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4章、レストランジの森での戦い
6、黄金の装具②
しおりを挟む――魔族側視点――
我々の目前から姿を消した、あの動き。人間のものではない。
ただの劣等種ではなかったのか?
主の傀儡、ダナル王国から報告を受けたのが四日前のこと。
探していた者たちの所在を、ようやく突き止めたという。
――連中を決して殺すな。生かしたまま連れてこい。
集めたのは、忌まわしきこの地に潜む魔族の同胞。これ程の過剰な戦力。容易なことだと考えていた。
それが間違いであったのだと気づかされる。
横穴の入り口はひどく狭い。戦うには不向きな場所。幸いにも、こちらの魔力探知に反応は残っていた。
生き埋めにしてしまえば元も子もない。出てきたところを捕らえればいいのだ。油断ならない相手であると認識している。
恐らく、あの『魔力防御』は、我らのものに匹敵するからだ。信じがたいことに。それでも状況はすべてにおいて、こちら側が有利である。
問題などない。そう、何も問題はない。
「捕縛術式の用意はできたのか?」
「……ハッ、全て完了しております」
では、始めるべきだろう。
こうしている今も、あのお方が見ておられるのだから。
(ネズミ捕りに自ら入っていくとはな!)
横穴の内部は行き止まりらしい。奴らが動かずにいつまでも留まり続けているのが、その証拠だ。
狩る者と狩られる者の立場の違い。そう簡単に覆ることはない。そのことを身を持って教えてやろう。
「やれ」
肉の無い、骨だけの姿。屍竜人種が大きく顎を開く。
そこから吐き出された硫黄のブレス。僅かでも吸い込めば、たちまち全身が麻痺して動けなくなるだろう。
横穴の入り口に到達する。ブレスが瞬時に凍りついた。起きた異変はそれだけではない。
木々の表面を覆う氷の膜。強烈な冷気が辺り一帯を包み込む。
(設置型の魔法術式だと?……何故気づけなかった?)
『魔力防御』越しに凍りつく。それを無理に振り払い、前進した。意表は突かれたが、この程度でやられるわけがない。
奴らの魂胆は見え透いている。この期に乗じて、包囲を脱出するつもりだろう。我々を上手く出し抜いたつもりのようだが、そうはいくものか。
「出てきたところを、一斉に狙えッ!」
殺しはしない。手元から現れた深紅の蛇がのたうち回る。【縫いつける血の鎖】。
対象に絡みつき、動きを止める捕縛魔法。その様を眺めるのは一興だ。誰もが痛みで泣き叫び、嘔吐し、気がおかしくなる。劣等種には似合いの姿。残虐な笑みが思わず浮かぶ。
(何なのだ?あれは……)
飛び出してきたのは、浮遊する二つの巨岩。その後ろに隠れていたのは黒髪の劣等種。魔力の光が包み込む。
まさかとは思うが……やり合うつもりなのか?正面切って我々を相手に、無謀すぎる。
――付加魔法、【黄金の装具】。
舐められたものだ。ならば後悔させてやろう。己の選んだ選択を。
放たれた六体の蛇が襲い掛かる。規則性のない動き、速さ。赤の残光から逃れる術はない。奴らはこれで終わりだ――。
「ふん。所詮は――ッ!」
こちらの意に反した軌道。制御を失った【縫いつける血の鎖】が消失していく。
黄金色に輝く巨岩。ビシリとひび割れ、内部から不気味な音を響かせる。五つの関節、鋭利な爪。
ひと目で理解できた。特徴のある鱗の形。この世で最も優れた『魔力防御』を持つ最強種。
――形態変化、【黄金の竜爪】。
腕だ。黄金の鱗で覆われた左右の腕。牙を剥くようにして開かれる。それを従えるのは黒髪の劣等種。
あれは普通ではない。ただそこにいるだけで恐怖を感じる。主は何も話されていなかった。一歩、二歩後ずさる。
「お、おいっ!あれをみろ!」
「竜種の腕……だと?バカなッ!」
平静さはとうに失っていた。無数の闇の閃撃が迸る。
黄金の腕が楯となり、それを受けとめた。傷ひとつ付かない。四本腕の魔族が襲い掛かる。隙をついて押さえ込むつもりだろう。
が、一秒もたたない内に、その肉体は跡形もなく消し飛んでいた。
――ギャリィィィイッ!
