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第零話〜プロローグ〜
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七月一日、行きがけに貰った十円玉五枚をポケットに忍ばせて駄菓子屋に向かう。
昨日の雨のせいで、ジワっと身体の芯から暑さが込み上げた。一歩歩くごとに地面の泥がジャリジャリ音を立てる。
あちぃ。長袖で家を出た事を、引き返すのが面倒なくらいの距離まで来てから悔いた。
この辺の子がみんなして通う、ボロい駄菓子屋さんには、盗んでもバレないんじゃないかってくらい、商売に無頓着なおばあちゃんがドッシリと座る。
店の看板に大きく書かれている店名、平仮名で「つよし」の三文字は、見る度に薄れていってる気がするけど、なんだかんだ今でも文字が認識できるほどには残っている。
「あんた、その歳でこの看板が気になるのかい!お目が高いね、これはタダのおんぼろじゃあなくてな、味があるっていうんだよ。味!」
その看板を不思議そうに眺めるたった十歳の僕に、いつもそう声をかけた当の本人である「つよし」は少し前に病で亡くなってしまったそうだ。葬儀は先日執り行われ、町中の人が惜別の想いで詰めかけた。
「明るくて、眺めているだけで自分の悩みが小さく見えてくるような、大きな人でした。」
そう言って静かに泪を零す親族の言葉を、当時の僕はなるほど、と変に冷静に受け取った。
今は彼の奥さんが、想いを継いで店を切り盛りしている。昔から、今も変わらず言動が力強いおばあちゃんだけど、「つよし」を失ってからの姿はなんとなく雨の日の信号機みたいな、どこか寂しげな様相がする。強がってるけど好きだったんじゃん!なんか素敵だな~。
品揃えはそう多い訳ではないけど、値段が安いから、いつも町内の子供たちは揃って同じようにお小遣いを持ってきて沢山買っては、毎度今生の別れかのように全力でおばあちゃんに手を振った。
それでもいつも、一箇所だけお菓子が山積みになっているケースがある。
「久しぶり!おばあちゃん!またこれ買っていい?」
だいたいここに来る時は、お小遣いを貰っているので気分がいい。僕は調子よく、誰にも買ってもらえてないのか、可哀想だなぁ、と声を漏らしながら、陳列された売れ残りの酢昆布をドサッと買った。好きでもないのに。
「あんた、いつもこれだけどいいのかい?好み渋いね。酒飲みになるわ」
そう笑いかけてくれるそのおばあちゃんに「つよし」の影を見て、どこからともなく冷たい汗が身体を覆った。
好きでもない酢昆布を食べることに体力を奪われ、帰路、ふぅ、と息を吐いてからゆっくり顔を上げる。するとそこには見慣れない光景が広がっていた。
町に唯一ある大通りに沿って、提灯と小さな屋台が並んでいる。奥から、たこ焼き、イカ焼き、焼きそば、と濃い味の焼き物ばっかりだ。見ているだけでも口の中がソースの味で鬱陶しくなる。
「これどうしたの?」
近所に住んでる坂口さんが入口で法被を着て、いかにも誇らしそうに立っていたので尋ねてみると、どうやら今日、「劈頭祭」なるものがこの町で初めて開催されるみたいだ。
なんでも、今日、七月一日を夏の初めとして祝い、八月三十一日の「掉尾祭」にて夏を閉じる。今年から始まって、町興しとして毎年の通例行事となるらしい。ほー。結構楽しそうじゃん。
僕はひねくれた性格のせいで友達が多くなかったから、それらを見て向かう先は一つだった。
大貴の家のインターホンは高い所にあるから、背伸びをしでもギリギリ届かない。なんという欠陥だ、といつも思う。結果的に大声で大貴を呼び出す他なくて、近所迷惑など十歳の僕が顧みるはずもなく、ただ叫んだ。出てこい!!
