勇者の血を継ぐ者

【109話】 混迷の狭水道

ルーダリア号からのハチャメチャ投石によってサリマン号に被害が出た。
海賊が舷側をよじ登り、セーラー達が応戦する中の混乱に輪をかける。
「サリマンから信号！制御不能、貴船追い越せ」信号手が読み上げる。
「サリマン号を援護しろ！」
船間が縮まるとリリア達も甲板上から弓で援護射撃。リリアの腕ならほぼ百発百中だが、海賊達は大きな盾を背負い舷側をよじ登る、矢の効果が出ない。
骸骨、ゾンビ、ドラゴン、死神、カラフルにイラストされた独特の盾の群れが船に群がっている。
賊が一人、二人と乗船に成功すると、混乱がサリマン号の甲板上に混乱が広がるのが見て取れた。
「ねぇ！キャプテン！サリマン号が乗っ取られるよ！戦おうよ、船を寄せてよ！」黙って戦況を眺めるキャプテンにリリアが何度も叫ぶ。
見当違いの投石が頭上を越えていった。
「黙れ！我々の仕事は本船と荷物を守ることだ！」航海長に怒鳴り返されて黙るリリア。
サリマン号と最接近になっただろうか？甲板と船尾楼がはっきりと見えた。海賊達が断然優勢で甲板上を乗っ取り、船尾楼に殺到していくのが見える。
「サリマンより信号！貴船の……ご安航を…　以上」
信号手が読み上げると少し静けさが漂った。リリアが目を凝らしてサリマン号を見ているとキャプテンらしき人物は抵抗することなく切り殺されるのが見えた。最後はこちらに敬礼をしていたようだった。

「………………」

「ドシ！バキ！」
一瞬の静寂を破って破壊音が甲板上に響いた。
「岩が直撃した」「メインマストが折れた！」「船尾マスト損傷！」
本船に投石が直撃！ルーダリア号は何やっているのだ！
見るとメインマストが根元から完全に折れて倒れ始めた。マストセーラー達が海に落ちていく。
「落水したぞ！ロープ！縄梯子を下せ」
「ドクターを呼べ」
海に落ちるならまだしも、デッキに落下してピクリともしない者、ヤードロープやセールにしがみついてもがいている者もいる。
船尾マストも帆が破れて根元から折れて、投石により甲板に穴が開いている。
ルーダリアと本船の間には商船ハープ・オブ・ハンプトンがいる。目くら投石もよいとこ。
「航海長、ハンプトンに伝令、ルーダリア号打ち方辞め。投石が止まるまで伝え続けるんだ」
キャプテンは相変わらず淡々としている。
「フォアマストの帆をいっぱいに張るんだ。メインマスト員はフォアマストへ。船尾マスト員は船倉で浸水確認」キャプテンの支持を航海士が甲板上に伝えている。

明らかに速力が上がらなくなった本船に後続のハンプトンが迫ったきた。その後ろからもサリマン号を見捨てたルーダリアがやってくる。今までモタモタし走っていたのが噓のようにこんな時だけスピードが乗っているようだ。
「左舷前方の浅瀬、距離200です」
「ハード・スターボード！フォアマストはウェザーサイドいっぱいに引け！」
「ハンプトンに信号。本船速力低下。貴船避けよ」
「浅瀬距離100です」
「ハンプトン距離50、接近中」
「ハンプトンより信号。本船Rと距離50接近中。貴船避けよ」
「浅瀬距離50。変わり始めました。距離40、30、20，距離15で舷側を変わります」
「ハンプトン距離40、右に変わり始めました。距離30、20，距離10、ゆっくり接近、距離５で右舷いっぱい変わりだしました」
ハンプトンは鼻をいっぱい見せてから舷側を合わせるように船体を変わる。身軽なリリアなら飛び乗れる距離。あっちもこっちも乗組員が顔を見合わせている。
「マスト員、マストを退去！」ハンプトンを見ていたキャプテンが叫ぶ。
「ルーダリア号が衝突するぞ！マスト総員退去」続けてハンプトンでも騒いでいる。
「全員伏せろ！つかまれ！」誰かが叫ぶと同時にルーダリアが船首でハンプトンの舷を砕きながら突進するのが見えた。その反動でハンプトンが本戦に衝突する。
「左舷、浅瀬、岩礁に接触」
「右舷、ハンプトンと接触」
リリアは反動で甲板にひっくり返った。見るとピエンもディルも転倒している。
“ゴリゴリゴリゴリゴリ”
低く鈍い音が船体に伝わってくる。「何なになに？」不気味な振動…

浅瀬とハンプトンの間に挟まった本戦は大きく左に傾斜しながらランプトンとランデブーしていく。
「いでで、痛い」
ピエンとディルが滑ってリリアに乗っかってきた。ブルワークと二人に挟まれるリリア。
“ゴキゴキゴキゴキ”鈍くこすれる振動が船体に伝わっていく。

「…………　痛ぁぁい」リリアが手すりにつかまって立ち上がる。打って変わって嘘のように静か。全員立ち上がる。
見るとハンプトンはルーダリアに押されるように狭水道の出口に向かている。
本船は浅瀬から離れてゆっくりと水道の中央へ。
マストが折れ、右舷側が少し壊れて、左に傾斜している。が、大した傾斜ではないようだ。リリアは少し手すりに手をかければなんということもない。

「……………ピエン、ディル、大丈夫？」
ちょっと静かになった。

「左舷船倉浸水、総員応急処置」
「荷崩れしたぞ、傾かせるな！総員対応！」
一瞬の沈黙の後、にわかに騒がしくなりだした。
「破口確認、大きいぞ！」
「浸水とめられないのか！」
「転がっている荷物は捨てろ！これ以上傾かせるな」
船がみるみる左に傾きだした。
「信号、我浸水、制御不能」キャプテンがゆっくりはっきりと航海士に伝えるとリリアのところに来た。
「リリア殿、その弓で救難信号矢を撃ってくれ。軍艦、ハンプトン、漁船も救助に来てくれるだろう…　それから、その鎧では溺れる、もしもの時は脱ぎなさい」そうリリアにアドバイスすると航海士を振り返った。
「総員、戦闘装備の解除。カッターの降下準備だ。防水部署員もデッキに上がらせろ。救難信号矢を準備」
キャプテンが伝えると、船尾楼は一瞬凍り付いていた。


しばらく左舷に傾いた船はゆっくりと船首からお辞儀しだした。
「リリア、船が沈む」ピエンが声を震わせて手すりにつかまっている。見るとディルもピエンも顔が真っ青。恐らくリリアだってそう見えているだろう。
「マダム・リリア、お願いします」セーラーが救難信号矢を持ってきた。
リリアは急いで矢筒を受けとった。