銀色の魔女は黒騎士の手の平で踊る

くろなま

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act46.魔女の新生活

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早朝。



酷く頭がぐらぐらと重く、鈍い痛みがずきずきと頭の中を支配している不快感で目が覚めた。

体に力が入らない。胸の中によくないものが棲みついており、逃げ出さずに籠城している。

ぼんやりと見慣れないような見覚えのあるような、そんな天井を見つめ…痛みで考える事すら時間がかかるのだが、やがて漸くそれが胸焼けであり…ひどい二日酔いである事にクロウンは気が付いた。



「あ゛ーーー……」



何か言葉にしようにも、だるくて呻くことしかできない。

幸い、自分はロスティスラブ城客室の…ベッドの上で寝ている事は把握できた。既視感もあるわけだ。



確か…、と、ぼんやりした頭で昨晩の記憶を思い出す。



ロスティスラブ大公であり自分の叔父シソイと夕食の席で酒盛りを始め。

盛り上がってきたところで談話室で飲み直そうと、上等な葡萄酒の栓が抜かれたところで記憶がぽっかりと抜け落ちている。



喉が非常に乾いており、とにかく何か飲みたくてたまらない。

どうにか顔を横にずらすと、サイドテーブルに水差しとグラスが置かれていたので、どうにか頭を持ち上げながらずるずると這いずるようにベッドから降りた。

歩く度に頭がずきずきと痛む。



「んんー…」



未だはっきりとしない頭でグラスに水を注ぎ、一息に飲む。

冷えた水が全身に巡るような爽やかさと、多少の冷えによって頭痛が若干和らいだような気がする。



漸く動くことを思い出した頭が、「何故自分が客室で寝ているのか?」という疑問の答えを探るべく、直前の記憶を辿って行く。

思い出していくうちに頭と記憶がはっきりしていき、…同時にクロウンの首筋に不快な汗がぽつりぽつりと浮かびあがる。



程なくして、早朝のロスティスラブ城内に、声にならない悲鳴がこだました。















「お早うございます、シェルシェン様…。……あら」



与えられた部屋から起き出し、普段用の…コルセットのいらない質素なドレスに着替えて髪を整える。

化粧は必要最低限ではあるが…それを一人でてきぱきとこなした上で、プーシュカは部屋の主に挨拶した。



シェルシェンはまだ寝台でんんー、と煩わしそうに眉間に皺を寄せている。

どうやらもう暫くは起きそうにない。

その様子にプーシュカは安堵しながら、そのまま部屋に戻った。



主人が起きるまで待機する他ない。



改めて、与えられた自分の部屋を見回す。

窓は大きく、外からの光を浴びるには十分である。

元々トイカロットの停留用として作られているらしく、一人分の居住性を意識して作られた間取りだ。

その為、決して不快な要素はない。最低限の調度品も見苦しくなく、けれど高級すぎる事もない。

絨毯の上にはラグを敷いて、その場に座り込むだけの広さも取れるだろう。

壁の一画は煉瓦が詰まれており、壁暖炉(ペチカと構造が似た大型薪ストーブの一種)なのだろう事が解る。

冬になれば階下で使用人が薪を焚き、その熱が煉瓦の中で駆けまわる煙管を通り…壁全体が温まるようになる筈だ。

