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34.鎮まりて

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60代半ばくらいの女医と共に、沖奈朔任おきなさくと隊長が、[診察室]から出てきた。
廊下で待機していた隈本一帆くまもとかずほは、
「本当に、元の綺麗な状態に戻っていますね。」
驚きを隠せないでいる。
その一帆に、
「ええ、院長先生の能力は、そういったものですので。」
「ま、命に危険がありそうな重傷者にしかスキルを使いませんが…。」
「三年前の下北沢のときも、僕は、ここに搬送されて、治癒してもらいました。」
「この病院は“H.H.S.O”の御用達ごようたしでして、あの頃の僕は“見らない”でしたので、適用されたという訳です。」
微笑みながら説明する沖奈だった。
「じゃ、いつもどおり、治療費は本部に請求しておくから、あんたらは、もう、帰りな。」
「まだ仕事が残ってんだろう?」
医師に言われて、
「ああ、はい。」
「それでは、失礼します。」
「ありがとうございました。」
沖奈が頭を下げ、これに隊員たちがならったのである。
 
 

[東京組第十三番隊]の本拠地を目指して車を運転する鐶倖々徠かなわささら副隊長が、
「それにしても……、あのスクラップ工場に居た反社たちは、どのようにして沖奈隊長と隈本さんの連絡先を知ったのでしょう??」
「二人に電話できたという事は、どこかで入手したというわけですよね?」
首を軽く傾げた。
「確かに、そうだな。」
「隊長やカズホが、あんな連中と繋がってるなんてことは無いだろうし…。」
理解を示した緋島早梨衣ひしまさりいが、助手席から後ろを振り返って、
「だろ??」
一帆に確認する。
「ええ。」
「全員、初対面でした。」
頷いた一帆に、
「僕もです。」
沖奈が続いた。
正面を向き直した緋島が、
「となると……。」
「架浦と同じ考えにはなりたかねぇが、〝身内がチクった〟て疑惑が浮上してくるな。」
このように呟いたのである。
「もしかして、非番の筺さん、でしょうか?」
一帆の推理を、
「まさか! そんな…。」
否定しかけた鐶は、確信が持てずにいるようだ。
「その件でしたら刑事さん達に伝えてありますので、もうすぐ判明するでしょう。」
「ただ、僕は、〝筺さんではない〟と思っています。」
「あの人は“実直なタイプ”ですからね。」
「まぁ、〝普段そのように装っている〟という可能性もありますが……、基本的に不器用な性格みたいなので、筺さんの線は薄いでしょう。」
沖奈が意見したところ、
「そうですよね!!」
バックミラーごしに鐶が安堵の表情を浮かべた。
「でしたら、いったい、どなたが??」
一帆の視線を受けて、
「そこまでは、さすがに…。」
「ですが。」
「先ほど緋島さんが仰ったとおり、十三番隊か、或いは、範囲を広げて“H.H.S.O”そのものか、どちらにせよ、僕らの内部に〝俟團組きせんぐみと何かしら関係のある人物が潜んでいる〟のかもしれませんね。」
沖奈が締め括る……。
 
 

[西武新宿駅]の近くで一帆を自動車から降ろしてあげた数分後――、3人は“ビル”に到着した。
事務室のドアを開けた沖奈に、
「あ!」
小走りで駆け寄った宮瑚留梨花みやこるりかが、
「おっかえりぃ~☆」
「なんか大変だったみたいだね、さっくんたいちょー。」
「いろいろと大丈夫?」
覗き込むみたいにして伺う。
「ただいま帰りました。」
「ご心配おかけして、すみませんね、宮瑚さん。」
「留守を預かっていただき、ありがとうございます。」
沖奈に感謝され、
「なんの、なんの、ですよぉー♪」
少なからず嬉しがりながら、
「で??」
「結局、何がどーなったの?」
そう尋ねる宮瑚だった。
これに対して、
「詳しいことは、巡回しているお二人が戻って来てからにしましょう。」
沖奈が優しく告げたのである。
 
 

PM19:00過ぎに、パトロールを終えた架浦聖徒みつうらせいんと意川敏矢いかわとしやが入室してきた。
本日の出勤メンバーが揃ったところで、沖奈が〝警察署での取り調べ〟や〝工場での件〟を語っていく。
〝自身が指を鳴らさずともスキルを発動できる〟ということは伏せたまま…。
 
「もしや、筺さんが?!」
こう口にした架浦に、
「そのくだり・・・は、とっくに済んでっから、やらんでいい。」
「隊長は〝筺さん以外が黒幕だ〟って睨んでるそうだ。」
緋島が教える。
「そうなんですか??」
意川が質問したら、
「はい。」
「今回、かげで糸を引いた人物の正体までは断定できませんが、きっと筺さんは違うでしょう。」
「あくまで、僕の分析にすぎませんが。」
そのように答える沖奈であった。
腕を組んだ架浦が、
「ん~ッ。」
「……、じゃあ、ソイツラのバックにいるのは何者なんだ?」
眉間にシワを寄せる。
「さぁ??」
「いくらなんでも私たちには分かりませんよ。」
「隊長も、隈本さんも、〝心当たりが無い〟そうですから。」
「ここから先は〝警察の捜査次第〟となりますね。」
鐶が述べたところで、
「では。」
「この話しは一旦やめて、残りの職務に専念しましょう。」
周囲を促す沖奈だった。
 
 

PM20:00を迎え、
「時間となりましたので、皆さん、ご苦労様でした。」
こう伝えた沖奈のスマホが鳴る。
着信の相手は筺健かごまさるであった。
「もしもし?」
「…………ええ、そうなんですよ。」
「……………………はい、……………………はい。」
「…………それは良かったです。」
「筺さんにも、ご迷惑お掛けしましたね。」
「申し訳ありません。」
「…………いえいえ、気になさらないでください。」
「……………………ええ、それでは、また明日。」
「お疲れさまです。」
通話を終えた沖奈の、ディスクの正面には、隊員たちが集まってきている。
察したらしい沖奈隊長が、
「あれから筺さんの家に地元の警察が訪問して、聴取を受けたそうです。」
「隈本さんと僕をスクラップ工場に呼び出す電話があった夕方の4時半から5時半の間、筺さんは〝行きつけのトレーニングジムで体を鍛えていた〟そうでして…、その様子が防犯カメラに写っていたのと、スタッフの方々が〝本人に間違いない〟と証言してくださったそうです。」
そのように知らせたのである。
「つまり、筺さんは〝無実が認められた〟つーことっすよね??」
緋島に訊かれ、
「その通りです。」
沖奈が〝ニッコリ〟した。
自分の胸元あたりで、
「うっしゃッ!!」
緋島が右手をガッツポーズするなか、誰もが安心したようだ。
こういった状況で、筺に想いを寄せている鐶は、特に〝ほっ〟としているみたいだった―。
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