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35.恋敵

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翌朝の十時ごろ――。
新宿区郊外にある閑静な住宅街の一角を、警察が封鎖している。
その南東あたりで、
「いつまで待たせるの!?」
「こっちは、休みのなか、わざわざ出向いてあげているというのに!」
二十代前半で、黒髪ロングの女性が、苛立っていた。
背丈は168㎝ぐらいで、かなりの美形である。
隊服を着用しており、左腕には腕章が見受けられた。
「すみません。」
「他にも、お呼びしている方々がいまして」と、稲村いなむら刑事が説明しかけたところで、
「どこの誰たちよ?!」
「まったく!」
「…いいわ!!」
「ソイツラが来たら、私が直接もの申してやるわよ!」
女性がまくし立てる。
相手の剣幕に引いてしまった稲村が、
「あ。」
「どうも、ご足労ありがとうございます。」
何者かに挨拶したら、
「あんッ!?」
さっきの女性が後方を振り返るのと共に、ある4人組を睨みつけた。
が。
先頭の男性を視界に捉えるなり、
「!!」
「さくときゅ~ん♡」
デレデレになったのである。
側に控えている女性に、
きゅん・・・?」
こう指摘されて、〝ハッ!〟とした“黒髪ロング”は、
「こほんッ。」
「噛んでしまったわ。」
「私としたことが。」
平静を装ったのであった。
そんな彼女を認識して、
「あー、原城はらきさんでしたか。」
「どうも、ご無沙汰しております。」
ニッコリしたのは、沖奈朔任おきなさくと隊長である。
この微笑みに〝ズキューン♡♡〟ときたらしい原城とやらを、沖奈の左斜め後ろより〝じぃ――ッ〟と観察した隈本一帆くまもとかずほが、
「あの、不躾で失礼しますが、およそ三年前に、下北沢にいらっしゃいませんでしたか??」
「“第二次妖魔大戦”の折に“吹雪のスキル”で助けてくださった方に、よく似ている気がするのですが……。」
そう尋ねたのだった。
〝ん?〟と首を傾げた女性に、
「隈本さんは、あの時、妖魔と戦っていたそうなのですよ。」
「僕は記憶が曖昧なので、はっきりとは覚えていませんが。」
沖奈が教える。
これによって、
「そういえば、中学生くらいの女の子がいたわね。」
〝フ〟と思い出す“黒髪ロング”であった。
互いの記憶が一致したことによって、
「その節は、どうも、ありがとうございました。」
一帆が丁寧に頭を下げる。
そういった流れで、
「原城さんは、もともとは四十四番隊の平隊員でいらっしゃいましたが、今や十四番隊の“副隊長”ですからねぇ。」
「素晴らしい限りですよ。」
沖奈が述べたところ、
「そんなぁ~。」
「さくときゅ…、さくと君は十三番隊の“隊長”なんだから、私よりも凄いわよぉ。」
おもいっきり照れる原城だった。
「いえいえ。」
「僕は、先代の穴埋めとして、急遽、選ばれたにすぎませんので。」
「それに比べて、原城さんは実力を認められての出世ですから、僕とは違いますよ。」
こう褒めた沖奈に、
「そんなことないわよぉー。」
原城が嬉しがる。
一帆の耳元で、
「十四番隊はぁ、〝夜の歌舞伎町〟を担当していてぇ、40人以上は隊員が所属してるんだけどぉ、今あそこに居るのは10人ぐらいみたいだね。」
「それにしても、あの“ハラキ”って副隊長……、明らかに“さっくんたいちょー”に恋愛感情を抱いてるよね。」
「どうする?? くまりん。」
「ライバル登場だねぇ~。」
ヒソヒソと話しつつ、どこか面白そうにしたのは、宮瑚留梨花みやこるりかであった。
〝ドキッ!!〟とした一帆は、何も言えず、沈黙するしかなかったようだ。
 
沖奈・宮瑚・一帆の3人以外には、意川敏矢いかわとしやが訪れている。
筺健かごまさる緋島早梨衣ひしまさりいはパトロール中であり、鐶倖々徠かなわささら副隊長と架浦聖徒みつうらせいんとは非番だった。
 
「原城さん達も、総監の命令で、こちらへ?」
沖奈が疑問を投げかけたところ、
「ええ、そうなのよ。」
「まぁ、うちらの隊長がめんどくさがって、私に押し付けたというのもあるんだけど…。」
「でも、良かったわぁ。」
「お陰で、こうして、さくと君に久しぶりに会えたんですものぉ。」
十四番隊の副隊長が〝モジモジ〟したのである。
そのような乙女心が伝わらなかったらしい沖奈が〝はぁ〟と頷いたタイミングで、他の刑事たちとの打ち合わせを終えた宇山うやまが、
「よろしいでしょうか??」
と、伺ってきたのであった。
 
警察は、これまでに逮捕した“俟團組きせんぐみ”のメンバー達から得た情報にて、〝彼らの親組織である漠皁組まくそうぐみを逮捕する〟との方針を固めたのだそうだ。
しかしながら、どのような能力者が何人ほど“漠皁組”に存在しているのか不明なため、[H.H.S.O]の総監に協力を願い出たらしい。
それによって、新宿方面の幾つかの隊が送り込まれたのだった。
ただし、この件は、副総監と関東司令官には伏せられている。
内部に潜んでいるであろうが漏洩しかねないことを危惧して。
 
ちなみに、“筋肉を増強できるラテン系の女性”は〝雇い主に関しては何も知らない〟〝仕事の依頼は必ず手紙で届けられていた〟〝いつも内容を確認したら封筒ごと燃やしたので一つも残っていない〟と供述しているそうだ
 
なお、昨日、一帆に倒された面子は、骨折などにより入院しているらしい……。
 
「警察の大半は、このまま待機しますが…、貴方がたは我々と一緒に“漠皁組の拠点”に突入してください。」
「今回は先に周りを包囲してから“H.H.S.O”に連絡しましたので、連中が逃亡するのは不可能でしょう。」
「……、それでは、三分後の“ひとまるまるご10:05”に作戦を開始します。」
宇山が告げたところ、
「了解しました。」
沖奈と、
「すぐにでも終わらせましょう。」
原城が、同意したのであった―。
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