シェルシェンの私室は広すぎるため専用の暖炉が設けられているが、プーシュカに与えられた別室程度の広さであればこれでも十分温まるだろう。



プーシュカの私物は全て収納され、それでもまだ余剰分の空間がある。

元々プーシュカ自身が侯爵令嬢にしては私物の量が少ないため、一層簡素な雰囲気を作り出す。

部屋から一歩出れば上品な上流社会そのものといった豪奢な内装に変わる事もあり、その落差は顕著に映った。



窓を開けて換気をする。早朝の涼しい風が部屋に入り込む。

天気が良いらしく、眼下に整然とした中庭が日に当たり、きらきらと輝いて美しい。

見るもの全てがおとぎ話の中に入ってしまったかのようだ。



「…?」



ふと、遠くから何か…金切声のような叫びが聞こえたような気がしたが、出所が解らないのでプーシュカは首を傾げながら窓を閉める。

程なくしてノックの音が聞こえたので、謎の叫びについては記憶の隅に追いやることにした。



「お早うございます、プーシュカ様。ヴァシリーです。お起きになられてますでしょうか?」

「お早う、ヴァシリー。どうぞ」



シェルシェンの傍付きであるヴァシリーが一礼して扉を開けると、あれ?と不思議そうな顔をした。

その後ろに、数名の女中も一礼して待機する。

「…既にどなたか女中が来られました?」

「いいえ、来ていないわ。どうして?」

プーシュカが首をかしげると、ヴァシリーが更に首を傾げる。

「いえ…御召し物も御髪も、既に綺麗に整えられていらっしゃるので…」

「ああ。化粧は少し簡素だけれど、これでも問題ないわよね?」

「…もしかして、お一人で…?」

プーシュカが頷くと、ヴァシリーは気落ちしたように項垂れる。

「申し訳ございません。私が来るのが遅かったばかりに、お手を煩わせてしまって…」

「そんな。貴女はシェルシェン様のお傍付きでしょう?優先するべきはシェルシェン様ですもの。兼任は大変よね」

そう優しく微笑むと、ヴァシリーはうう…と気落ちする。

「それでも、兼任ですから。それに、プーシュカ様はトイカロットでいらっしゃいます。シェルシェン様よりも先にお起きになって、お待ちしておられないといけませんから…やはりプーシュカ様から先にお世話させて頂かないと。…それなのに…」



彼女としては早めに来たつもりだったが、プーシュカの方が先に起きて支度をしてしまっていたらしい。

ともすれば、これはプーシュカのミスだ。

彼女の仕事を取り上げ、面目を潰してしまったのだから。



「本当にごめんなさい、ヴァシリー。私は今までもいつもこの時間に起きて、この位の準備は自分でしていたの。私もトイカロットの勝手がわからなくて。貴女の所為ではないわ」



プーシュカが頭を下げると、ヴァシリー達は驚いて慌てふためく。



「いいえ!いいえ、こちらこそ!…ロスティスラブ家の皆様がどういった生活を送られているのか、きちんと事前にお話しなかったこちらの手落ちでございます!どうか、頭をお上げ下さいませ!」

「…では、シェルシェン様はまだお起きになられていないのね?」

はい、と頷く女中たちにプーシュカも頷いて微笑む。

「だったら、浮いた時間で今のうちに色々と…普段のスケジュールや、ロスティスラブ家の皆様の事を教えて頂けると嬉しいわ。そして、化粧の仕上げも。これで今後はばっちりでしょう?」

