銀色の魔女は黒騎士の手の平で踊る

くろなま

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act27.魔女の立ち位置

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8人の公爵令嬢と1人の侯爵令嬢。

帝国で最も煌びやかな…世が世であれば一国の姫君とも呼ばれる令嬢たちが集まる談話室。
現在、帝国においてこの部屋程華やかかつ豪奢で、光り輝いている世界はないだろう。

用意されていた半円型のテーブルで…全員がそれぞれ互いの顔を確認できる中、プーシュカは一番端の席に座っていた。

開かれていた座学の内容は主に帝国及びその近隣諸国の文化・教養から芸術に至る、貴族令嬢として必要なもの全てを結集している。
当然ながら、公爵令嬢達の間では殆どが過去に覚えてきた『復習』のようなもので、中には…あくまでも非常に優雅な…欠伸を隠そうともしない令嬢もいた。

宮廷教師の、右から左へと流れるような講釈は彼女たちの思考が天上の世界へと誘われ、明るく日差しが大きなガラス窓を通して燦々と注がれる為、ぽかぽかと部屋を優しく包む。

要するに、退屈とうたた寝との格闘だった。
首が重力に引っ張られる気持ちを抑えながら、どうにか午前の座学が終了する。

正午の鐘が鳴ると、それまでの寝ぼけ眼など一切おくびに出さず、令嬢たちは居住まいを正して『きちんと授業を受けていましたよ』という涼やかな表情を見せる。

それらは宮廷教師にとっても予想の範疇だったのだろう。
令嬢達を見回し…やれやれと溜息を吐きながら宮廷教師は一礼し、速やかに退室していった。

あちらこちらで微かな笑い声が響く。

「漸く終わったわね」

プーシュカの隣で、シェルシェンがにこりと微笑む。
釣られてプーシュカも会釈して微笑んだ。

「もう少し時間がかかっていたら、瞼が完全にくっついて離れない所だったわ」
シェルシェンの言葉に、令嬢たちも笑って頷きあう。
「このまま、一時休憩を挟んだうえでこちらで昼食をとるのですよね?」
「そうよ。食堂は皇族の方々と賓客の方々が使われるから、私たちはこちら。…午後は宮廷楽師たちによるお披露目だそうだから、お昼を食べすぎたら今度こそ良い眠りにつけそうね」

ふふ、と笑いながらプーシュカが立ちあがる。
若干の睡魔によって刺々しさが和らいでいる他の令嬢たちも首を傾げてプーシュカを見つめた。

「あら…どちらへ?」
シェルシェンが首を傾げる。

「少し散歩に出ようかと。この後も座り通しですと、足がむくんでしまいそうですので…」

暗にお手洗いに向かうのだと察した令嬢たちも、素直に、ああと笑って頷きあった。

「私も少し髪を整えようかしら」
「それでしたら、私もお化粧を…」

次々に立ち上がると同時に、壁に控えていたそれぞれの侍従たちが主人の後ろについていった。

「お手洗いって、各所にあるのね…」
立ち上がった令嬢達が一斉に集まっていくのかと思いきや、それぞれ別方向へ向かう。
「ゲストハウス組の方々は、各々方の部屋へお戻りになるのでしょう」

デュシーカが背後から答えると、成程、とプーシュカも頷く。

「ところでプーシュカ様、こちらは用意されているお手洗いへの道ではありませんが」
「そうね。だってお手洗いに向かっているわけではないもの。言ったでしょう、散歩だって」

お構いなしに歩くプーシュカに、デュシーカが冷や汗を流す。

「…その、おひとりで許可もなく城内を歩くのは些か不用心が過ぎるかと」
「あら、貴女もいるし、平気よ。公共の範囲内であれば自由に歩いて構わないと許可は出されていたでしょう。私、ご挨拶以外で城の中を見た事ないんだもの」
「傍付は護衛ではございませんよ」
デュシーカの訴えに、プーシュカがくすくすと笑う。

「帝城はオルランと違って目映いわね。燦然と輝いていて、まさに栄華極まれり…と言う感じだわ」
「そんな、のんきな…」

デュシーカが嘆息していると、廊下でふと巡回している兵士の一団に出くわす。

兵士たちがプーシュカを見て、驚きの声を上げた。

「おわっ美人…え?…ぎ、銀髪…銀目!!」

声を上げた兵士が青ざめながら、手に持っていた槍を握る力が強くなり構えようとしている。
その表情には困惑と得体のしれない恐怖が宿っていた。
追従していた兵士たちもプーシュカの姿を見て怯んだ様子を見せた。