「なんだよ、もう毎回」
気だるげに出てきた大貴との温度感の差は今考えると酷かった。あとから聞いたけど叫んで呼び出すアレ、僕に召喚されてるみたいだからやめてほしかった。だそうだ。変なの。
彼の手を引いて向かう先は、もちろん祭りの現場だった。
こんな強引な誘いに、グチグチ言いながらもちゃんと来てくれる大貴は僕の中で、言わずもがな、ただ一人親友の枠にいる。
「ここから先、下向いて歩いて!お願い!」
「あぁ、わかった」
こいつの前では、どうしても明るく振舞ってしまう癖がある。案外これが僕の素なのかもしれないな、なんて考えて少しクスッとなった。あ、別に癪にはすごく触るけど。
「ここ!着いたよ!顔上げてみて!」
「お、おう。うぅ、うわぁ!」
久しぶりに大きい声を出した大貴にしたり顔でニカッと笑ってみせる。薄暗くなった空を背景に並んだ提灯が映えていた。
「なんだよ、これ」
決して明るい声では無いけど、抑揚から気持ちの昂りが見て取れるのが可笑しい。
「これから夏の初めと終わりに一度ずつ祭りをするんだって」
「おもしれぇ!」
お金はないので、子供だからとたまに義理で貰えるお裾分けで腹を満たしながら、二人、祭りを練り歩いていた。
祭りだからと少し遅い時間まで出歩いている背徳感が愉しかった。
毎年こうして祭りを練り歩いた僕らだけど、今考えると最初のこの年だけ少し不可解な記憶がある。
大貴がイカ焼き屋の試食を目敏く見つけて貪りに行っている間、僕がただ一人待っていた三分、いや、そんなにも長くなかった。その一瞬の記憶だけ、面白いくらいに抜け落ちている。
何が変って、その瞬間以外の記憶は本当に明瞭な事だ。本能が、それはただのド忘れなんかじゃないと言っているのが分かる。
この世界がスッポリと風穴を開けた僅かな瞬間の記憶。忘れた事を忘れさせてくれず、脳にへばりつくこの記憶。その背景には、いつもどこか微かに、居なくなった父の影があるような気がする。
昨日の雨のせいで、ジワっと身体の芯から暑さが込み上げた。一歩歩くごとに地面の泥がジャリジャリ音を立てる。
あちぃ。長袖で家を出た事を、引き返すのが面倒なくらいの距離まで来てから悔いた。
この辺の子がみんなして通う、ボロい駄菓子屋さんには、盗んでもバレないんじゃないかってくらい、商売に無頓着なおばあちゃんがドッシリと座る。
店の看板に大きく書かれている店名、平仮名で「つよし」の三文字は、見る度に薄れていってる気がするけど、なんだかんだ今でも文字が認識できるほどには残っている。
「あんた、その歳でこの看板が気になるのかい!お目が高いね、これはタダのおんぼろじゃあなくてな、味があるっていうんだよ。味!」
その看板を不思議そうに眺めるたった十歳の僕に、いつもそう声をかけた当の本人である「つよし」は少し前に病で亡くなってしまったそうだ。葬儀は先日執り行われ、町中の人が惜別の想いで詰めかけた。
「明るくて、眺めているだけで自分の悩みが小さく見えてくるような、大きな人でした。」
そう言って静かに泪を零す親族の言葉を、当時の僕はなるほど、と変に冷静に受け取った。
今は彼の奥さんが、想いを継いで店を切り盛りしている。昔から、今も変わらず言動が力強いおばあちゃんだけど、「つよし」を失ってからの姿はなんとなく雨の日の信号機みたいな、どこか寂しげな様相がする。強がってるけど好きだったんじゃん!なんか素敵だな~。
品揃えはそう多い訳ではないけど、値段が安いから、いつも町内の子供たちは揃って同じようにお小遣いを持ってきて沢山買っては、毎度今生の別れかのように全力でおばあちゃんに手を振った。
