銀色の魔女は黒騎士の手の平で踊る

くろなま

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act03.魔女の後押し

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銀色の魔女プーシュカが訪れたあの夜以降、アリーナの体調は回復していった。

外の情勢がどうなっているかはわからないが、少なくとも好転はしていないだろう。
それでも、アリーナの心は大分平静を取り戻している。

常に気にかけ、労わってくれる夫イグラと、グロース家の家人たち。
そして何より、プーシュカの存在が大きかった。

喪が明け、体もある程度回復したイグラは一転して慌ただしい日々を送っている。
仕事が山積みになっているらしく、屋敷に戻るのが午前様ならまだ良い方だ。
3日、4日と帰らない日もある。

深夜、生気が抜け憔悴しきって屋敷に戻るイグラを見ると心が痛む。
今まで心配をかけた分、アリーナは奮起して笑顔を作りながら…どれだけ遅くなっても、夫の帰りを待った。

「お帰りなさいませ、お疲れ様でございました。お風呂の支度が整っておりますよ。どうか、お体を温めて下さい。それから、軽くつまめるものもありますから、少しでも口になさってください」
「ああ、…ありがとう、アリーナ…助かるよ。早速入るとしよう…」

普段から真面目でやや表情の硬いイグラの口元が微かに弛んだのを見て、アリーナの心がふわりと温かくなる。
そのまま従者ヴァレットと共に、浴室へと向かった。

「旦那様…今、お笑いになられましたね」
アリーナの傍付きが嬉しそうに笑う。
「ええ。でもきっと、何も召し上がらずそのままお休みになりたいだろうからお部屋のベッドをもう一度見てきてくれる?その代わり、朝食と…ご負担にならないお弁当を考えなくちゃ」
イグラの傍付きにそう告げると、彼女も一礼して主の部屋に向かった。
翻って、自身の傍付きに微笑みかける。
「旦那様がお出になるまで少しお茶を飲みたいのだけど…付き合ってくれる?」
「はい、喜んで」

厨房に使用人たちを集めて、皆でゆっくり茶を飲み交わす。
中流貴族であり、また宮廷勤務であるグロース家に家令はいない。家事の一切はアリーナが取り仕切るのだが、体調を崩していた今までは家政婦長が代わって奮闘してくれていた。

実際のところ雑務管理を含め家政婦長の手腕によって成り立っているので、アリーナが口出すことは滅多にない。
それでも経験浅く年若いとはいえ、名目上の女主人である自分がいない事でかなり迷惑をかけただろう。
その事も含め、アリーナのお小遣いから家人たちにお酒を振る舞った。
尤も自分も主人も飲めないので、アリーナと夜番の使用人だけはお茶なのだが、当然夜番の分も用意してある。

「奥様が回復なされて、本当に良かったです」
恰幅の良い家政婦長がほっと溜息を吐いて顔を綻ばせる。
「旦那様も、ご自分の事の様に心配されていたのですよ」
「ええ、わかっています。本当に…とてもお心の深い…お優しい方ね」
アリーナが頷くと…アリーナが嫁いで来る前から仕えているグロース家の使用人たちもまた、安堵した様に頷き返す。
「本当に痛ましい事件でしたが…旦那様と奥様がご無事だっただけでも、我々は安心いたしました」
口々に、使用人たちが励ましてくれる。
まだ気を遣わせているという居心地の悪さはあるが、それも自分たちの為を思ってくれてのことだ。

「…ところで奥様、あの夜にいらした方々…特に男性の方…あのオルラン公爵家のご子息ですよね?」
使用人の一人が難しい顔で尋ねる。
「ええ、キーロフ・オルラン伯爵様。かの方々が、私たちを助けて下さったのよ…それが?」
「いえ…。旦那様と奥様の恩ある方に対し失礼だとは承知しておりますが、…あまり良くない噂が多い方ですので…」
「そうみたいね」
くすくすと笑うアリーナに、使用人がぽかんと目を丸くする。
「あの後、イグラ様からお聞きしたの。オルラン伯のこと…プーシュカ様の事…」
お茶を飲みながら、ほっと息を吐いて笑う。
「今の私と同じくらい…皆に嫌われているのね。それも、ずっと前から」
「奥様…」
「直接お話しして色々わかったことがあるの。あの方たちも、きっと同じなんだわ。色々な事があって、それがあの方たちにとっては良くないことばかり続いて、噂だけがひとり歩きして。…本当の彼等については、誰も知らないんだわ」
アリーナはそのまま微笑む。
使用人たちはグラスを持ったまま主人に注視していた。
「イグラ様は、孤立した私たちならあの方たちの…仲間に引き入れられるんじゃないかと見て懐柔に来た、と仰ったの。きっとそれが正しいと思う」
でもね、と続ける。