鱗から発せられる金属音。まるで鎖帷子。突き出された拳が、黒髪の劣等種の動きに合わせて追従する。
瞬きする間もなく接近を許した。屍竜人種の頭部と半身が掴まれる。引きちぎられ、無造作に投げ捨てられた。
――他の者たちはどうした?一体何をやっているっ!
離れた位置。横穴の入り口付近で、激しく交差する四つの影。
栗色の髪の少女ひとりを相手に、三体の魔族が押されていた。
皮膚の表面を幾度も切り裂かれ、血を流す。対する少女の方は今も無傷だ。特徴的な耳と尾は獣人族のもの。素早い動きに翻弄されている。
魔族の頭部が鈍い光を発した。そこから紫の雷撃が放たれる。
捕獲のことなど頭にない。削り、焼き、当たれば炭化する威力。
「待てッ!」――その言葉はすぐに途切れた。分厚い氷の壁が、雷撃の軌道を正面から阻んでいたからだ。貫通すらしていない。魔力の残滓のみを残して霧散する。
壁の向こうから現れた少女。青髪の劣等種。辺りに漂う冷気も奴の仕業だろう。舞い上がった氷風が、あちらの景色を覆い隠す。してやられたのだ。
(ならば黒髪だけでも、我らの手でッ!)
失敗は許されない。『上位魔族』である己の魔力を解放し、完全な戦闘態勢に移行する。
ある者は砕かれ、ある者は形も分からない程に潰されていた。黄金の軌跡が戦場を駆け巡る。短時間で同胞の半数以上が殺られていた。それでも戦意は衰えない。勝算が残されているからだ。
真横を通過する竜の腕。頬の肉が抉り取られた。怯まずに突き進む。残るもう片方がどこにも見えない。突如、真上から降ってきた巨岩を回避する。
黒髪は手の届く距離にいた。【縫いつける血の鎖】がその身体に纏わりつく。このまま意識を奪うのだ。絞める力を強めていく。……簡単にほどかれた。
「馬鹿な……」
キラリと光る何か。気づくと指一本動かない。誘い込まれた。
黒髪の腕に取り付けられた装置から伸びる糸。まったく切れない。耐え難い痛みが全身を襲い、悲鳴を上げる。
――付加魔法、黄金魔鋼糸。
何故なのだ?何故、何故ッ、何故ッ!
劣等種の分際で、我ら魔族を相手に歯向かおうなど!
「グ!?グギャアアアアアッ!」
「なあ、教えてくれよ?」
黒髪が静かに口を開いた。その瞬間に理解する。
己は今日この場で、これから死ぬのだ。
「お前の主人は誰だ?」
「フッ!貴様ごときに教えるわけがないだろう!
――ウッ?アアアアアアーッ!!」
「うるさい奴だな」
両の腕が切り落とされた。周りを見回す。残っている者は誰もいない。
「フゥー……フゥー!フッ……フハハハハハハ!」
「………」
「後悔することになるぞ?主は強い。貴様よりもはるかにな。
いずれこの地に住む劣等種は皆殺しにされる。その血が大地を潤し、全てが浄化されるのだ!
ハァハァ……連れの女たちもッ!……髪をむしり、肌を削ぎ、眼をくり抜き、手足を落とす。生きたまま家畜どもの餌だ。絶望しろ、みっともなく泣き叫べ!
貴様の愛する者たちは、みんなそうなる!!」
「……それだけか?」
「何?」
「最後の言葉だよ。他にはないのか?
なら、もういい加減に終わらせるぞ。こっちもあまり時間がなくてね」
飄々とした態度に戸惑う。首もとに巻かれた糸がミシミシと軋みを上げた。
声が出ない。喉を通過する冷たい冷気。上下の世界がひっくり返る。目の前に広がる地面。急速に失われていく周囲の光。その意識は永久に闇の中へと閉ざされた……。
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