上 下
2 / 20
前編

前編2

しおりを挟む

 ドン引きされるかと思っていた親友には、意外にも好意的に受け止めてもらったようだ。

「おおおおっ! 少女漫画みたい! 血の繋がらない兄と妹! 小さい頃からずっと一緒に育ってきた二人が、実は実はっ、ただの男と女だったっ! やっ、でも私は驚かないよ~! あんたんとこ、ちょっと異様に仲良かったもんね~!」

 好意的どころか、大はしゃぎしているのは、「松平 静香(まつだいら しずか)」だ。あだ名は、「まっつん」。中学からのつき合いの、風羽の親友である。
 自分たち兄妹の秘密を知った翌日、風羽は通っている大学にて、まっつんに全てを打ち明けた。
 兄は、兄じゃなかったこと。そして、告白されたこと。
 まっつんは風羽と同じ大学の――とはいえ彼女は、風羽よりも十五ほど偏差値が高い学部に在籍している才女だが、そんな親友の反応は先に述べたとおりである。
 ぶっちゃけ、悩んでいるのがバカバカしくなるような――。世間一般では、血の繋がらない兄妹というのは、そういうキャッキャッと騒がれる類のものなのだろうか。

「異様って……。うち、そんなに変だった?」

 合点がいかないのか、風羽は怪訝な表情になる。
 まっつんは掛けているメガネのつるをくいっと押し上げ、怒涛の如く主張した。

「だってさー、風羽の家に遊びに行くと、お兄ちゃん、すごーく愛おしげな目であんたのこと見てたじゃん。あれは普通じゃなかったね! 禁断愛よ、禁断愛! バレバレだったんだから! 分かってなかったのは、ヒロインのあんただけ!」
「え、そ、そうだったっけ……?」
「なんだあ、もー! あんた、朝からめっちゃ暗い顔してるから、すんごい不幸なことでもあったのかと思ったら! そんなことー? って感じ!」

 まっつんはケラケラ笑っている。

「血の繋がらない兄妹なんて、この私を驚かせるには役者不足のジャンルだよ! どうしてもって言うなら、お兄ちゃんが男の娘、かつ風羽がふたなりってくらい、えげつない内容じゃないと! 私はあえて、お兄ちゃんが攻めであって欲しい!」
「まっつん、まっつーん!? なに言ってるか、分かんないよ!?」

 立て板に水のようにすらすらと、まっつんの口上に淀みはない。さすが未来の弁護士、あるいは検事である。ただし、話の中身はめちゃくちゃであるが。
 久宗 風羽と松平 静香が通っている学校は、中・高・大と内部進学が可能だ。風羽はそのレールに乗り、労せずふわっと大学の教育学科まで進んだが、まっつんのほうは別途受験と厳正な審査が必要な、法律学科に進学したのだった。
 成績優秀でキリッとした美人のまっつんと、見るからに人が良さそうでのんびり屋の風羽は、正反対のタイプといえる。が、なぜか気が合って、二人はずっとつるんでいるのだった。

「そんで、どうすんの? お兄ちゃんと、つき合うの~? 結婚しちゃうの~?」
「そ、そんなこと、まだ考えられないよ! 昨日言われたばっかりで、なにがなんだか、もう……!」
「おっ!」

 このかしましい女子二名が騒いでいるのは、大学の屋外休憩所である。一号館と二号館の間、ベンチと机とせいぜい自動販売機があるだけのそこで、風羽たちは談笑している。
 五月の太陽には力が戻りつつあったが、それでもまだ春の気配が残っていて、外で過ごすのも心地良い。

「やっぱ、完全拒否ってわけじゃないんだ?」

 まっつんは持っていたコーヒーの紙コップに口をつけるついでに、人差し指を風羽に向けた。

「それは……」

 風羽は答えに詰まる。
 匡の突然の告白には驚いたものの、正直、嫌ではなかったのだ。

「まあ、ゆっくり考えなよ。すぐに返事をくれとか、そういうこと、言われてないんでしょ?」

 まっつんはコーヒーを飲みながら、ニヤニヤ笑っている。確かにひとごとなら、さぞ楽しいだろう。

「うん、まあ……」

 風羽はそこで、はたと気づいた。
「返事をくれ」どころか、匡からはなにも言われていない。ただ、「好きだ」と告げられただけだ。

 ――お兄ちゃんは、どうしたいの……?

 兄の真意は、どこにあるのか。
 ――風羽と、最終的には、どうなりたいのだろう?

「おっと。そろそろ行くね」

 まっつんはスマートフォンで時間を確認すると、ベンチから立ち上がった。

「あ」

 別れのときが近づいたところで、風羽は親友にもうひとつ相談したいことがあったのを思い出した。

「まっつん、お昼、一緒に食べない?」
「あー、ごめん。私、午後の授業ないから、バイト入れちゃったんだ。すぐ出ないと」

 まっつんは残念そうに詫びた。

「あ、いいよいいよ。また今度ね」
「うん! あ、そだ。めちゃウマなパンケーキ屋、見つけたんだ。今度、一緒に行こう」
「いいねー、楽しみ! 絶対ね!」

「じゃあね」と笑顔で手を振り、松平 静香は去っていった。

「……………」

 休憩所に残った風羽は、コーヒーを口に含んだ。
 先ほどまで楽しかったから、一人になったときの静けさが、倍以上に伸し掛かってくる気がする。
 まっつんがいたときから気分は反転し、重く暗い。
 きっと、このあと……「来る」のだ。
 そして、嫌な予感は的中する。迫る気配を感じて、風羽は体を硬くした。

「よう、久宗。メシ、行こうぜ~」

 周りと区別のつかない服装に髪型。個性という単語を知らないような男が、細い目をますます細めて、距離を詰めてくる。
 背は高くもなく、低くもない、痩せた男だった。顔の造形は整っているでもなく、ひどくもなく。ただし不摂生が続いているのか、ニキビが目立つ。

「お前のおごりな? なんて、ウッソー。もちろん、割り勘、割り勘。男女平等だもんな~」
「……………」

 男の芝居がかった口調と仕草に寒気がする。しかし人様に対し、こんなことを思う自分が嫌で、風羽は泣きたくなった。
 誰にでも優しく、特に友達は、大事にしたいのに――。







しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

セブンティーン

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

保健室でイケメンが目隠し拘束されていたので犯してみた話

BL / 完結 24h.ポイント:113pt お気に入り:286

牛丼、大盛、つゆだくで

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:351

【完結】あなたのことが好きでした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:2,837

新やる気が出る3つのDADA

SF / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:0

黒の悪魔が死ぬまで。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:23

白と黒

BL / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:26

【女性向けR18】性なる教師と溺れる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:26

処理中です...