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第一話〜なんでもない生活〜
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「なんでもない生活はありがたい」ってじいちゃんから嫌という程聞かされながら、しかし本当に何の変化もないただの日常がずっと続いていた。今日までは。
「車に乗らなくていいんだな。じゃあ先行くぞ」
じいちゃんは呑気な口調で僕にそう伝えて、ばあちゃんとお気に入りのアメ車に、これまた飄々と乗り込んだ。
僕はそれを追うように、少し遅れて家を出る。サイクリングは季節を肌で感じられるから好きだ。
入り組んだ狭い坂道を通り抜ける時、小学三年生くらいの子達に「こんにちは!」って挨拶されて、高三ながらに懐かしさと、そしてなにより歳を感じた。
僕がガキだった頃も、少し強そうで大人びた"高校生"という存在を見かけると、こうして思わず挨拶したなぁ…あれから10年。ハヤイ…
こういう訳で少し大人になった気分の自分を連れて、ただあまり気分も晴れないまま、僕は病院へと足取りを早めた。
信号でブレーキをキュッと握ると、もう二歳になる僕の相棒はキキキギギギーッ!と明らかに良くない音を立てて止まってくれる。今日は地面に雨が染みてる分、タイヤの擦れた不穏な匂いがすっと香った。
程なくして、荘厳な佇まいで、如何にも「俺が病気を治してやるぜ」みたいな雰囲気を醸す、病院に着いた。その独特で孤立した雰囲気は僕を拒絶しているかのようにすら感じさせた。
すると奥から受付の少し色っぽいお姉さんが出てきて、誰の部屋を探してるの?と、なんだか子供をあやすかのように僕を見て尋ねた。今の僕は彼女の目にさぞ子供っぽく写ったんだろう。
さっき挨拶してくれた子供のせいで少し膨れ上がっていた自分の評価を、急いで下方修正した。調子に乗ってた感じが滅茶苦茶小っ恥ずかしい。
それでもこのままガキだと思われるのは癪に障るので、少し咳払いしてから出来るだけ大人びた声で、
「夏目紫苑です」
とハッキリ答えてみせた。夏目紫苑、これは自慢の母の名前だ。
「206号室ですよ。そこの突き当たりにある階段上がってすぐです」
にっこりとこちらに笑いかけるそれは、僕がさっきの子供を見る目と似通っていたように思う。つまり最後まで彼女に僕は「ガキ」だと認識されていた。思春期には少々辛い。
この町にひとつしかない、比較的大きな病院のお堅い外装は、中に入ってからの僕の歩幅を短くする。
この年齢で母親を嫌うどころか、慕って見舞いに来るなんて例、珍しいのか、いや、その実そうでもないのかな。なんて余計な事に頭をめぐらせながら階段をノシノシと登った。
もう二度と思い出す事もないであろうどうでもいい思考が、とめどなく浮かぶ。
お母さんに関して、もちろん不安もあったけど、悪い病状を想像する事すら今は気が引けるので、兎に角半ば強引に関係ない事で脳みそを埋めて、病室までカツカツ歩いた。
薄暗い廊下、パッと足を止める。
「ここか。」
病室に着いた。もっと長く続くと思った旅路が早々に終わって、正直拍子抜けした。「206号室、夏目紫苑様」の表記を見て本当に入院してんだな、としみじみ思う。そりゃそうなんだけど。
リズム良く叩く心臓の音が少しずつ早くなるのを感じて僕は、大きくて少し厄介な唾を一つ、ゆっくり苦労して飲み込んだ。
少し古い扉は、ガラガラゴゴゴゴゴ、と大袈裟な音を立てて開いた。
「車に乗らなくていいんだな。じゃあ先行くぞ」
じいちゃんは呑気な口調で僕にそう伝えて、ばあちゃんとお気に入りのアメ車に、これまた飄々と乗り込んだ。
僕はそれを追うように、少し遅れて家を出る。サイクリングは季節を肌で感じられるから好きだ。
入り組んだ狭い坂道を通り抜ける時、小学三年生くらいの子達に「こんにちは!」って挨拶されて、高三ながらに懐かしさと、そしてなにより歳を感じた。
僕がガキだった頃も、少し強そうで大人びた"高校生"という存在を見かけると、こうして思わず挨拶したなぁ…あれから10年。ハヤイ…
こういう訳で少し大人になった気分の自分を連れて、ただあまり気分も晴れないまま、僕は病院へと足取りを早めた。
信号でブレーキをキュッと握ると、もう二歳になる僕の相棒はキキキギギギーッ!と明らかに良くない音を立てて止まってくれる。今日は地面に雨が染みてる分、タイヤの擦れた不穏な匂いがすっと香った。
程なくして、荘厳な佇まいで、如何にも「俺が病気を治してやるぜ」みたいな雰囲気を醸す、病院に着いた。その独特で孤立した雰囲気は僕を拒絶しているかのようにすら感じさせた。
すると奥から受付の少し色っぽいお姉さんが出てきて、誰の部屋を探してるの?と、なんだか子供をあやすかのように僕を見て尋ねた。今の僕は彼女の目にさぞ子供っぽく写ったんだろう。
さっき挨拶してくれた子供のせいで少し膨れ上がっていた自分の評価を、急いで下方修正した。調子に乗ってた感じが滅茶苦茶小っ恥ずかしい。
それでもこのままガキだと思われるのは癪に障るので、少し咳払いしてから出来るだけ大人びた声で、
「夏目紫苑です」
とハッキリ答えてみせた。夏目紫苑、これは自慢の母の名前だ。
「206号室ですよ。そこの突き当たりにある階段上がってすぐです」
にっこりとこちらに笑いかけるそれは、僕がさっきの子供を見る目と似通っていたように思う。つまり最後まで彼女に僕は「ガキ」だと認識されていた。思春期には少々辛い。
この町にひとつしかない、比較的大きな病院のお堅い外装は、中に入ってからの僕の歩幅を短くする。
この年齢で母親を嫌うどころか、慕って見舞いに来るなんて例、珍しいのか、いや、その実そうでもないのかな。なんて余計な事に頭をめぐらせながら階段をノシノシと登った。
もう二度と思い出す事もないであろうどうでもいい思考が、とめどなく浮かぶ。
お母さんに関して、もちろん不安もあったけど、悪い病状を想像する事すら今は気が引けるので、兎に角半ば強引に関係ない事で脳みそを埋めて、病室までカツカツ歩いた。
薄暗い廊下、パッと足を止める。
「ここか。」
病室に着いた。もっと長く続くと思った旅路が早々に終わって、正直拍子抜けした。「206号室、夏目紫苑様」の表記を見て本当に入院してんだな、としみじみ思う。そりゃそうなんだけど。
リズム良く叩く心臓の音が少しずつ早くなるのを感じて僕は、大きくて少し厄介な唾を一つ、ゆっくり苦労して飲み込んだ。
少し古い扉は、ガラガラゴゴゴゴゴ、と大袈裟な音を立てて開いた。
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