それでもいつも、一箇所だけお菓子が山積みになっているケースがある。
「久しぶり!おばあちゃん!またこれ買っていい?」
だいたいここに来る時は、お小遣いを貰っているので気分がいい。僕は調子よく、誰にも買ってもらえてないのか、可哀想だなぁ、と声を漏らしながら、陳列された売れ残りの酢昆布をドサッと買った。好きでもないのに。
「あんた、いつもこれだけどいいのかい?好み渋いね。酒飲みになるわ」
そう笑いかけてくれるそのおばあちゃんに「つよし」の影を見て、どこからともなく冷たい汗が身体を覆った。
好きでもない酢昆布を食べることに体力を奪われ、帰路、ふぅ、と息を吐いてからゆっくり顔を上げる。するとそこには見慣れない光景が広がっていた。
町に唯一ある大通りに沿って、提灯と小さな屋台が並んでいる。奥から、たこ焼き、イカ焼き、焼きそば、と濃い味の焼き物ばっかりだ。見ているだけでも口の中がソースの味で鬱陶しくなる。
「これどうしたの?」
近所に住んでる坂口さんが入口で法被を着て、いかにも誇らしそうに立っていたので尋ねてみると、どうやら今日、「劈頭祭」なるものがこの町で初めて開催されるみたいだ。
なんでも、今日、七月一日を夏の初めとして祝い、八月三十一日の「掉尾祭」にて夏を閉じる。今年から始まって、町興しとして毎年の通例行事となるらしい。ほー。結構楽しそうじゃん。
僕はひねくれた性格のせいで友達が多くなかったから、それらを見て向かう先は一つだった。
大貴の家のインターホンは高い所にあるから、背伸びをしでもギリギリ届かない。なんという欠陥だ、といつも思う。結果的に大声で大貴を呼び出す他なくて、近所迷惑など十歳の僕が顧みるはずもなく、ただ叫んだ。出てこい!!
「なんだよ、もう毎回」
気だるげに出てきた大貴との温度感の差は今考えると酷かった。あとから聞いたけど叫んで呼び出すアレ、僕に召喚されてるみたいだからやめてほしかった。だそうだ。変なの。
彼の手を引いて向かう先は、もちろん祭りの現場だった。
こんな強引な誘いに、グチグチ言いながらもちゃんと来てくれる大貴は僕の中で、言わずもがな、ただ一人親友の枠にいる。
「ここから先、下向いて歩いて!お願い!」
「あぁ、わかった」
こいつの前では、どうしても明るく振舞ってしまう癖がある。案外これが僕の素なのかもしれないな、なんて考えて少しクスッとなった。あ、別に癪にはすごく触るけど。
「ここ!着いたよ!顔上げてみて!」
「お、おう。うぅ、うわぁ!」
久しぶりに大きい声を出した大貴にしたり顔でニカッと笑ってみせる。薄暗くなった空を背景に並んだ提灯が映えていた。
「なんだよ、これ」
決して明るい声では無いけど、抑揚から気持ちの昂りが見て取れるのが可笑しい。
「これから夏の初めと終わりに一度ずつ祭りをするんだって」
「おもしれぇ!」
お金はないので、子供だからとたまに義理で貰えるお裾分けで腹を満たしながら、二人、祭りを練り歩いていた。
祭りだからと少し遅い時間まで出歩いている背徳感が愉しかった。
毎年こうして祭りを練り歩いた僕らだけど、今考えると最初のこの年だけ少し不可解な記憶がある。
大貴がイカ焼き屋の試食を目敏く見つけて貪りに行っている間、僕がただ一人待っていた三分、いや、そんなにも長くなかった。その一瞬の記憶だけ、面白いくらいに抜け落ちている。
何が変って、その瞬間以外の記憶は本当に明瞭な事だ。本能が、それはただのド忘れなんかじゃないと言っているのが分かる。
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