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前編
前編2
しおりを挟むドン引きされるかと思っていた親友には、意外にも好意的に受け止めてもらったようだ。
「おおおおっ! 少女漫画みたい! 血の繋がらない兄と妹! 小さい頃からずっと一緒に育ってきた二人が、実は実はっ、ただの男と女だったっ! やっ、でも私は驚かないよ~! あんたんとこ、ちょっと異様に仲良かったもんね~!」
好意的どころか、大はしゃぎしているのは、「松平 静香(まつだいら しずか)」だ。あだ名は、「まっつん」。中学からのつき合いの、風羽の親友である。
自分たち兄妹の秘密を知った翌日、風羽は通っている大学にて、まっつんに全てを打ち明けた。
兄は、兄じゃなかったこと。そして、告白されたこと。
まっつんは風羽と同じ大学の――とはいえ彼女は、風羽よりも十五ほど偏差値が高い学部に在籍している才女だが、そんな親友の反応は先に述べたとおりである。
ぶっちゃけ、悩んでいるのがバカバカしくなるような――。世間一般では、血の繋がらない兄妹というのは、そういうキャッキャッと騒がれる類のものなのだろうか。
「異様って……。うち、そんなに変だった?」
合点がいかないのか、風羽は怪訝な表情になる。
まっつんは掛けているメガネのつるをくいっと押し上げ、怒涛の如く主張した。
「だってさー、風羽の家に遊びに行くと、お兄ちゃん、すごーく愛おしげな目であんたのこと見てたじゃん。あれは普通じゃなかったね! 禁断愛よ、禁断愛! バレバレだったんだから! 分かってなかったのは、ヒロインのあんただけ!」
「え、そ、そうだったっけ……?」
「なんだあ、もー! あんた、朝からめっちゃ暗い顔してるから、すんごい不幸なことでもあったのかと思ったら! そんなことー? って感じ!」
まっつんはケラケラ笑っている。
「血の繋がらない兄妹なんて、この私を驚かせるには役者不足のジャンルだよ! どうしてもって言うなら、お兄ちゃんが男の娘、かつ風羽がふたなりってくらい、えげつない内容じゃないと! 私はあえて、お兄ちゃんが攻めであって欲しい!」
「まっつん、まっつーん!? なに言ってるか、分かんないよ!?」
立て板に水のようにすらすらと、まっつんの口上に淀みはない。さすが未来の弁護士、あるいは検事である。ただし、話の中身はめちゃくちゃであるが。
久宗 風羽と松平 静香が通っている学校は、中・高・大と内部進学が可能だ。風羽はそのレールに乗り、労せずふわっと大学の教育学科まで進んだが、まっつんのほうは別途受験と厳正な審査が必要な、法律学科に進学したのだった。
成績優秀でキリッとした美人のまっつんと、見るからに人が良さそうでのんびり屋の風羽は、正反対のタイプといえる。が、なぜか気が合って、二人はずっとつるんでいるのだった。
「そんで、どうすんの? お兄ちゃんと、つき合うの~? 結婚しちゃうの~?」
「そ、そんなこと、まだ考えられないよ! 昨日言われたばっかりで、なにがなんだか、もう……!」
「おっ!」
このかしましい女子二名が騒いでいるのは、大学の屋外休憩所である。一号館と二号館の間、ベンチと机とせいぜい自動販売機があるだけのそこで、風羽たちは談笑している。
五月の太陽には力が戻りつつあったが、それでもまだ春の気配が残っていて、外で過ごすのも心地良い。
「やっぱ、完全拒否ってわけじゃないんだ?」
まっつんは持っていたコーヒーの紙コップに口をつけるついでに、人差し指を風羽に向けた。
「それは……」
風羽は答えに詰まる。
匡の突然の告白には驚いたものの、正直、嫌ではなかったのだ。
「まあ、ゆっくり考えなよ。すぐに返事をくれとか、そういうこと、言われてないんでしょ?」
まっつんはコーヒーを飲みながら、ニヤニヤ笑っている。確かにひとごとなら、さぞ楽しいだろう。
「うん、まあ……」
風羽はそこで、はたと気づいた。
「返事をくれ」どころか、匡からはなにも言われていない。ただ、「好きだ」と告げられただけだ。
――お兄ちゃんは、どうしたいの……?
兄の真意は、どこにあるのか。
――風羽と、最終的には、どうなりたいのだろう?
「おっと。そろそろ行くね」
まっつんはスマートフォンで時間を確認すると、ベンチから立ち上がった。
「あ」
別れのときが近づいたところで、風羽は親友にもうひとつ相談したいことがあったのを思い出した。
「まっつん、お昼、一緒に食べない?」
「あー、ごめん。私、午後の授業ないから、バイト入れちゃったんだ。すぐ出ないと」
まっつんは残念そうに詫びた。
「あ、いいよいいよ。また今度ね」
「うん! あ、そだ。めちゃウマなパンケーキ屋、見つけたんだ。今度、一緒に行こう」
「いいねー、楽しみ! 絶対ね!」
「じゃあね」と笑顔で手を振り、松平 静香は去っていった。
「……………」
休憩所に残った風羽は、コーヒーを口に含んだ。
先ほどまで楽しかったから、一人になったときの静けさが、倍以上に伸し掛かってくる気がする。
まっつんがいたときから気分は反転し、重く暗い。
きっと、このあと……「来る」のだ。
そして、嫌な予感は的中する。迫る気配を感じて、風羽は体を硬くした。
「よう、久宗。メシ、行こうぜ~」
周りと区別のつかない服装に髪型。個性という単語を知らないような男が、細い目をますます細めて、距離を詰めてくる。
背は高くもなく、低くもない、痩せた男だった。顔の造形は整っているでもなく、ひどくもなく。ただし不摂生が続いているのか、ニキビが目立つ。
「お前のおごりな? なんて、ウッソー。もちろん、割り勘、割り勘。男女平等だもんな~」
「……………」
男の芝居がかった口調と仕草に寒気がする。しかし人様に対し、こんなことを思う自分が嫌で、風羽は泣きたくなった。
誰にでも優しく、特に友達は、大事にしたいのに――。
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