「ぎ、銀色の魔女!銀色の魔女が、一人で帝城に!」
「な…ほ、本当に?ひ、一人で!何でだ!?」
「ま、まさか、帝城で何かするつもりじゃ…」
「おおおお俺は何も見ていない!何も見ていないぞ!」
「な、何を、…お待ちください、どちらに向かうおつもりですか!」

兵士たちが困惑しながらもしっかりと槍を握りしめ、警戒態勢を取る姿に、デュシーカが眉を顰めて声を張り上げた。

「無礼な!エフスターフィイ侯爵家ご令嬢であるプーシュカ様は、ニコライ殿下たってのお召しにて参内しているというのに、無礼を持って応じよと仰せつかっているのですか!プーシュカ様は殿下より城内での自由を許されております!何を持って貴方がたはプーシュカ様の進路を阻むのです?」

プーシュカも驚くほどの毅然とした声と表情でデュシーカが兵士に告げると、ハッとした兵士たちが慌てふためいた後、警戒を解いて壁にぴたりと貼りついて敬礼する。

「しッ…失礼をいたしました!」

青ざめる兵士たちをプーシュカが一瞥すると、ひ、と震える。
それはプーシュカではない…何かおぞましい、悪魔か何かを見ているようだった。

「…戻りましょう、デュシーカ。巡回の邪魔をしては悪いわ」
小さく嘆息した後、やや困ったように微笑んでプーシュカは踵を返した。




「プーシュカ様…」
デュシーカの気遣わしげな声が背中からかかる。

「…暫く忘れていたけれど、そうよね。あの反応が普通なのよね」

プーシュカはふと、オルラン城に来たばかりの頃を思い出す。
使用人や兵士たちの目や言葉、態度の端々に現れていた忌避の感情。
今でこそオルラン城の人々とも打ち解け、優しく迎え入れてくれてはいるものの、ここは帝城だ。

帝城参内にしても、これまでは必ず傍にオルラン兄弟がいた。
悪名が高いとはいえ公爵家の子息である二人…特にユーリーは見た目に反し、帝国兵士たちの間では畏敬の念を集めている。
その為、オルラン兄弟の傍を離れないプーシュカに対する言及は避けていた。

勿論プーシュカとて貴族令嬢である以上、当然ながら一介の兵士たちが無礼を働いて良い存在ではないのだが、帝城内を守護する兵士たちは殆どが帝国貴族出身で構成されている。
それも、大抵は領地を持たない皇帝直属の派閥である宮廷貴族の次男、三男坊だ。

彼等は皇帝直下という意識が強いためか、彼等は基本的に帝都外…地方貴族たちに対する優越感を持っている。無論それらを公には振りかざしはしないものの、一種の侮りに近い感情を持っていた。
更に、帝城内で常勤している兵士たちは『我等こそが帝国の要を守護しているのだ』という自意識も非常に高い。
その為、異分子であるプーシュカ…銀色の魔女は、兵士たちにとって獅子身中の虫にも近い存在である。
そんな兵士たちの感情や言動も理解できない訳ではない。
彼等は悪しきとされる魔女から、皇帝陛下の座する帝城を守らなくてはならないのだから。

とはいえ、侯爵令嬢であるプーシュカを超える権力を持つ貴族が城内の兵士をしているという事もまずないため、無礼千万であることには変わりはないのだが。

寧ろ、一緒に講習を受けている公爵令嬢達の方が…シェルシェンの威光があったからとはいえ、それでもプーシュカに対する空気が緩和されている事実の方が余程異質と言える。
城を守るという気概を持つ兵士と家同士を繋ぐための令嬢とでは、駒であっても役割と心構えが違うからだろうか。