プーシュカの言葉に、ヴァシリー達が喜んで頷いた。



ヴァシリーからしきたりについて教わっているうちに、シェルシェンからの呼び鈴が響く。

令嬢としては大分緩やかな起床時間だが、おかげでプーシュカも…ロスティスラブ家令嬢のトイカロットとしてどう振る舞うべきかを十全に学ぶことができた。



「ああ、お起きになられたようです。では、私どもはシェルシェン様のお世話に向かいますので、失礼いたします。プーシュカ様も、良いようでしたらお越しください」

女中がにこりと…多少緊張が抜けたようで、優しく微笑んで退室する。

プーシュカは教えてもらったメモをビューローの戸棚にしまい、軽く服装を整えて部屋から出て行った。





「おはようございます、シェルシェン様」



ドレッサーの前で軽い欠伸をしながら、シェルシェンがぼんやりと眠い目をこすって鏡越しに微笑む。



「ああ…おはよう、プーシュカ。…よく休めたかしら?」

「ええ、とても快適です。良い部屋を賜りまして」

「安心したわ。…ああ、時間がかかるから、ソファに座っていて頂戴。お茶も用意してあるから、喉が乾いたら好きに飲んで構わないから」



言われた通り、少し離れた来客対応用のソファに座る。

ヴァシリーを始めとした女中たちが、あれやこれやと忙しくシェルシェンの身なりを整えている様子を眺めてぼんやりと微笑む。



「シェルシェン様は、お目覚めは如何ですか?」

「いつも通りね。私、朝が弱くて…起きるのが遅くてごめんなさい。帝都では遅れないように気を張っていたから、油断したみたい」

シェルシェンの言葉に、そういえば、シェルシェンは大抵一番最後に姿を現していたな…と、プーシュカは交流会の朝を思い出す。



「クロウン様と大公閣下は大丈夫でしょうか…」

流れで口にすると、シェルシェンがくすくすと笑う。

「もしかしたら、もう城を出ているかもしれないわね」

「まあ。それは残念です」

プーシュカの何気ない呟きにシェルシェンがおや、と眉を上げる。

「あら。…もしかして昨日の…、満更でもないとか?」

「クロウン様が良い方だという事は交流会以来ずっと思っておりますよ。友人として、とても信頼のおける方だと」

「残念。貴女とクロウンが結婚すれば、私たち親戚になれたのに」

そう言いつつ、シェルシェンは然程残念がっている様には見えない。

ただのじゃれ合いであることはお互いが理解していた。

そうしていくつか…シェルシェンの準備が出来あがるまで、記憶にも残らないような他愛のない話を続けた。



「今日は特に予定はないのだけれど…、プーシュカは何かしたいこととかある?」

ばっちりと…燦々と輝くいつものシェルシェンに見惚れながら、プーシュカが首を横に振る。

「シェルシェン様のご随意に」

「もう、急にトイカロットらしくならないで頂戴。…ふむ」

突然、シェルシェンがプーシュカをじっと睨むように見つめて考え込む。

「…?」

やがて決めた!とぱちんと手を叩き、良い考えが思いついたとばかりに笑う。

「折角だし、ドレスを仕立てましょうか。あと装飾品も。」

ぽかんと見つめるプーシュカに、シェルシェンはふふふ、と悪戯猫の様な顔をする。

「さ、そうと決まれば食堂に向かいましょうか。しっかり食べて、体力つけておかないと!」



らんらんと足取り軽く…けれど非常に上品にシェルシェンが舞う様に部屋から出ていく。

プーシュカがそれに続き、使用人たちはせっせと部屋の掃除を始めた。





朝食の席ではにこやかなアレクサンドラ大公夫人が先に席に付いていた。

それぞれが淑女の礼を取り、アレクサンドラに挨拶をする。



「お早うございます、お母様」

「お早うございます、大公夫人閣下」

二人を眺めて、アレクサンドラははい、お早うと微笑む。

「昨夜はとてもにぎやかだったようね。楽しかった?」

「まあ…今にして思えば、というところですわね。大変でしたのよ」

シェルシェンが苦笑し、席に付く。プーシュカはその隣だ。

「プーシュカはどう?よく眠れたかしら」

「はい、大公夫人閣下。とても居心地の良いお部屋を賜り、光栄です」

プーシュカが一礼すると、アレクサンドラがあらあら、とやんわり苦笑する。

「気に入ってくれたなら良かった。けれど閣下だなんて、よそよそしいのはいけないわね。アレックスと呼んで頂戴」

「ですが…」

「私は確かに大公夫人ですけれど、この先も娘の友人にまで畏まられるような怖い女だと思われるのは嫌だわ。だから、ね?」

プーシュカがちらりとシェルシェンを見ると、シェルシェンは笑って頷いてみせる。

「それでは、お言葉に甘えて…アレックス様」

一礼するプーシュカに、それでいいのよ、とアレクサンドラが満足そうに頷いた。

「…それにしても、主人もクロウンも遅いわね。随分お寝坊ですこと」



そう噂をしていると、やがて食堂の扉が開く。

「やあ、遅くなって済まないね、皆。脱走兵を捕まえるのに手間取ってしまってね」

昨夜の疲れなど一切感じさせず、快活に笑うシソイが堂々と入ってきた。

「お早うございます、シソイ。まあ、脱走兵?」

その後ろから、世界が沈んだように項垂れるクロウンがとぼとぼと追従する。

アレクサンドラが楽しそうにクロウンを眺めた。

シェルシェンとプーシュカがやや同情的に微笑みながら会釈すると、クロウンがぎくりとして、怯えたように目を伏せる。…まるで、プーシュカと初めて対面した時の様に、おどおどと口をしっかり結んでいた。