「プーシュカ様は私を励ましたり、甘い言葉で誘ったりなんてなさらなかった。…ただ一言、謝りにいらしただけ。自分たちの所為で迷惑をかけたって…本来彼女たちに向けられるはずの悪意が、私たちに向かってしまったって。本当に悪いのは、あの悲劇を起こした張本人なのに」
「…失礼ですが、事件を起こしたのは彼等では?」
「私たちの立場にさえ気を遣う方々が、分かりやすく事件を起こしたりするかしら?」
アリーナの言葉に、疑問を発した使用人が押し黙る。
「私はプーシュカ様達を信じるわ。…私が魔女に誑かされた、と思う人たちもいるでしょう。でも、そういった方々は私たちに何をしてくださったのかしら」

根拠のない噂話に踊らされて、事実確認の前から決めつけて、誰も味方になろうとはしてくれなかった。
連日出席した葬儀でも誰もが顔を顰めて遠巻きで、挨拶はおろか近寄ろうともしなかった。
――聞こえるように呟かれていた言葉の数々は、思い出したくもない。
関わろうとしてきたのは、どうにか真相を聞き出そうとする野次だけ。


「…傷口に塩を擦り付ける事しかしなかったわ」

それは、が当たり前のように享受してきた景色。
それらをは毅然と胸を張り、波を割って突き進む。

小さくなりながら、ただ嵐が過ぎるのを待っていた自分達にはできなかったことだ。
自分達は悪くないのだからと、あれほど堂々とできる人間はどれだけいるだろう。

その身を以て思い知ったからこそ、アリーナにも見える景色があった。

「他の貴族の方々と彼等と、どちらが正しいかなんてわからないけれど…」
決意を飲み込むように、しっかりと使用人たちを見据える。
「少なくともきちんと事実と向き合おうとしている彼等の方が、私には格好よく見えるの」

格好良い。
その言葉に、使用人たちが息をのむ。

「私はイグラ様と、プーシュカ様のお力になりたい。…一緒に、事件を解決して…その時、彼女にもう一度…きちんと謝りたいの。だから、いつまでも泣いてなんていられないわ。…皆には本当に、迷惑をかけてごめんなさい。私は、もう大丈夫だから。一緒にグロース家を…イグラ様を信じてお支えしましょう」

年若い女主人の力強い言葉に、使用人たちはそれぞれ強く頷いていく。


――厨房の壁裏で。イグラはただ目を瞑って頷きながら、侍従と共に嬉しそうに笑っていた。











「…査問会、ですか?」

日々書類に忙殺されるイグラの元に、上司のドネーステルが右手に封書、左手にうんざりする紙の束を持ってやってきた。
立ち上がろうとするイグラに、ドネーステルはそのまま手で制止させる。
上司自ら部下の執務室に訪れたのも、未だ怪我が治りきっていないイグラの…体への配慮だけではないことを、その封書が示していた。
できるだけ、誰の耳にも入らせたくない話が始まるからだ。

互いに『きたか…』という顔をしながら、ドネーステルも手ごろな椅子に腰かけた。

「今回の事件はあまりに被害の規模がでかすぎたからな…内務部の方は未だ阿鼻叫喚だと。あの場にいた客の殆どが元宮廷派閥だった事もあってか、配置換えにも大分苦労したようだ。軍務次官も頭を抱えておられたよ。」
ドネーステルが封書をぺしぺしと叩いて渋い顔をする。
「ただでさえ先の紛争の後処理でこっちも忙しいってのに、内務部まで機能しなかったらこちらまで死人が出る。更にはお前まで巻き込まれてるわけだしな。第一皇子殿下がどうにか手を尽くして下さっているそうだが、そのためにも今回の件は手っ取り早く解決しないといけない…という声が多かった」