「だからといって、あの様な態度が許される筈がありません!」

怒りの冷めやらないデュシーカが…歩き方は変えずとも、表情だけは大いに不満を作っていた。
それを受けてプーシュカもふ、と笑う。

「まあ確かに、私がここに居る事を城内の兵士たちが把握していないのもどうかと思うけれどね」

歩きながら嘆息していると、ふと進行方向側から見覚えのある貴族がプーシュカを目指して近寄る。

ニコライの側近であるロジオン・オスリャービャ卿だ。

ロジオンについては情報がないためプーシュカも警戒する。
皇子の側近ともなれば高い地位についている可能性が高い。
不機嫌そうな憮然とした表情で、鋭い刃の様な目でプーシュカを見下ろした。

「何やら騒ぎ声が響いておりましたが…何事かございましたか」
「いいえ。何もございません、オスリャービャ卿」

プーシュカが微笑むも、ロジオンは憮然とした表情を崩さない。

「…そうですか」
ふう、と息をついて、再び口を開く。
「淑女に対し失礼ではありますが、出来れば用足しはお近くでお願いできますか。ご令嬢方が一斉に動かれてしまうと、兵士たちが困惑してしまいますので」
「ご迷惑をお掛けします。…おのぼりさんなので城内が珍しくて。次からはそうさせて頂きます」
「髪もできれば隠して頂けるとありがたいのですが。」
「屋内での帽子着用をご許可頂けるのであれば、そのように致します」

ロジオンがぐ、とやや不満そうに目を細める。
滅多にないが…プーシュカが登城する際、その顔をヴェール等で隠している事は帝城勤めならば誰もが知っている話だ。
実際、ロジオン自身先日の説明会で初めてプーシュカの…銀髪銀目を確認して以来その目つきがやや険しくなっている。

「登城される際に使われているというヴェールはどちらに?」
「あれらはオルラン公爵閣下よりお借りしたものですので、公爵閣下のご許可なく着用はできません」
「今回は許可が下りなかったと?」
「左様でございます」
答えを受け流すプーシュカに若干苛立ちを感じているのか、ふん、と鼻を鳴らす。
「…ならば結構です。公爵閣下がそれで良いと仰るのなら、私どもから言えることはございません。お好きな格好をなさると宜しいでしょう。兵士たちが貴女を見てあらぬ騒動をたてなければ宜しいのですが」
「やはり、私は歓迎されていないのですね」

プーシュカがふわりと笑う。
それは挑発しているようにも、嫌味の様にも見え、デュシーカは俯いたまま冷や汗を流す。

「…帝国人は信心深い。兵士たちには当然…事前に、貴女が滞在される旨を伝達していましたが、それでも彼らの多くは本当に貴女を魔女だと信じています。くだらないおとぎ話の…創作物の権化そのものだと。くれぐれも、悪戯に人心を掻き乱すような事はなさらないで頂きたい」
「ええ、そのようですね。この10日の間、何事もなければ宜しいのですけれど」
頷くと、ロジオンはやや怪訝そうにプーシュカを見つめる。
「何事もなければ、とは?」
「そうですね、例えば…誰かが殺され、私が謂れなき疑いをかけられて、査問会が開かれるとか」
くすくすと笑うプーシュカにロジオンも…俯いているデュシーカでさえ目を見開く。

「ご令嬢、流石に不謹慎が過ぎる。いくらあの一件において貴女に落ち度がなかったとはいえ、その様な態度では周囲も疑念の眼差しを向けたくもなるでしょう」
「あら…落ち度があってもなくてもどうせまず最初に私の所為になるのだから、その位の牽制位はさせて頂いても宜しいでしょう?」
「ご令嬢!」
思わずロジオンが声を荒げる。
ロジオン自身、そんなに強い語調になるとは思っていなかった顔だった。

「あ…、いや、失礼いたしました。…理解されているとは思いますが、帝城での貴女の立場は非常に難しいのです。ですので、貴女自身が仰るように、貴女の所為だと決めつけられるような行動はお控え願いたいのです」
「ええ、努力いたします。…ですが、たとえ私がどのように動こうとも、他者はどのようにでも彼らの思うとおりに論い、こじつけをすることが出来ますよ。オスリャービャ卿」
「は?」
いきなり何を、とロジオンが言い返す前にプーシュカが口を開く。

「貴方自身、私が単独で何か事件を起こすのではと期待…いえ、警戒しているのと同様に。ですからここで、私が戻ってくるのを待っていたのでしょう?」
「!な、何を、そのようなことはありません!」
顔を真っ赤にするロジオンに対し、プーシュカはまたくすくすと意地悪く笑う。
そのまま、やや残念そうに顔を落としてみせた。