「こいつめ、早朝から逃げるように馬車の用意をしていたのでね。首根っこ捕まえて、現行犯逮捕してきたというわけだ。」

シソイが笑いながらクロウンの肩を叩き、席に座る様促す。

「まあ、どうして?いつもの様に、もっとゆっくりしていけばいいのに。何か急用?」

「ええ…アレックス伯母上様。はい、まあ…、いえ、…その、そういうわけでは、ないんですけど…」

ちらり、とプーシュカと目が合い、慌ててまた目を背ける。

プーシュカとシェルシェンは互いに苦笑して、クロウンに挨拶をした。

「お早う、クロウン。昨夜は随分とお父様に飲まされて、大変だったわね?」

「お早うございます、クロウン様。体調は如何でしょうか?」

「え!あ!うん、いや、だっ…大丈夫。ありがとう、お早う、二人とも」

二人の挨拶にびくっと肩を震わせ、ばつが悪そうにしゅんとしながらも声を絞り出す。



「クロウン様は昨夜、相当酔われておりましたから。記憶が抜けてしまって、お目覚めになった時に別の部屋で、驚いてしまわれたのでしょう」

「そして、本当だったら出仕する筈だったのをお父様に無理やり休みを取らされたものだから、1日勘違いしてしまったのよね」

二人の援護射撃にクロウンはうう、と軽く顔をしかめた後、ゆっくり息を吐いて頷いた。

「ええ、…そうなんです、伯母上様。今日が仕事だと勘違いして、焦ってしまって」

それを見てアレクサンドラがなるほど、と頷く。

「そういえば、そうだったわね。ごめんなさいねクロウン、主人の気まぐれに付き合せて」

「いえ。おかげでのんびり帰り支度ができます。朝食を頂いたらすぐお暇しますので…」

クロウンが俯きながらそう言うと、シソイがえ?と驚いた顔で口を開いた。

「それはいかんな、クロウン。困るよ」

その場の全員が「え?」と、シソイへと顔を向ける。

シソイはやれやれ、と首を振りなが困ったように眉を顰めた。

「宮廷には一週間、出向扱いにして君を借りるって言ってしまったんだから。今君が帝都に戻られたら、私がガングートに言い訳しないといけないじゃないか!」

「一週間!?」

「出向!?」

クロウンとシェルシェンが同時に驚いて声を上げる。

アレクサンドラとプーシュカも目を白黒とさせていたが…その様子に、シソイは何か変な事を言っただろうか、と首を傾げた。

「それはそうだろう。クロウンは殿下の側近なんだ、その位の理由付けがないと引っ張ってこれるわけがないじゃないか」

「で、…殿下は、なんと…?」

クロウンが弱ったようにシソイに尋ねると、シソイは快活に笑い飛ばす。

「別に構わないとさ!」

「殿下…」

しおしおと萎んでいくクロウンに、シェルシェンがくすくすと微笑む。

「いかに殿下と言えど、私の頼みを断れる筈がないからね。ああでも、あとできちんと返せと念は押されてしまった。だからちゃんと一週間したら帝都にお返しするから、安心しなさい」

