勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【107話】 出港したリリア

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「あ!見えた見えた!あれが鯨ね!あんなに大きいんだ」
甲板上で船員に指さされてリリアは初めて間近で鯨の背中を見た。親子らしい、大きい!


リリアは式典の次の日に乗船して出航。
といっても軍艦には乗船していない。今は商船に乗船している。
ルーダリア王国初の軍艦はリリアが乗船する商船団と共にサウザンアイ諸島まで行くのだが、処女航海と諸島の視察を兼ねて、海運省の偉い人やら、貿易省のなんちゃらやらとその従者達で部屋が満室らしい。公認勇者リリアもお偉いさんの警護を兼ねて経験にという事だったが、結局部屋がなくて商船の方に乗せられて出航。
もっともリリアにとっては船など何が違うのかよくわからない上に、当初の何とか大臣の身辺警備仕事から逃れられてノンビリとしていられる。

船団は軍艦一隻と商船三隻。荷馬車30台分程度の積み荷が出来る走舸商船、荷馬車100~120台分の積み荷が出来る軽中型商船二隻の構成。
リリア、ディル、ピエンはこの三隻の中でも真ん中サイズの商戦に乗っている。
「ねぇ、軍艦って言ってもあの商船より小さく見えるよ?岸からみたらずいぶん大きく見えたけど、軍艦ってあんなものなの?」リリアがディルに質問する。
「我が国は今まで海にあまり目を向けていなかったので、技術的にも今回はあの大きさです。今後大型化していきますが、海賊等は小舟で襲撃してきますし、大きいと浅瀬に入れません。役割的に今後は色々なサイズの軍艦が出来る予定です」ちょっとディルが誇らしげに語る。
「…… 大きいと強いって事でもないのねぇ…」
リリアが水平線とマスト交互に眺めながら呟く。帆が張られ船が走る。船等興味なかったが、海から陸を眺めたり、マストの上のカモメを眺めたりするうちに男達が船を見てウキウキする気持が理解できる気がしてきた。


「オールハンズ、プール・オール・ヤーズ・トゥ・ウェザーサイド!」
当直の航海士が何かを号令している、リリアには意味不明。
「プール・オール・ヤーズ・トゥ・ウェザーサイド!」
甲板長が復唱すると屈強なセーラー達が掛け声とともにヤードロープを引き始めた。
「オイサー!オイサー!オイサー!」重低音の利いた掛け声が響く。
「オール・ヤーズ・アー・プールド・トゥ・ウェザーサイド サー!」
ヤードを引き終えると甲板長が報告する。なんか… キビキビしていてかっこよい!
特にリリアをとっても良い気分にさせるのはリリアの扱いだ。
お客さんとして乗船しているので「マダム・リリア」と呼ばれてキャプテンと同格扱いされる。
“あたし、ずっと船に乗ってようかな”単純リリアはすっかり良い気分。

「あれは何の合図?」リリアがディルに質問する。
軍艦と各商船が手旗で何か信号を送り合っている。
「さぁ、私も海事信号までは知りません」ディルも眺めている。
見ているとスルスルっと軍艦のマストに色とりどりの旗が揚がる。商船のマストにも旗が揚がる。軍艦と商船で揚がっている旗の種類が違うようだ。
少しすると軍艦に備えてある投石機から投石を始めた。
「たぶん投石機射撃の訓練を始めましたね」ディルが説明する。
ピエンがメモに絵を書き留めている。
「すごいわねぇ!面白いわねぇ!」
リリアもテンションがあがって、帆を張り、波を受け隊列を組んで走る他船を眩しそうに見ている。これが男のロマンというものか…


「何だか同じ船の中とは思えないわね」士官用のサロンで夕食を食べているリリアがピエンに話しかける。
サロンボーイがコースを順に運んできてグラスが空くとワインが注がれる。豪華な家具、宮中にでも居るかのよう。バードが生演奏を奏でる。
キャプテンから新人士官まで現直航海士以外の顔が並ぶ豪華メンバー。お上品な話題をしている。
リリアは先ほどまでセーラー用のサロンに混じっていたが、どえらい違い。
セーラーのサロンでは猛者共が大騒ぎしながら飯に食らいついている。もちろんボーイ等がいるわけない。司厨員が肉と野菜を皿に山と盛って運ぶのを争うように取って食う。新人のゴブリンが使いっぱしりにされイジラレている。
「人間は亜人を差別する!」とか言っているくせにオークやオーガ達のゴブリンいじりの方がたいがい…
リリアにとってはこの滅茶苦茶さが港の酒場でよく見る船乗りのイメージ。嫌いではない。
「人間の姉ちゃんがこんな場所に… 珍しいな!」
「昼間、上をウロウロしてた姉ちゃんか!野獣マニアか!」
「船は初めてか?男も初めてか?奴隷じゃないだろうな!わっはっはっは」
「残念、リリアは処女航海済ませてまぁす!いぇーい!かんぱーい!」リリアはノリノリ。
「坊主は何だ!この女の彼氏か?弟分か?」
情報紙で働くピエンは適当にからかわれながらもリリアに付き合える。受け流し上手。
「リリアは勇者ですから品行方正に… 私は下の階にはいきません…」ディルらしい。
「何が品行方正に!よ。パンツ一枚になったくせに」
リリアはディルをからかう。


話を士官のサロンに戻します。
「キャプテンはお仕事しないんですか?」リリアの素朴な質問。
リリアが見ている限りキャプテンは時々デッキやブリッジに上がって当直者の報告を「ウムウム」と聞いて雑談して帰るだけで特に何かしているようにも思えない。
「わしは責任を取るのが仕事だ。わしが指揮ったら当直者のメンツが立たん」とキャプテンは笑っている。貴族出身ではない叩き上げキャプテン。商船では貴族でなくても士官以上になれるそうだ。
「いざとなったらキャプテンが命令されます。その時までキャプテンに仕事させないのが我々の仕事」と航海士が口をそろえて言う。

「リリア殿、良ければ冒険談を聞かせてもらいたい。海の上では娯楽が少なくてな。ゲストの話を聞くのが楽しめなのだ」
テーブルにはコーヒーとデザートが運ばれる。
「キャプテンお安い御用よ!リリアの人生は爆笑物なんだから、おへそでコーヒーを沸かせてみせるわよ」
リリアは自信満々。なんたって身の上話をしただけでたいていの人は笑い転げてくれる。
顎が外れても知らないからね!
「それは頼もしい」とキャプテンはニコニコしながらコーヒーに手を伸ばす。
ディルはリリアの軽々しい態度に不満そう。ピエンはリリアの話に期待してニコニコしている。


リリアの乗船一日目。この日は遅くまでサロンは笑いに満ちていた。
帆船は風を受けやや風下に傾きながら波を受けて走っていく。
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