帝国では皇帝を軸とした絶対君主制ではあるが、貴族諸侯たちの力は強く一枚岩ではない古き封建制度が根付いている。

とりわけ顕著なのは、皇帝派閥と貴族派閥という明確な軋轢があることだろう。

前者のポルタヴァ侯爵は皇帝直属の宮廷貴族であり、領地を持たない代わりに金貨を褒賞としていた。
後者はオルラン公爵を筆頭に各自の領地を運営し、式典や戦争等の諸事情以外は殆ど帝都へ顔を出さない。
イグラもポルタヴァ侯爵同様に帝都住まいの宮廷勤めで、領地といえば屋敷を囲む壁の中に限られる。
更には宮廷内ですら文官と武官では取り仕切る上層部が違う為、内政に関わる宮廷派と軍務に関わる軍務派に分けられ、イグラは立場上軍務派の枠に入る。
内務次官であるポルタヴァとはそれ以前からイグラの父が派閥を超えた友人であったための知己であり、その縁は特殊であるとしか言いようがない。


「つまり、今度の査問会は内務派の主催だと…?」
イグラの発言に、ドネーステルはひげを撫でながら頷く。
「そういう事だな。まあ…率直に言ってお前、相当不利だぞ」


帝国において、査問会とは軍内部に限らずあくまで尋問…裁判前の取調べについてを指す。

査問会を開くためには発起人の直轄領主あるいは皇帝の承認が必要となり、その訴えを起こした人物の直轄領主が主導で進める。
司教以上の聖職者・地方貴族・宮廷貴族のそれぞれから3名ずつ陪審員を集め、査問会で起きた内容について議論する。その後にまた体制を整えて改めて裁判を開き、議会の意見を元に発起人の直轄領主…あるいは皇帝が決議を下すという流れだ。

一応査問会に召喚された被告側にも発言の許可が許されているが、これについては大きな問題があった。というより、問題しかない。
明らかに、原告側が有利なのだ。
被告側が査問会の中で発言が許されていても、基本的に告発した側が先手に回ってより有利な証拠を『提出』することができる。
対して、被告側に査問会召集の正式な要請が届くのはほぼ直前…一週間前のこと。
つまり被告側に出来ることは少なく、査問会を開かれたら終わりと言っても過言ではない。

そして今回の発起人が宮廷貴族であれば、主導で行うのは。

「皇族がお出ましになる…?」

そう。
皇族が出てくるとなれば、どんなに陪審員の意見が割れたとしても、皇族の意見に右倣えになる可能性が非常に高い。
そして何より、皇族は直属の配下である宮廷貴族の意見を最も重用する。
最も簡単な司法出来レースが完成した瞬間だった。

「終わった…」
イグラが青ざめて頭を抱えると、ドネーステルが肩をすくめる。

「…と、実はそうでもない。これは本当は機密事項なんだが、お前にしちゃ運が良い方だ。今回の陪審員に現オルラン公閣下が断行…いや、選出された」
「オルラン公…って、あのラザレフ・アレクサンドル=ウシャコフ・オルラン公爵閣下ですか!?」

あの悪名高い腹黒爬虫類キーロフの父にして帝国最凶最終兵器ユーリーの父であり。
自身も勇猛苛烈・疾風迅雷の鋼鉄将軍と名高き英傑。
騎士を志す者…特に勇猛さを尊ぶ貴族ならば誰もが憧れる存在だ。
長男の評判については口を噤まざるを得ないが、次男であるユーリーは新しい世代の若い貴族たちにとっては畏怖の対象でもある。

「ああ、まあ、そりゃそうですよね…」

今回の事件にはオルラン兄弟と、オルラン家の配下である銀色の魔女…プーシュカ・エフスターフィイも深く関わっている。
特に自分の息子たちが断頭台に向かわされているとあらば、父としても出ないわけにはいかないだろう。
だが、その意味は非常に大きい。
オルラン公爵家は皇族の傍流の中では末端でありながらその血筋は皇帝同様に古く格式が高い。
派閥争いにおいては中立を貫いているが、皇帝だけでなく地方貴族からも信任も厚く皇帝に次ぐ発言権を持っている上に…何より現オルラン公は稀代の英傑であり、内務派か軍務派かで言えば間違いなく後者だ。
そのオルラン公が陪審員に加わるのであれば、皇帝も耳を傾ける可能性は大きい。極端に原告側…内務派の意見にのみ傾くことは恐らくないだろう。
とはいえ、予断が許さなれない状況には違いないが。