そう言い聞かせるようにシソイがにこにこと微笑む。

クロウンは複雑そうな顔で項垂れていた。

「では、お父様。クロウンは一週間ロスティスラブに滞在している間、自由と言う事ですか?」

「まあ、そういうことになるかな。…折角借りたんだ、多少は私の手伝いをして貰うつもりだが、今のところはまだクロウンの手を借りる必要はないね」

どうしたんだい?と首を傾げるシソイに、シェルシェンがにっこりと微笑む。

「これからドレスと装飾品を新調しようと思っているんです。是非、『妖精伯』のご意見も伺いたくて。お借りしても宜しいでしょうか?」

シソイは何度も頷いて破顔する。

「ああ、構わないとも。糸目は付けなくていいから、どんどん作りなさい」

その太っ腹具合に、プーシュカが驚いて目を白黒させる。しかし、プーシュカ以外の全員がそれについて一切当然とばかりに頷いている。

「そう言う訳だから、クロウン。食事が終わったら談話室。良いわね?」

シェルシェンの強引な笑みに、クロウンは最早諦めたとばかりに乾いた笑顔を浮かべて頷いた。











「あの、シェルシェン様。宜しいですか?」

談話室に向かう途中、プーシュカが尋ねる。シェルシェンがくるりと振り返って首を傾げた。

「一々宜しいですか、なんて尋ねなくてもいいのよ。なあに?」

「ロスティスラブではドレスが格安で作られるのでしょうか?…どんどん作れ、と言うのは、流石に…」



貴族令嬢のドレスは、戦闘服である。

当然夜会の度に毎回違うドレスを着て、1、2回着れば後はタンスの肥やしになってしまう。

しかも、オーダーメイドであるそれは他人に払下げすることはできない。

大量のドレスは箪笥と経費を圧迫し、資金繰りに厳しい下流・中流貴族などは殆どレンタルで代用することが多い。

装飾品はそれでもいざというときの担保になるのでまだましだが、ドレスに関しては作れば作るほど金がただ消えていくだけなのだ。

ただし、そのドレスの量が多い程…貴族令嬢達のステータスとなっているので、今更その風潮を変えることは難しい。



「プーシュカは知らないの?『シェルシェン・シリーズ』」

やや大人しめのクロウンが首を傾げる。プーシュカもまた、首を傾げた。

「ルシーシャ姉様の名前を冠しているデザインのドレスや装飾品のこと。勿論、実際はパタンナーが作るんだけどね。原案は姉様が出すから、そのシリーズが作られる度に使用料がロスティスラブ家に流れてくるんだよ」

プーシュカが驚いてシェルシェンを見つめる。シェルシェンは照れくさそうに微笑んでいた。

「帝国が誇る『宝石姫』シェルシェン・ロスティスラブの人気は凄まじいからね。平民・貴族問わず誰もが姉様の手がけた衣装や装飾品を欲しがるんだよ。…平民にはギリギリ値段が届くように安物で多少簡素な作りにしているらしいけれど。帝国社交界の流行は姉様が作り出してると言っても過言じゃないんだ。要するに、姉様がドレスを作れば作るほど…」

「…ロスティスラブ家が潤う」

プーシュカが続けると、そういうこと、とクロウンが頷く。

「姉様が新しくドレスを作って、それを夜会に着て行く。そうすると、姉様に憧れるご令嬢達がこぞって似たドレスを欲しがる。勿論『シェルシェン・シリーズ』は姉様が関わっているもの以外にその名前を付けてはいけないし、『シェルシェン・シリーズ』のドレスを作っていいのはロスティスラブ家が提携している工房だけ。それを卸して販売していいのも、提携しているブティックだけ。デザイン使用料とは別に、『シェルシェン・シリーズ』の名を冠した商品は売れた数に対する利ざやマージンがロスティスラブ家に入る仕組み、というわけ」



クロウンの説明に、はぁ~、と、感嘆の息が漏れる。

「城に来るまでの間、城下の街並みは見た?殆どがドレスや装飾品の工房だったでしょ。元々芸術志向で美意識が強い街だからさ。ルシーシャ姉様の求心力とロスティスラブ領の得意分野とが合わさって、それはもう一大プロジェクトなんだよ」

なるほど…と、プーシュカがこくこくと頷きっぱなしになる。

「ですから、大公閣下はシェルシェン様にどんどん作れ、と…。シェルシェン様はご自身の力で自領に貢献なさっているのですね。…凄い…」

尊敬の目で見つめるプーシュカの視線に、シェルシェンが擽ったそうに笑う。

「私はただ案を出すだけだから。それに、原案は私だけじゃなくて時々、クロウンも手伝ってくれるの。こう見えて、クロウンのセンスはとても良いのよ?」

驚いてプーシュカがクロウンを見つめる。

クロウンも照れくさそうに頬を染め、指で頬を掻いていた。

「そして、出した図案をきちんと一流のデザイナーが私の願望を形にして、パタンナーがそれを作り興すの。流通・販売経路とか、その他の権利やら何やらもお父様と部下の方々が相談して決めているから、本当に凄いのは皆なのよ。」