「私は本当に、ただ城内を歩いてみたかっただけですのに。…くだらないおとぎ話の創作物とたまたま髪と目が同じだというだけで、ただ歩くこと…それすら憚られるのですね」
「ご、ご令嬢!その、何も私は、そのようなつもりは…!」
しまった、という顔をして狼狽するロジオンに対し、プーシュカがまたふわりと笑みを浮かべる。

「ですからそのようにご心配なさらずとも、私から何か騒動を起こすつもりなどありませんよ。…というよりも、騒動を起こすのはいつだってオルラン伯だと申し上げておきます」

柔らかく笑むプーシュカに、ロジオンはただばつが悪そうに視線を余所へと向ける。

「…失礼いたしました。…間もなく昼食のお時間ですので、談話室にお戻り頂けますか?」
「畏まりました。御機嫌よう、オスリャービャ卿」

淑女の礼を取って、プーシュカはロジオンの脇を通り過ぎる。

その背中が見えなくなった頃、ふうーーと長い息をついたデュシーカがもう、と声を上げる。

「心臓に悪いですよ、プーシュカ様!…キーロフ様の真似事みたいなこと、なさらないでください!」
その悲鳴にも似た嘆願に、プーシュカはころころと笑った。

「オスリャービャ卿が自ら牽制しに来るということは、相当警戒されているのね、私」
「当たり前ですよ、銀色の魔女なんですから」
デュシーカの悪態に、プーシュカは心の底から楽しそうに微笑む。
「まあでも、何となく為人が解ったわ。少なくともキーロフよりは解りやすいわね」
「比べる対象が間違っています。キーロフ様相手じゃ、帝国中の誰もが解りやすいと思いますよ」
「そうかなぁ…あれはあれで、結構分かりやすい所もあるんだけど」
「それこそ、プーシュカ様だからこそお解りになるのですよ」

くすくすと笑い合っているところに、丁度シェルシェンと鉢合わせする。
廊下で傍付きと笑い合っている様を見られ、やや頬を染めながらプーシュカが咳払いをして令嬢らしい表情を作るも、目ざといシェルシェンがそれを逃さなかった。
シェルシェンの傍付きは無表情に粛々とついて来ている。

「楽しそうね。何のお話?」
「オルラン伯の悪口です。ここでなら堂々と口に出せますから」
プーシュカが事もなしに告げると、シェルシェンは更に面白そうな笑顔を浮かべる。

「あら、意外。…オルラン伯にまだ言われていない悪口なんてあるの?」
そう悪戯っぽく笑うシェルシェンに、プーシュカも口元を綻ばせた。
「日を跨ぐごとに新しい悪口が出てきますよ。この世の悪口はオルラン伯の為に作られますから」
滑らかな追い打ちに、シェルシェンが笑いながらも目を丸くする。
「身内側の人間にすらそんな風に言われてしまうというのも気の毒な話ね。プーシュカはオルラン伯がお嫌いなの?」
その質問に、プーシュカが立ち止まる。
そして、やや考えた後シェルシェンを見つめ、やや物憂げな顔を浮かべて頷いた。

「ええ―――大嫌いです」

背後に控えていたデュシーカは、目を瞑ってただ主の言葉に耳を傾けていた。

「オルラン伯はやや過干渉なところがありまして。実を言えば…オルラン伯から少しでも離れるために、こちらに参加した…というのもあるのです。」

シェルシェンがまあ、と、労しげに見つめる。

「そう――そうだったの。それなら、帝都でうんと羽を伸ばすといいわ」
「はい」
そう微笑むと、シェルシェンもつられて笑う。
「貴女も大変なのねえ…行きましょう、ご令嬢方の為に料理長が腕に寄りをかけているらしいから、美味しいものをたくさん食べて、気分転換にしましょうか」
「はい、シェルシェン様」

すっかり打ち解けた様子のシェルシェンに、プーシュカは柔らかな笑みを浮かべた。




談話室にて出されたのは、日々小食な令嬢用に誂えたものだった。
大きな皿に、一口、二口程度の料理。
芸術品の様にキラキラと輝く、鮮やかで見栄えのする盛り付けは目に楽しい。
国の中心であり、様々な物資が流通する帝都ならではの珍しい食材を使った物も多い。

