り、そこに荷物をまとめて置いておく。これからのことについて話をするため、空室を一つ挟んだ場所にある、ライドたちの部屋へ向かった。



 「あっら~ん?来たわね!」

 「窮屈なところだが……二人ともその辺に座ってくつろいでいてくれ。
 ――今、お前たちの分の茶をいれている最中なんだ」



 俺とリーゼは、バルガスに言われた通り、空いている床の上に腰をおろした。
 すぐ近くにはライドが転がされている。随分と雑な扱いだ。バルガスから湯気立つコップを二人分渡される。飲んでみると、よく分からない何だか不思議な味がした。



 「そいつには、ドワーフ国産の茶葉を使っている。
 身体の中を芯から温め、病気に対する免疫力を高めてくれるのさ」

 「なるほど……薬草に近いものですか。
 ――バルガスさんは冒険者ですよね?南にあるドワーフの国から、わざわざ遠く離れたこの場所にまでやって来たんですか?」
 
 「俺たちのことは呼び捨てにしてくれても構わんさ、エドワーズ。それとドワーフの俺が、何故こんな所にいるのかっていうとだな。……国から閉め出されちまったのよ」

 「国から……閉め出された?」

 「おうよ。三年前に起きた出来事を知ってるか?『王の門前谷』前を塞いでいる、あの天の上にまで届きそうな高い石垣の山を。
 我らの王が築いたあれのお陰で、今や国全体がダンジョン化しちまっている。戻るためには『オームス山脈』を通り抜けていく必要があるが、そいつは無理だ。俺のように故郷へ帰れなくなってしまった奴は珍しくない」

 「ダンジョン化……ってなに?エドワーズ?」



 バルガスの話を聞いていたリーゼが首を傾げる。そういえば教えたことが無かったな。


 例えば、強力な個体の魔物が何処かに住み着いたとする。時間が経つと一定のエリアが領域化し、いわゆる『ダンジョン化』と呼ばれる現象が起きるのだ。
 一度でも中に入ると、転移系の手段は全て妨害されてしまう。内からも外からも。脱出するには己の足を使うしかない。更に、ある一定の範囲では特別濃い魔力溜まりが発生し、目に見える危険しか察知できなくなる。


 山、谷、沼地、平原、洞窟……それは基本、どこにでも現れる。
 ダンジョン化を解くには、辺り一帯を支配しているボスクラスの魔物を討伐するしかない。
 それにしても、国全体がダンジョン化している……ね?あっちの方では、想像以上の大変な事態が起きているらしい。



 「おっかないわね~ん!ドワーフの領域あそこには今、それだけ強大な力を持つ何かがいるってことでしょ?
 ――考えただけで……あたし怖くて、身震いしちゃうっ!!」
 


 両手で肩を抱きながら、小刻みに揺れる巨体のマリアナ。
 頼む。マジでキモいから止めてくれ。



 「ね、バルガス。ドワーフの身体って、みんなこんなに小さいの?」

 「まあな。俺ので大体、平均くらいってところだろう」

 「目は?口は?――髭の長さも同じ?」

 「個人差はあるが、どれも大して変わらんだろうさ」

 「頭のてっぺんも、みんなツルツル?」

 「それは人による」



 リーゼは、目の前のバルガスに対して質問責めだ。
 ドワーフ……鉄や鉱石の扱いに長けている長寿の種族。彼らの国には、金銀財宝の雨が降り積もる場所があるという。まさに夢物語。その辺にいる吟遊詩人が歌っていそうなお伽噺だ。



 「ウッ?たぁ~!痛ってぇ……一体何が起きたってんだ?」



 呻き声を上げながら、ライドがようやく目を覚ます。顔色が悪い。二日酔いのおっさんみたいだ。
 マリアナの拳骨に、たったの一発でノックアウトされていたからな。頭の方のダメージは、まだ完全に回復しきってはいないだろう。



 「よお、おっさん!目、覚めた?」

 「うお!?なんか急に馴れ馴れしくなったな、お前……。
 ――まぁ、別にいいけどよ。って、なんじゃこりゃー!!」



 ライドの頭にできた大きなコブ。それを触った本人は、訳も分からず驚いている様子だ。



 「ふんっ!そうなったのはあんたの自業自得でしょ?ライド」

 「てめえ、マリアナ!この頭のコブはお前のせいか!
 ――相変わらずの馬鹿力で、思いっきり殴りやがって……」

 「でもなあ、ライドよお。今回の件は、お前の方に非があると俺は思うぞ?」

 「なに?バルガスお前、マリアナこいつの肩を持つ気かよ――ッ!?」



 バルガスの指す方向を見たライドが途端に口を閉ざした。
 リーゼが、殺意満々の視線をこちらに対して向けている。押さ付けておかないと、すぐにでも手元から魔法をぶっぱなしてきそうだな。



 「ほーらリーゼ、落ち着け落ち着け。どうどうどう……」

 「お、おい坊主!お前の連れの嬢ちゃん……何者だ?
 明らかにヤバそうな雰囲気を感じるぞっ!!」
 
 「それはあんたが怒らせちゃったからでしょ~。
 最初からワケありなのは分かっていたのに。話も聞かないで、いきなり『家に帰れ!』なんて態度をとるから。そんなの誰だってああなっちゃうわよ。いい年した大人が情けないわね~」

 