「因みに、発起人はどちらの方ですか?」
「ポルタヴァ卿の後任についた、カストール侯だ」

カストール侯爵はポルタヴァ卿の同僚で、内務派閥において権力の座を争うライバルとして有名だった。
宮廷の派閥にはあまり詳しくないが、あまり良い噂を聞かない男だ。

実をいうとイグラの中で今回の事件を起こしたのはカストールではないか、という疑念があった。
と言うのも、彼等が張り合っている間柄ということもあり、ポルタヴァ卿は常にカストール侯爵への招待状を欠かさず、またカストール自身もポルタヴァ卿への招待状を欠かさない間柄だった。
それが今回の事件に限って欠席している。
また、オルラン兄弟の悪名のおかげで目立った行動はないものの、後ろ暗い噂ばかりが目立っている。
怪しさだけで言えば、カストールが上位に来るだろう。

イグラの表情を読み取ったドネーステルが、うん、と頷く。

「上層部でも調べはついていてな。おそらくクロだろう、という意見で一致している」
「それなら…!」
何故、カストールに対する査問会が開かれないのか。もしくは何故、捕縛しないのか。
何より何故…カストールが発起人になれたのか。
「さっきも言った通り宮廷は慌ただしくて査問会を開く状況になかった。人事異動・整理引き継ぎ…なまじ文官が揃って亡くなったせいで、まず事件よりもそちらを先に済ませる必要があった」

恐らく、カストールはその間に証拠隠滅を図ったものと推測できる。

「実際、現場で決定的な証拠となるものは出ていない」

決定的な証拠―――先日やってきたキーロフが葡萄酒の事を口にしたのを思いだす。

「そういえば、葡萄酒が凶器かもしれない、と…」
「ああ、聞いたか。」
誰に、とは聞かれないがドネーステルは目を閉じてひげを撫でる。
「あの後色々調べた結果―――残念ながら、凶器は葡萄酒ではないという事が解った」
「葡萄酒ではない…?」
イグラの目に驚きが浮かぶ。
「まあ、少し前まではそれだろうという話でまとまりかけていたんだが。どうも、時間が一致しない」
「時間…ですか」

あの惨劇が起きたのは葡萄酒が振舞われた直後だ。
紛れもなくその光景を目にしてきた自分が誰よりもそれを真実だと言える。
にもかかわらず、それが原因ではないとするならば、一体、何が。

「死体を見るに、使われた毒は遅行性だ。お前や他の方々から聞いた時間から考えると、葡萄酒から検出された毒物…ああ、確かに毒物も含まれていたんだが、それには致死性のないもので、直接的な原因じゃあないし、葡萄酒ではならないという結果が出た」

では、一体何が―――?
はやる気持ちでイグラがドネーステルを見つめるも、ドネーステルは首を横に振るだけだ。

「原因は確かに毒物だ。間違いない。…大凡の症状によるいくつかの候補はあげられるが、断定も難しい。これが未だ難航している実情だ」

「ではもし、凶器の毒物が見つかれば…?」
「そこから、それを持ち込んだ可能性がある人物をリストアップはできる。幸い、毒物という時点で飲食物であることは間違いないから、そこを辿れば良いという事で動いている」

それが査問会までに見つかれば、あるいは。

「では、それを探…」
「この2月で既に捜索班が全力を上げて動いている。それにお前、その体では碌に動けないだろう。気が逸ってるだけの足手まとい程始末に負えんものはない。お前はここで書類整理コレだよ」

そうニッと人の悪い笑顔を浮かべて、ドネーステルが左手に持っていた書類を…既に山積みになっている書類の上にどさりと乗せた。

「現在の各所軍備保管庫のリストだ。その中から必要な医薬品、資材その他高騰している物品の取捨とリストアップ。ついでだから、現在の流通経路とその価格変動による影響についても調べておいてくれ。何せ内務官がごっそり消えたんだ、こちらとしても巻き込まれた以上できるだけ高い値段で内務派に恩を売ってやらんとな。ま、何かあったら真っ先に知らせてやるから」
「は、光栄であります!」