傍では副料理長だという男が、それぞれ料理の説明を始めてくれた。

他国との戦争が続くこのご時世では滅多に手に入らないもので、いかに貴重なものをふんだんに使ったか、どれくらいの金貨が使われたか、その味の素晴らしさは、その風味は、…、…、…。

これが食道楽の人間であれば副料理長の講釈は質の良い歌劇にも通じるだろう。
それでも公爵令嬢達にとってはさほど珍しくもないのか、ふうん、という態度で粛々と一口つけては残し、別の皿に移っていく。

残念ながら質より量を地で行くオルラン公爵家で育ってしまったプーシュカにとっても、たった一口二口で…舌鼓を打つ前に終わってしまう料理はただただ歯痒かった。

コルセットを締めているにもかかわらず…普通の令嬢にはあるまじき強靭な胃袋に対し、物量が足りないのだ。

(せめて、せめてもう一口か二口は食べたいのに…!こんなに代わる代わるじゃ味も解らないし…)

ぺろりと一皿を平らげ、次の皿を待つ。

(呪文みたいな名前の…あれ、なんていう料理だったっけ。おかわりとか貰えないのかな…)

運ばれてくる皿を見ては、ああ、と溜息を吐く。

(ああ、勿体ない!ああ、でも、さすがに他の方が口を付けた物を下さいと言う訳には!)

令嬢たちが残した皿が下げられていくのを見ては、また溜息を吐く。

(お皿が勿体なくないかしら。オルランならこの皿の上に豚の塩茹でを山と積み上げるのに!)

あれから比べればウサギの額ほどしかない量である。

(キーロフやユーリーが見たらびっくりするでしょうね…あ、でも男性用とじゃ量が違うか…)

悶々としながらも目の前に出されていく皿を綺麗にしていくプーシュカに対し、様々な視線が集まっていた。
顔を上げると、皆がプーシュカを驚きの目で見ていたので、首を傾げる。

「あの…プーシュカ?」

シェルシェンが恐る恐る、口に出す。
「その…、そんなに気を遣わないで…、無理して、食べなくていいのよ…?」
思わずプーシュカははっとした。

食事会とは食事そのものではなく、交流が目的なのだ。
だからこそ、上品に慎ましく、話に花を咲かせながら食べていく。

そしてそんな彼女たちとて人間である以上、お腹が空く。
その胃を可能な限り縮めるほどコルセットでぎりぎりまで締め上げられているのは何故か。

少しでもニコライ皇子に気に入られるため、綺麗に見られたいためだ。
―――少なくともここに居る令嬢たちはそうだろう。

それに対し、プーシュカは一人で…会話にも参加せず、ただひたすら目の前に出された食事を平らげていく。

それはさながら、話に花を咲かせる公爵令嬢達に混ざり、一人気を遣った侯爵令嬢がどうにか無理をして食事に没頭する様であり。
何より、先ほどシェルシェンの告げた「美味しいものを『たくさん』食べて気分転換をしましょう」という言葉を忠実に守っているようにも見えた。

かえって苦行をさせてしまったとばかりに、シェルシェンが気遣わしげにプーシュカを見つめる。
プーシュカもやや硬い笑顔を浮かべた。

「え、…あ、いえ、その…どのお料理も初めてで…とても、美味しくて…夢中になってしまって」

その一言に、公爵令嬢達が弾けるように笑い出した。

「え?…あ、…あの、何か…?」
近くの令嬢に恐る恐る声をかけると、令嬢は苦しそうにお腹を抱えてごめんなさい、と切れ切れに答える。
「その、…意外すぎて。…そうよね、貴女だってお腹は空くわよね…」
「その言い方は酷いわ、コーラ。…でも、本当にそんなに食べて大丈夫なの?お腹、痛くならない?」
コーラ嬢の一言をきっかけに、令嬢たちが口火を切っていく。
「魔女ってもしかして、胃袋も強いの?…私、あまり食べられないから羨ましい…」
「…コルセット、していないとか?」
「あら――でもその細腰でコルセットもしていないのだとしたら、それこそ魔法よ。私にも掛けて欲しいくらい」
「食べた物が全部その大きな胸に行くんじゃないの?」
「そもそもプーシュカ、貴女、普段何を食べているの?オルラン家預かりという事は、オルラン城に居るのでしょう?」
「酷い扱いを受けていたり?まともなものを食べさせてもらっていないとか!」
「まさか、流石にそれはないでしょうけれど、でも、ねえ…?」