 マリアナは、仲間であるライドのことを諭しながら、俺とリーゼに向かってバッチリとウインクしてくる。
 おおぉう!あまりの威力に背筋が凍りつきそうだ。……もう少し加減というものをしてくれ。加減をな。



 「ま、ライドバカもようやく起きたことだし。
 ――それじゃ改めて、あなたたち二人のお話を聞かせてくれないかしら?」



 俺は、ライド、マリアナ、バルガスの三人組『おまるの集い』に対して、自分たちの旅の目的をある程度教えておくことにした。
 勿論、肝心な部分の説明については全て省いている。それでも「彼らなら信用できる」と、そう俺が実際に会話をして判断したのだ。


 損得で動くタイプの人間であれば、俺たちのような子供なんかに関わろうとはしない。他に何か裏があるようには見えなかった。
 『暗がり山』の道案内を頼むために、ライドたち全員を納得させられる理由。わざわざ危険を冒させることになるのだ。それを伝えておかないと、いざという時にきっとお互いの間で迷いが生じてしまう。



 「北のオストレリア王国にまで、王室からの依頼を受けてお届け物……ね。この通行証も本物みたいだし。今どき王家の紋章なんて、重罪過ぎて誰も偽装なんかしないでしょう?
 ――この子たち、嘘は言っていないと思うわよ。あたしは」
 


 マリアナが手に持っている物。ローレンの荷物の中に入っていた一枚の古い紙。国を自由に出入りすることができる通行証だ。それを目にした俺は初めて知った。
 ローレン・グレフォード・オストレリア。王族の証である印が押されている。ローレンは元王族だったのだ。なるほど。通りで王室から遠い異国の地にまで、転移魔石あんな手段で手紙が送られてくるわけである。



 「運んでいる物については教えられない。まぁ、それは理解できるわな。
 でもなあ、何でそんな大役をお前たちみたいな……わ、悪かった嬢ちゃん!そう睨まないでくれ!
 子ども二人だけに任せたりしたんだ?護衛もつけずに?」

 

 ライドが抱いた疑問はもっともだった。大国オストレリアからの重要な依頼を、新米冒険者の俺とリーゼが受けているのだ(という風に説明してある)。普通に考えて不自然だろう。
 ここは更なる情報を開示していくしかなさそうだな……。

 
 
 「――それはね。私とエドワーズが、その辺にいる他の誰よりも圧倒的に強いから」

 「ちょっ!?リーゼさん?」
 


 何を思ったのか、俺の真横にいたリーゼが唐突に口を開いた。
 ライドたち、『おまるの集い』のメンバーは三人ともポカンとしている。そりゃそうだ。俺たちが何を言ったところで、子供の戯言にしか聞こえないからな。



 「わかる。わかるぜ嬢ちゃん。だがな、よーく考えてみてくれ。
 この世には想像もできないような、とんでもない魔物がウジャウジャいるんだ。俺たちのようなベテラン冒険者でも、そいつらと出会でくわしたら真っ先に尻尾を巻いて逃げ出すんだよ」
 
 「こればっかりは悪いが、ライドの言う通りだぜ。少なくとも『シルバーの三つ星』超えじゃなきゃ、とてもとてもこの先の道のりは……」
 
 「……?でも、私たちは多分、それよりもずっと上だと思うけど?」
 
 
 
 バルガスの言葉に対して、不思議そうな顔をするリーゼ。
 ああ、こうなってしまっては……もはや完全に手遅れだ。
 

 
 「「「ハッハッハッハッハー!!!」」」


 
 大人たち三人がドッと高笑いをする。余程おかしかったらしい。
 ライドなんかは腹を抱えて笑っている。バルガスは「ほう……?」といった顔つきでニンマリしていた。
 マリアナが微笑ましいそうに、俺とリーゼの背中に大きな手をのせる。ふーむ?もしかしてこの感じ……なんとか誤魔化すことができたのか?
 


 「かぁー!!これだからガキの相手をするのは嫌なんだよ。
 ――でもまあ、このまま放ってはおけないな」

 「『シルバー』よりもずっと上だときたか!そいつは大層な自信家だ!!――久々に心から笑わせてもらったぞ」

 「これはもう決まりなんじゃないかしら~ん?」



 ライドが差し出してきた手のひら。俺は床の上から立ち上がり、それを握り返す。
 


 「契約は成立だ。お前たち二人のことは、俺たち『おまるの集い』のパーティーが、必ず向こう側まで連れていってやる」

 「よろしく。マリアナ、バルガス、それと……おっさん」

 「……おい坊主。いや、エドワーズだっけか?なんで俺一人だけおっさん呼びするんだよ?
 ――さっきはいいと言っちまったが、やっぱり納得できねえー!!」

 「どこからどう見てもおっさんでしょ?別にいいじゃない。お似合いの呼び名よ!ライド」

 「おっさん、おっさん!」

 「エドワーズよ。リーゼは将来、とんでもない大物になりそうな予感がするぜ……」



 五人で互いに、ドワーフ国産の茶をいれたコップを合わせて誓い合う。
 ここにいる全員が誰も死ぬことなく、無事に『暗がり山』を突破してみせると。これから向かおうとしているのは危険に満ちた場所。俺とリーゼが先に進むために越えなければならない、最初の壁だ。





 暗闇の中で羽ばたく巨影。迫り来る死の大群が、訪れた者たちを恐怖の谷に突き落とす――『暗がり山の洞窟』編
 









 
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