イグラが殆ど投げやりに敬礼すると、ドネーステルが苦笑する。

「新婚のところ悪いな。本来だったらまだ療養中ということにしてやりたかったところだが、どうせ寝ているだけじゃ退屈だろうし、今後の身が気になって夜も寝れまい?」
「恐れながら、早退及び休養の継続を希望したく!」
「現実から逃げても良いことはないぞ。復帰早々部屋中に埋もれる書類の山は見たくないだろう。これでも他の部署に比べればましな方だ」

両者、どちらともなく溜息を吐く。
ただでさえ戦後処理で追われている上に、事件解明の為に人手を取られているのだ。
内地勤務官の戦争は未だに終わらない。

「ドネーステル閣下はどちらに?」
「歩けないお前の代わりにドサ回りだよ。復帰したら今度はお前に歩き回らせるから覚悟しておけ」

翻す上官に、イグラは無言で敬礼を返した。

少なくとも各地査察に比べれば、家に帰れるだけましだろう。
ドネーステルの配慮に、イグラはただ頭を下げる。

「とは言っても、きついことには変わりないんだけどな…」
誰も居なくなった部屋で、愚痴をこぼすくらいは許されるだろう。
だが、ドネーステルの言う通り…自身や家の今後…そして妻であるアリーナの今後について考えると、気分が鬱屈してくるのも確かだ。余計な事を考える位ならば、仕事に忙殺されていた方が何倍も良い。

書類に追われながらなんとなく、イグラはアリーナの顔を思い浮かべる。
今日も遅くなるだろうが、きっと待ってくれているのだろう。

イグラには兄弟がいない。
アリーナとの結婚も、いつまでたっても色恋の気配が全くない事を憂慮した両親から、親戚筋を伝ってほぼ無理やり押し付けられたと言っても良い縁談だった。
社交的な性格でもなく女性関係にも疎い自分に対し、『これを逃したら一生結婚する機会はないと思え』と親に脅される形で決意したものの、やってきたのは女性というにはあまりにも幼い少女。
勿論年の差婚や非常に若い伴侶を持つ事は、帝国ではさほど珍しくはない。
寧ろ、貴族同士では幼少期に家同士で婚約者を決め早々に結婚する方が主流だ。
…とはいえイグラにそういった趣向があるわけでもなく、嫁いで来たはじめの頃はまだどうしてもその幼さから、妻というより親戚の妹に接するような感覚で、正直に言えば今もどう扱って良いのか分からない。

だが決して嫌いというわけではない。寧ろ話してみれば意外としっかりしているし、何より努力家である…努力しすぎるきらいがある…その姿勢も、明るい陽だまりのような笑顔も好ましい。


ふと、彼女が使用人に対し奮起していた姿を思い出す。
そして毎夜…どれだけ遅くなってもあの明るい笑顔を浮かべながら出迎えてくれる光景が続いて浮かぶ。
暫くはそれどころではなかったが…元気を取り戻して以来、以前と同じようにあの笑顔で送り出してくれるようになった。

またあの笑顔で、待ってくれるだろうか。
早く帰れば、きっと更に喜んでくれるだろう。

そう思うと、どうしたことか…今は無性にあのまだあどけない妻の笑顔が見たくなる。
いつまでも朝から晩まで一人で食事するのは味気ないだろう。
不思議とこの膨大な書類の山を早く片付けようという気にもなってくる。

それもこれも、あの銀色の魔女のおかげなのだろうか。
だとしたら、魔女の側に付くのも悪くない―――。



魔女といえば、と、ふと、イグラの頭の中に、あの爬虫類の顔が浮かんだ。

悪名高く規格外なあの男の事だから、恐らく色々と動き回っているのだろうが。
あの男が謀略に関して誰かに負ける姿を…少なくともイグラが知る限りでは聞いたことがない。

先程まで絶望的だった気分が、何故か軽くなる。

彼等が動いているのだとすれば。
もしかしたら、今度の査問会はさほど自分にとって悪い結果にならないのではないか、と。

そう思わせてくれる、何かを感じていた。
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