それでも、と、プーシュカが目を輝かせる。

「私はドレスのデザインなど、考えた事もありませんでした。私自身は着られれば何でも良くて、いつもオルラン公爵夫人ディア―ナ様に着る服を決めて頂いていたので…」

「そうなの?」

シェルシェンが目を丸くする。クロウンも驚いていた。

「じゃあ…あの、いつも肩を出してるあの…凄く…ええと…誘惑的なドレスは、オルラン公爵夫人の御趣味?」

「ええ、はい。…その、多少恥ずかしくはあるのですが、ディア―ナ様のご命令でしたので…」

戸惑うようなプーシュカの言葉に、二人がぽかんとする。



「呆れた…。よくもそこまで自分に無頓着でいられること」

談話室に辿り着き、各々がソファに座りだす。

「違うわね。飾らなくても良いだけの素材だからこそ、と言う事かしらね。どちらにしても、勿体ない話だわ」

「その、僕としてはいつものドレスも勿論素敵だと思うけど、もう少し…暖かそうな格好の方がいいかな、とは思うよ。失礼だとは思っているけれど、目のやり場に困ってしまうし…」

クロウンも顔を赤らめて俯く。

「すみません」

プーシュカがしゅん、と頭を下げると、二人がいやいや、と否定する。

「とにかく。今日は貴女をイメージしたデザインのドレスを作ろうと思うの」

そこでシェルシェンがぐっと、力を入れる。へ?と、プーシュカが目を丸くした。

「私のイメージってもう出来上がってしまっているから、最近はどれも似たようなデザインで…マンネリというやつね。プーシュカだったら、私とは真逆の方向性で新しい可能性が開けると思うのよ!」

クロウンがシェルシェンの言葉に同調するように頷く。

「良いんじゃないですか?『プーシュカ・シリーズ』…『銀色の魔女シリーズ』?」

「銀色の魔女、ね…。貴女のイメージを払拭するためにも、丁度良いかもしれない」



とたんに二人が真剣な顔をし始める。

何だか大変な事になって来たぞ…と、プーシュカは顔を引きつらせた。



「うーん。でも、流石に『銀色の魔女』だと直接的すぎるかしら。私たちは良くても、銀色の悪魔を想起させるのは今の段階ではまだ早いわね。…銀色から派生させみる?」

「姉様のシェルシェン・シリーズは『太陽』『花園』『宝石』の暖色系等を基調とした華やかなデザインが多いでしょう。それなら、対比として『月』『雪』『夜』とかの寒色系でシックに揃えるのが妥当じゃないでしょうか」

意外にもクロウンが協力的なのが、余計にプーシュカに疎外感を与える。

ロスティスラブ家の傍流であるレトヴィザン家も、やはり潜在的に美意識が高いようだった。



「良いわね。ねえ、プーシュカ。貴女の好きな花は?」

「え?ええと…ライラック、でしょうか…後は、カモミールとか…」

ふと、突然質問を投げかけられたプーシュカが思わず口をついて出てしまう。



「へぇ。意外な取り合わせだね」

クロウンがプーシュカを見つめる。そこで思い出した様にあ、と目を見開いた。

「ライラックって、結構派手だよね?ああいうのも好きなんだ…ああ、でもカモミールは確かオルランの紋章にも入っているんだっけ。…と言う事は、エフスターフィイも?」

クロウンの質問に、プーシュカが素直に頷く。

「はい。雪の中に咲くカモミールがエフスターフィイ家の紋章です」

「良いじゃない…素敵ね。それじゃあ、花はライラックとカモミールで案を出してみましょう」



シェルシェンとクロウンが白熱した議論を交わし、その度について行けず呆けているプーシュカに意見を求め、それらは昼近くまで続いた。

シソイが不在のままアレクサンドラと4人で食事をしている時すら、シェルシェンとクロウンの熱量は冷めない。

すっかりついて行けずにぽかんとしたままのプーシュカは、どうしていいか解らず、ただ耳を傾ける事に注力するしかなかった。



「うーん。プーシュカはシルエットが顕著だから、下手に覆い隠すとかえって不格好になってしまうわね。太って見えてしまうもの。やっぱりいつもの…ラインがぴったりとしたドレスの方が似合うわね。オルラン公爵夫人は…少し奔放ではあるけれどきちんとした目をお持ちだわ。プーシュカ、どう思う?」