わやわやと花が開いていく令嬢たちに、プーシュカはええ…と困惑する。

「その、あの…」
助けを求めるようにシェルシェンに目を向けるも、シェルシェン自身でさえ憐れみ半分好奇心半分の表情を浮かべていた。

「…その、オルラン公爵家は軍門の家系でいらっしゃる上に、ご子息がお二方とも男性でいらっしゃるので…」
観念したプーシュカが、顔を赤くして俯きながら口を開く。

「その、…少し、というより、かなり、…一つの皿の量が多いんです…」

男と女では食べる量が違うのは当然だ。
その答えには、公爵令嬢達もふんふんと頷くばかりである。
だからこそ、プーシュカがここで答えを告げるのが非常に恥ずかしくなってくる。

「それで、…その、私も…普段は…オルラン家の皆様とご相伴を預かる身として、御兄弟とまではいかずとも、それなりの量を…はい…」

消え入りそうな声で俯くプーシュカに、令嬢たちがああ、と漸く納得の姿勢を見せた。

「もしかして、…足りない…?」

令嬢たちが見ると、プーシュカの顔から火が噴き出そうになっていた。

気まずそうな沈黙が流れた後、ぽつりと…申し訳なさそうな声がプーシュカの隣から届く。


「…実をいうとね、」

先程コーラと呼ばれた令嬢がプーシュカに顔を寄せる。

「私もコルセットがない時は沢山食べる方なの。帝城の料理は初めてだし…折角だから、少し緩めてしまおうかしらと思うのだけど…今は女だけだし、大丈夫よね?」
そう微笑む令嬢に、プーシュカがほっとしたような笑顔を浮かべた。

「あら、ずるいことを言わないで。私だって帝都の食事には関心があるのを我慢していたのに…ねえ、私のコルセットも少しだけ弛めてくれない?勿論、見苦しくないようによ」

数人の令嬢たちがそれぞれの傍付きに言いつけて、軽くコルセットを弛めてもらう。

「私は貴女たちが食べているのを見るだけでお腹いっぱいだわ。…私の代わりに食べて貰える?皆が美味しそうに食べている姿を見るのは好きなの」

シェルシェンがそう笑うと、和気あいあいとした空気が流れていく。

「ああ、でもこの魚介のスープはうちの領地の方が美味しいわ。港があるから、魚が新鮮だもの」
「葡萄酒は流石ね。香りも味も素晴らしいこと」
「うーん…、帝都の味付けはどれも少し濃いから、やっぱり少しで良いかしら」
「これ、何の肉かしら。副料理長の話は長すぎて聞いていなかったのよね」

同世代の令嬢たちとこうして食事を囲む日が来るなんて。
それも、彼女たちの表情には…先程の兵士たちの様な嫌悪や恐怖など、微塵もない。


プーシュカににとって、目の前の光景がまるで夢のようにも思えた。

「ねえ、プーシュカ。オルランではどういう食事が出るの?」
コーラに尋ねられ、近くの令嬢たちがプーシュカを興味深げに見つめる。
「肉の山でしょうか。こう…お皿に…このくらい…塩茹でにしたものを積み上げて…」

空になった皿の上に、その手で山の様なシルエットを作るとコーラたちが驚いて咽る。

「え?…からかうのはやめてちょうだい、…それは流石に嘘でしょう?」

反対側からも、けほけほと喉を咳き込ませながら声をあげる。
説明会の時にプーシュカに牽制をしたフローラだった。
その顔には、疑惑の面差しだったが先日のような敵意はない。

「私も、帝都では肉を山で積まないと知って驚いたばかりなのです…」
プーシュカの返答に、令嬢たちが更に笑う。
「…オルランは変わったところだとは聞くけれど、その様子だと本当なのね。一度見てみたいわ」
「オルランにお越しの際は是非。歓待致しますわ」

そういって微笑むプーシュカに対し、令嬢たちの脳裏に蛇のような笑顔を浮かべたオルラン伯の姿と…目の前で山のように積まれた肉の大皿を思い浮かべ―――顔を引きつらせて愛想笑いを浮かべた。

「…。…それは遠慮させて頂くわ…」
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