「ええと…、その、すみません、よく解らなくて…」

歯切れの悪いプーシュカの返事に、シェルシェンがうーん、と悩みだす。

「でも…あまりライン取りに限定しすぎると、着たくても着れないご婦人方が沢山でてきてしまいます。売りに行くなら、もう少し対象を広げないと」

「あら、プーシュカのイメージを確立しない事には、大衆化にするときかえってあやふやになってしまうわよ。どうせならもっと魔女っぽく…少し妖しく艶やかに行く?オルラン公爵夫人の着想そのままに、私たちのプーシュカのイメージと擦り合せてみるのはどうかしら。ね?どう思う?」

「ええと…その、私にはいまいち浮かばなくて…すみません」



果てのない論争が目の前で繰り広げている間、プーシュカはただただお茶を飲んで二人の会話に耳を立てる事しかできない。

”銀色の魔女プーシュカ”というイメージについて論争している事は理解できるが、あまりにも名前や違う情報が錯綜し過ぎて「銀色の魔女とは?プーシュカとは?自分とは?」という謎の哲学まで頭の中に生まれては消える。



自分の容姿は銀色の魔女だが、誰もが髪と目、そして見た目…特に胸といった顕著な部分以外に言及されたことなどない。

何を着ようが、何で飾ろうが自分は"銀色の魔女"でしかないのだから。



銀色の魔女を想定したドレスを作るというのも、正直プーシュカにはピンときていない。

二人が楽しそうにしているので水を差すつもりもないが、それが大衆に受けるのだとしたら…何故今まで『銀色の悪魔』は忌み嫌われていたのだろう…という事になってしまう。

名高き『宝石姫』シェルシェンが関わればいいのか。

それならば、自分の意見など寧ろ余計なのではないだろうか。



「…もう!ちゃんとして、プーシュカ。貴女のことを聞いているのよ、貴女が一番に理解していなくてどうするの!」

話が進まずに多少苛々としているのだろう、シェルシェンがぼんやりして静観していたプーシュカに喝を入れる。

「え?…あ、はい…すみません、シェルシェン様」

「…」

ふと、クロウンがじっと…真顔でプーシュカを見つめていた。

視線に気付いてクロウンの方へ向くと、クロウンがあ、と気まずそうに視線を俯かせる。

「なあに?クロウン。何か気付いて?」

「…いえ、姉様。…。…すみません、ちょっと…気になった事があって」

シェルシェンがクロウンに振り向く。

クロウンはまた、プーシュカに視線を向けた。今度は視線を逸らさない。



「プーシュカ…もしかして、こういうの苦手?」

「え?」

プーシュカが目を丸くする。シェルシェンもどういうこと?と、首を傾げる。

「いや…その、勘違いだったら申し訳ないんだけど。…プーシュカって、自分についてあれこれ掘り下げられるの、慣れてないよね?」

「慣れてない…?」

クロウンの言葉に、プーシュカはただ首を傾げる。

「今までずっと『銀色の魔女』っていうレッテルを貼られて、君もオルラン伯たちと…その通りに動いていたでしょう。だから、君自身について誰も知ろうとしなかった。違う?」

「…いえ、仰る通りです」

プーシュカが素直に頷く。

それは先ほど、自分でも考えていた事だ。



「だからなのかな。…前の夜会で君の本心がわからないって、話したよね。それって、…もしかして、プーシュカの中で『自分自身』っていうものを蔑ろにしてきた結果なんじゃないかなって…今、ふと思ったんだ」



クロウンの言葉に、プーシュカは返す言葉が見つからなかった。

どう返していいか、解らなかった。
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